第350話・最上の選択。
永禄十二年二月 陸奥多賀城 赤虎重右衛門
俺は厳しい陸奥の冬を始めて経験した。凍った地面に厚い雪が積もり普請は出来ぬ。よって内政担当以外は多賀城に引き上げている。各国から派遣されて来ている兵たちも殆どが国元に戻っている。
民らは家や新たに建築した工房に籠もって内職だ。稲藁で筵・俵・草履・蓑・縄を作り、竹や木材で行李・籠・簀・笠・行灯など炭焼や機織りも盛んだ。半ば以上は熊野屋が安定価格で引き取るので幾ら作っても良いのだ。
毎日朝飯前に全員で雪かきをする。塩釜湊・宮城野と背後の舟入に続く道を確保し、城内の雪をどける。それだけで一刻掛かるときもある。
それから朝餉、そして調練だ。手習い所が開かれ、午後からは内職もする。短い冬の日はあっという間に過ぎる。
「大将、留守らが儂に臣従したいと言って来ましたで。同心する者は五百を越えるとか言うて・」
と、何故か多賀城にいる九戸政実が言う。まあ、九戸領も雪で埋もれているからな。こいつは調練目当てに船に乗ってちょくちょく来ているのだ。そう言えば志波姫も多賀城に残っていて、右近にくっついているな。
「・まだ頑張っていたか。それで迎え入れるのか?」
「まさか。彼奴の元に集まっている者は、箸にも棒にもかからぬ奴ばかりだで。南部と伊達が組んで南北から山中を追い出そうなどと世迷い言を・」
「そりゃあ、拙い。こりゃあ国府の危機だな」
「なにを言ってまっか。どうも奴らは事情を知らぬようですな。九戸とは言わずに南部だと思っておるようで・」
領界の砦に三百程で籠もっていたが、兵糧も十分無く内職も無ければ退屈しただろうな。まあ奴らも冬の間は在所に戻っていただろうか・・・
「ところで、百合葉様は間も無くですな」
「うむ、春一番で来ると言う。平泉にも行きたいそうだから、宜しく頼む」
「畏まりました。すでに準備は整っています・と思いまする」
春になれば百合葉が領国の巡視に日の本を回る。まずは南廻りで陸奥に向かうそうだ。ここから俺も同乗する予定だ。今回は十蔵と新介の他・畿内から来た兵の半分は連れてゆく。
多賀城普請は一段落して、宮城野は今年から米の作付けが大幅に増える予定だ。新規に入った小作人も増えているし、兵にも屯田をさせる。宮城野の人口は既に相当増えている。
出羽・霞城 最上義守
「殿、商人らの嘆願を如何されまするか?」
「またそれか。そのような事は儂ではどうにもなるまい・・」
「しかし、このままでは我が領の商いは廃れますぞ・」
「かといって、どうせよというのだ・」
商人の嘆願とは、山中銭への両替を国内でしたいと言うことだ。
北の安東領・土崎湊に運んで両替すると二・三割もの手数料を取られると言う。土崎の商人はそれだけで儲けられる。だが悪銭は受け付けてくれない、最上領には悪銭ばかりが残ることになる。
しかし船を持たぬ大勢の商人はそれもできぬ。山越えして遠路・陸奥塩釜湊に運ぶ。塩釜湊では山中国の両替船で両替出来る為に、一定の歩合で両替してくれ悪銭も引き取ってくれる。だが、何日もの人馬代が馬鹿にならずに道中の賊の危難も怖いという。
「留守殿・葛西殿が兵糧の支援を懇願して来ておりますが・」
「・む。仕方が無い。荷車一台で運べるだけ送ってやれ」
「はっ」
「父上、留守殿らに兵糧を運ぶのはお待ち下され」
「何故じゃ、義光? 」
「それは最上が国府に反抗するととられますぞ」
「しかし、留守殿は伊達の倅じゃ。最上は伊達と結んでおる」
「国府には義父の大崎殿がおられまする」
「それは分かっておるが、大崎家はもう無かろう・」
「大崎領は有りませぬが、国府家臣の大崎家は健在です」
「・・・何が言いたいのだ義光」
「義父からの知らせです。春になれば山中国の国主様が視察に来られると」
「・・・」
「それに合わせて、岩城・相馬・田村・九戸が国府に参上すると」
「・・・」
「ひょっとしたら、彼等は山中様に領地安堵を願うのかも知れないと・」
「・な・なんと・・・」
「父上、最上は国府を・山中国を敵とされますか?」
「・いや、最上は海を持たぬ伊達と違って日の本中・いや遥か南蛮までも廻船しておるかの国の力を推測できる。最上などの小国が敵対してはならぬ国だ」
「おそらく山中国は父上の推測とは桁違いに大きいと存ずる」
「・何故にそう思うのだ?」
「畿内を見てこられた義父によれば、紀伊・大和は腰が抜けるほど栄え、京・大坂の復興を主導して、覇権を望まぬのに北条・上杉・松永・毛利などの大国や高野山・根来寺・興福寺・本願寺などの大寺が悉く従っていると・」
「・・・想像も出来ぬか。たしかにそうだの・・・」
「はい。某にも山中国の力は想像も出来ませぬ」
「なるほど、儂はお家を危うくするところであったな・・・決めたぞ。儂は隠居する。義光、お主が家督を継いで思うようにせよ」
「はっ。承りました」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます