第337話・武田軍の動き。


 西三河武田軍陣地 馬場信春


 三河に進軍して三日が経つ。我らは武田兵が三千に水野隊が一千の四千で火縄銃も三百丁持ってきた。

高木城に本陣を置き、南五丁の山崎城を囲んで攻めている。無理攻めはせずに反撃してくる敵兵を火縄銃で狙い撃ちにしている。今ここで無理攻めする必要はまだ無い、要は徳川へ圧を掛け注意を引き付けていれば良いのだ。

かといって周囲は敵地、東十丁に東郷城、南半里に安祥城がありそれらの警戒も怠ってはいない。


徳川は毎日数度の夜襲を飽きること無く仕掛けてくる。

しかも周囲には罠をいくつも張り巡らしている。当初こちらから出した夜襲隊は落とし穴に嵌まった。以降、夜には兵を動かさずに守備に徹している。


 当然の事だが、繰り返す夜襲で兵が眠れずに疲れている。火矢を撃ち込んで消火に当たる兵を火縄で狙い撃ちしてくるのだ。こちらも対抗して火縄のめくら撃ちをする。とても寝られたものではない。


 だが、水軍の船が間も無く豊川湊を強襲する。そうなれば奴らは慌てる。吉田城を落とせば、岡崎城の兵を動かさざるを得ないだろう。そうすると徳川の兵は逼迫して手が回らなくなる。それまでの辛抱だ。




三河岡崎城 徳川家康


「北に敵はいるか?」

「いいえ。福谷城・寺部城共に敵の姿はありませぬ・」


「どう言う事だ、正信?」

「さあて、西に来た武田隊は三千、斉藤への備えを残したとしても三河を取るつもりならばもう少し兵を出しましょうな・・・」


 尾張武田の兵は六千ほどいるのだ。那古屋城に一千兵残したとしても五千兵は出せよう。それが三千とは腑に落ちぬ。


「ひょっとしたら・・・」

「なんだ?」

「武田には水軍がいましたな・・」

「それだ。水軍の居場所を探れ!! 」


 武田がしゃかりきりになって造船していた水軍は、大船五隻に小早船が三十隻はあると言う。その水軍は何処にいるのだ?


「水軍ならば海があれば乗り付ける。南でも西でも・」

「海沿いに見張りを出せ。すぐにだ!」

「はっ!」


「殿、西を空けたのは拙かったかも知れませぬな・」


「平岩、五百で吉田城に向かえ。北から盛綱と五百兵を呼び戻せ、それから酒井忠次を呼び戻せ! 」

「はっ! 」


 吉田城は酒井忠次の城である。城を良く知った城主が行った方が良い。敵の脅威がない北の兵を呼び戻し、その分を吉田城に向けた。さらに戻った酒井忠次も五百兵を連れて吉田城に急行することになった。


 徳川軍の配置は、

北の福谷城・寺部城に鳥居元忠、松平康忠の一千。

 西の守りに大久保忠介、榊原康政、本多忠勝が二千五百。

 東の守りに酒井忠次、平岩親吉が一千。

 岡崎城に一千五百兵の合計六千兵が負傷者をも掻き集めた全兵であった。


 敵が水軍を使って兵を送り込んでくるかも知れぬという予想は当たった。急行した平岩親吉の一方が岡崎城に入る。



「吉田城、およそ二千兵で囲まれています! 」

「む。間に合ったか・・」

「実に危うい状況に見えまする。平岩殿はそのまま突撃すると! 」

「む・うぅ・・・」


 それから手に汗を握りながら、じりじりと待つ家康に待望の報が届いたのは夕刻になってからだ。


「背後から突撃した平岩隊と乱戦になったところに酒井隊到着。敵は一旦退いて酒井殿入城。平岩隊は南の櫛形山城に入りました」


「二人共無事なのだな」

「はい。両名とも無傷で御座ります」

「良かった・」


 家康は武将を失う事が怖かった。重鎮の大久保重次を失い菅谷や鈴木らの井伊谷衆を失い、水野一族をも失った。これ以上の将を失えば戦をするのも難儀、三河を守れぬかも知れぬと思っていた。

吉田城は百兵ほどの城兵と民が入って応戦していたようだ。酒井隊五百が入れば守りは万全だ。平岩隊は南の山城に入って敵を攪乱するようだ。


「これで東三河は何とかなるか・・」

「ですが・・」

「ん、何か?」

「武田隊は火縄多数で・・・」

「火縄か・・・それは厄介だな・・・」

「・・・」


 攻城戦に火縄があれば城兵を狙い撃ちに出来る。多くの金山を持つ武田家ならではの装備だな。徳川は常滑の銭でやっと購えたのは百丁だ。

まだまだ安心にはほど遠いか・・・





永禄十一年(1568)四月 尾張那古屋城


 三河に侵攻してから半月が経過した。

だが情勢にはたいした変化は無かった。西では山崎城を落として安祥城を接収したが、いまだ本郷城は健在で猛烈に反撃してくる。

徳川隊は安祥城を放棄して、矢作川を背に背水の陣を組んだ。矢作川の東岸は岡崎城だ。決死の徳川隊は手強かった。相変わらず毎夜数度の夜襲を敢行してきて兵は疲れている。


 東三河の吉田城は連日激しい攻撃を加えているが落城の気配が無い。そちらも連日の夜襲で兵の疲労が大きいという。水軍兵の半数近くは新兵なのだ。あまり無理は利かぬ・・・


 そろそろ儂の動くときが来たか。暖かくなって体の具合も悪くない。これならば十分だ。何、槍を取って働く訳では無い。輿の上で指示するだけだ。


「土屋、出陣の支度を致せ」

「はっ!」


 三百の騎馬兵と三百の鉄砲隊を加えて一千の兵で東三河に踏み込む。その上で伊那から援軍を入れ、出来る事ならば家康を引っ張り出して討つ。それで三河一国は武田のものだ。うはは・・

 那古屋城の守りは三百兵もいれば充分、敵襲があれば馬場隊が駆け付けられる位置だ。

 洟垂れ小僧の家康の首を取るときがきた。


「待っておれよ。小僧!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る