第335話・三河の混乱。


三河岡崎城 徳川家康


 儂はその報を今か今かと待っていた。一刻を争う事態だ。武田が動く前に始末を付けなければならぬ。


「殿、水野信元殿父子、刈谷城を出て大樹寺に向かいました!」


「よし。酒井、五百兵を率いて刈谷城に急行せよ。城兵が逆らうならば排除せよ。忠勝・康政は五百兵で後続を努めよ」

「「はっ! 」」


 浜名の海の西と南の城から城兵を北の守りに移動させている。間に合えば良いが、いや、武田が攻めてくる前に事が納まればその方が良い。今の徳川に武田と争う力は残っていない・・・




三河大樹寺 平岩親吉


 水野殿父子に上意を言い渡す役は石川数正殿だ。

某は討ち手、誰かがやらねばならぬとは言え嫌な役目だが、幼少の頃より殿に付き従った某がやらねば誰がやる。心を鬼にして成し遂げるのだ。


「これは信元殿、信政殿、よくぞ参られた」

「石川殿、殿の呼び出しとあらば、来ずばなるまいが菩提寺に相応しくない剣呑な様子だな・」


「信元殿、お手前と佐久間殿との書状が武田の手に渡った。ご存じかな?」


「うむ。城内に忍びの者が潜入しておるのは察知しておる。佐久間殿との書状だと?」


「中には協力して武田を追い出そうと書かれた物もあったとか・」


「・他愛もない戯れ言じゃ」


「では御座らぬ。知多を得たい武田は、それを裏切りの動かぬ証拠と取ろう。水野殿は武田に同盟を破棄する口実を与えたのだ」


「む・・・そう言われれば、言い訳の仕様も無いな。殿には器量を見せて、そんなもの戯れ言だと一笑して欲しかったがな」


「戦に敗れて力の落ちたお家裏切り窮地に陥れた罪は重い。水野信元・信政、其方らの首を取って不問に致すしか無いのだ。上意により、ここでお命を頂く」


「待たれよ。この信元、殿を裏切ったことなど一度として無いぞ」


「そ・それでも、徳川家を苦難に陥れたことには違いない。徳川としては謀反者の首を落として決着つけるしか無いのだ」


「他家に阿ってどうする。ここは家中で心を一つにして凌ぐべきところだ。それなのに家中を割る行為は愚策の極みだ」


「問答無用。上意である。平岩、討て! 」

「はっ。水野殿ご免。えぃ! 」



「ぐはっ・・・」

「信元殿、私怨はないが主命によりやむなく・・・」

「ぜひもなし・これで水野は離れ・徳川のお家も・・・さらばだ・・・・」




「殿、石川殿、平岩殿が事を成就したという報告が御座いました」


「そうか。・・・ご苦労であったと伝えてくれ」

「はっ」


「それと一部始終を書き留めた書状を、急いで武田家に」

「はっ」


 あとは刈谷城か。酒井らが何事も無く掌握していれば良いが。

 水野一族は従ってくれるか・・母上が理解して頂けると良いが・・・



「申し上げます。刈谷城城門を閉ざして我が隊を寄せ付けませぬ! 」


「何だと。上意であると伝えたのか」

「はっ。刈谷城の城主は水野信元、城主の指示あるまでは断じて開城せぬと、例え徳川隊であろうと攻撃すると!」

「・・・」


 参ったな。怖れていたことが起きた。



「申し上げます。丸根砦から武田隊が押し出してきました! 」

「なにぃ、武田は酒井らが隊を進めたのに反応したのか? 」

「いや、これだけ反応が早いのは、予め用意しておったと考えるべきで御座る」

「ですな。ならば水野はやはり武田に通じておったということですな」


「それは違いまする! 」


「おう。これは石川殿・平岩殿、お役目ご苦労で御座るな」


「殿、水野信元殿最後のお言葉で御座る。殿を裏切ったことなど一度として無い。心を一つにして凌ぐべきところ、家中を割る行為は愚策の極み。また、他家に阿ってどうすると言われて・」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


 水野は無実であったか・・・その水野父子を、心を鬼にして討ったのにそれが間に合わなかったのだ。

 いや、違う。最初から嵌められていたような気がする・・・

 他家に阿ってどうするか。

 確かに儂は、今川に、織田に、武田に阿っていたな・・・




「申し上げまする。武田軍、刈谷城を背後にして布陣しました! 」


「何と!」

「やはり・」


 水野が刈谷城が、武田に付いたのだ。大樹寺のことが伝わったのに違いない。


「これで、知多が失われましたな・」

「・・・」

「何、元の領地に戻っただけだ」

「左様。これで長年やって来たのだ、これからも何とかなろう・」


 皆、空元気をだしてくれようとしている。


「・・・愚策の極み・・・」

 正信は信元の言葉が堪えたようだ・・・


「正信、お主のせいでは無い。儂が決断したのだ。それもこれも終わった事だ。皆の言うように元の三河一国に戻っただけだ。終わった事は取り戻せない、肝要なのはこれからどうするかだ」


「・・・今の我らに知多を取り戻す力は無い、ならば改めて武田と結ぶべきで御座ろう・・・」


「・・・そうなるか。良し、武田に使者だ。徳川と武田の同盟はまだ生きている。前線で衝突する前に兵を下げるのだ」


「・使者だ。使者を出せ。酒井らに手出しするなと伝え一旦後退させよ! 」

「はっ」


 さて、間に合うか・・・


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