第333話・葛西家滅亡。
雪解けが始まると陸奥国・奥六郡(岩手郡・斯波郡・稗貫郡・和賀郡・江刺郡・胆沢郡)のうち去就が曖昧だった岩手郡・斯波郡に、久慈の九戸政実が軍を起こして精鋭一千で進軍した。
九戸(南部)隊は瞬く間に岩手郡と斯波郡を鎮圧すると、そのまま南下する構えを見せながら高水寺城に留まった。その報告は、数日おいて寺池城の葛西晴信のもとにも届く。
永禄十一年(1568)三月 奥州・寺池城(葛西晴信本拠地)
「太守様、南部の九戸が兵を引いて斯波郡に侵入。この後、南下して葛西領に来る模様!」
「何だと、ん・・模様とはどう言う事だ?」
「噂です。九戸は葛西領の鎮圧をすると言う噂が広がっています」
「それに鎮圧とは何だ。侵略だろうが! 」
「いえ、それも民の間に広まっている噂です・・」
「ともかく我が領地に入れるな、追い返すのだ。北の国人衆に国境を固めろと伝えろ!」
「はっ!」
「それから念のため城下の兵を召集せよ。南の国人衆にも全兵を率いて駆け付けろと伝えろ」
「・・はっ! 」
だが農閑期にも関わらずになかなか兵が集まらなかった。
寺池城下の動員は最大で五百兵ほど。先の国府山中攻めで葛西領国人衆の兵は多くが打ち倒された(棒で)。だがそれを見た葛西晴信は、敗北を悟ってなり振り構わず逃げたために寺池城下の兵員は無傷だったのに・・・
召集から一日経ち二日経ち三日が経ったが集って来た兵は数十人に過ぎなかった。それも城下から来た足軽ばかりで、統率する者も無く大手前の広場に所在なさげに座り込んでいる。
一方国人衆で寺池城に来たのは北隣の薄衣氏のみだった。それも侍大将が百兵を連れているのに過ぎない。
しかし斯波郡に侵入して制圧した九戸軍は、そこに留まったまま構えだけで南下しなかった。
「どうした、南部(九戸)は来ないではないか。此度は岩手郡と斯波郡の制圧だけで引き返すのではないか?」
「さあ、某には分かりませぬ・・・」
「では、国境を固める国人衆の様子はどうだ?」
「へい。江刺殿、大原殿、柏山殿、浜田殿が一千五百の兵でびっしりと固めております」
「ふむ、一千五百も集まったか。それで九戸は動けぬか・」
「いえ、九戸隊は国人衆を吸収して一千五百程に膨らんでおります」
「何を言う、地の利はこちらにあるのだ。敵が動けぬ道理よ。だがここに集って来た城下の兵は、雑兵ばかりではないか。将らはどうした?」
「お・おそらく、山間には雪が残っている故に難儀しておられるかと・・・」
「薄衣の他の国人衆はどうした。馬籠・千葉らは近かろう。兵が集まれば半日で来られる、もう来てもよい頃だ!」
「た・たぶん、同じ理由で、雪かなにかで兵が・・・」
「ええい、もう一度催促しろ。取りあえずの兵はそこそこで良いから、とっとと来いと」
「へえ、分かりました・・」
その顔には無駄であろうが・という表情が出ていた。
斯波郡高水寺城 九戸政実
某は赤虎(山中)殿の勧めで入念な準備の上に、葛西領の鎮圧に来た。
かといっても葛西は国府山中隊に手出しした結果、その不様な力量が露呈して麾下の国人衆はもとより、自身の家臣らにも完全に見限られているのだ。
既に海沿いの浜田・熊谷・馬籠は、九戸に臣従すると表明していて、今、我らに対して葛西国境で集結している江刺・大原・柏山らも、九戸に従属するという連絡があった。
それもこれも、山中殿が我らに荷担していることを知っておるからだ。南の小野城の長江と山内首藤は既に国府に従臣しておるし、葛西領で残るは、薄衣家と寺池城のみ。それも多くの将兵が葛西家を見限っている以上は、進軍するだけで終わる筈だ。
だが久慈から南下するためには、間の斯波郡を制圧しなければならぬ。斯波郡は背後の羽州・仙北郡の戸沢と国境を越えて連携して南部家でも制圧出来ない存在だったのだ。
そこで斯波郡と背後の仙北三郡を、羽州・安東家と協力して同時に攻撃する事にした。
安東家とは京都守護所を通じて話し合いが出来たのだ。
交易で莫大な利益を出している安東家は、山中国製の優れた武器を購うと同時に山中兵の調練を取り入れて精強になっている。山岳地で鍛えた剽悍な戸沢兵も本気になった安東隊には敵せぬ。我らに背後を絶たれて、今までのように雲隠れも出来ぬしな。
「殿、安東家のご使者がいらっしゃいました」
「そうか。お通ししろ」
「九戸様、久し振りで御座います」
「おう、畠山殿であったか。一別以来ですな」
畠山重村殿とは京都守護所で会って、一緒に稽古し酒を酌み交わした仲だ。
「はい、その節はお世話になり申した。仙北郡の戸沢直盛は激戦の末に、昨日安東に下りました」
「左様か、それは目出度い。これで九戸は安東家と境界を接することに成ります。以後、宜しくお願いするとお伝え下され」
「相、分かり申した。殿も同じ事を申しておりました。宜しくお願い致しまする」
「それと畠山殿、津軽の大浦は某の子飼いで御座る。山中様とも面識が御座る。そちらもよしなにお願いする」
「はい。殿に伝えまする」
良し。これで西は安心出来る。安東家との間には山中国があるからな、裏切れぬし裏切られぬだろう。
「弥五郎、兵五百でここを守れ。南部家は敵だと思え、なんなら東の閉伊郡を攻略しても構わぬ」
「承知致しました! 」
「出陣だ。葛西領に進軍する! 」
「出陣!! 」
寺池城 葛西晴信
「と・殿、大変です。九戸軍が胆沢郡を南下しております! 」
「何だと。国境の一千五百はどうした? 」
「一千五百全てが九戸軍に従っています。進軍して来た一千と会わせて九戸軍二千五百です! 」
「な・な・な・・・」
「申し上げます。馬籠隊三百が九戸軍に合流した模様! 」
「なんと! 」
「千葉隊三百も九戸軍に合流。九戸軍三千を越えました! 」
「・・・」
「大変です。九戸軍の陣容を聞いて、薄衣隊は城下より退却しました! 」
「・・・・・・」
「殿、城兵も逃げ出しています。もはやこれまで。お覚悟を!」
「・・・い・嫌じゃ。自決などはせぬ。ここは一旦落ち延びる。皆を連れて・・・いや妻子だけで良い。逃げるぞ、最上家を頼るのじゃ。家臣らはここを一旦落ち延びて後に最上に来る様に申せ。お主も好きにせよ」
「・・・」
葛西晴信は取る物も取らずに、数人の侍従と妻子だけを連れて一目散に城から逃げ去った。
この男、逃げ足だけは滅法早い。
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