第332話・女城主の決意。


「十市殿、朝比奈も守護所の端くれに加えて頂けぬか」

「うーむ・・・」


 朝比奈様が京都守護所所長の十市様に願っていますが、十市様は腕組みして目を閉じて考えております。


 初めて訪れた京の都は、大道が交差して隅々まで掃き清められた素晴らしい所でした。数年前までは戦乱で荒れ果てていたというのが信じられないくらいです。行き交う民の顔も笑顔です。巡回兵が道に落ちている塵を拾っているのをみました。他の地域では考えられぬ事です。


 それもこれも山中様が主導して京都守護所を作ったからです。その守護所に並ぶ大名家の札が圧巻でした。

 大友・毛利・浅井・朝倉・上杉・北条など話で聞く大家が並んでいます。武田・徳川・朝比奈はありませぬ。


「朝比奈殿、守護所加入には国に紛争が無く、他国を侵略しないという条件が御座います。つまり、ここに加入すると言う事は領土的野心を捨てることで御座る」


「もとより朝比奈に野心は御座らぬ。戦は侵略してくる敵に反撃しているのみで御座る」


「左様ですか。しかし加入の可否は某では判断出来ませぬ。大殿に言上しておきます」

「宜しくお願い致す」



 どうやら、朝比奈様の願いは持ち越しの様です。守護所加入の可否の最終判断は十市様の主君がするようです。十市様は山中国の家臣です。大殿と言うのは百合葉様でしょうか?


「鍛造、十市様の言われる大殿とは百合葉様の事ですか?」

「いいえ、百合葉様の旦那様の事でしょう・」

「えっ、生きておられる?」

「はい。但し何処におられるかは解らぬお方です・」

「・・・どう言う事ですか?」

「そのままの意味です。所在不明・」

「・・・」


 解りません。

 今度百合葉様にお会いすることがあれば、聞いてみます。女神様にそんな事を聞くのは不興でしょうけれど、同世代の友人としてならば聞けます・・・よね?



「ほっほっほっほ」

 京の後、再び大和に寄りました。そこで思い切って旦那様のことを伺いましたら、大笑いされました。


「ええ、勇三郎様は生きておられますよ。つい最近までここに居られましたもの・」

「今はいらっしゃらない?」

「はい。陸奥に出掛けられました。今は陸奥国を豊かにするために動いているのです」

「陸奥国・・・」


 私には話が大きすぎて考えが追いつきません。何しろ長い間狭い井伊谷の更に狭い範囲で暮らしていたのです。大和から陸奥なんて遠すぎます。


「それよりも直虎殿、これより法用砦から北勢の村々を巡ってみなされ。井伊谷と似たような地域ですので、領地の復興の参考になりましょう」


「はい。宜しくお願いします」


「それと段蔵」

「はっ」


「直虎どのの守りには女も必要です。この娘・茜を侍女として同道しなされ」

「・承知致しました」


 ふと気付けば、私の横に少女が座していた。俯き加減のまだ十代と思える少女です。


「茜です。お傍でお仕え致します」

「直虎です、お願いします。百合葉様、お心遣い感謝致します」



 私は桑名・羽津湊より船に乗り込み、再び大海原を進んでいる。

 甲板に吹き込む風は、来た時より幾分暖かい・・・


「殿、大所帯になりましたな・」

「そうですね。このようなご厚意、どうお代えしして良いのやら・・・」


「直虎様、それは民を豊かにすることです」

「そうですね、茜。それが一番困難な事ですね・」


 農地改革や茶・木綿・染色・炭焼・普請・鍛冶から武道指導までの十名の者とそれに伴う大量の道具を頂いた。彼等は給金など不要で三年間は井伊谷来てくれるのだ。それに茜。百合葉様は何故、私にこんなにして下さるのか・・・


それを訪ねると『ひとつ上の姉のお節介です』と仰った。


 でも、百合葉様は私にとっては、


やはり女神様そのものです。




 そして山中国。


 驚愕の大国でした。


京の後、大坂に参りましたが、そこでは見た事の無い数の人夫が蟻の様に群がる大普請をしていました。

 それを指揮するのは山中国の若い将でした。殆どが私より若い人たちです。

 万を越える人夫も山中国の兵が殆どだと、朝に繰り広げられる武芸調練の凄まじさは肌が粟立ちました。豪の者である鍛造も呻き声を上げるほどです。


 それでも山中国の兵のごく僅かだと言います。すべて年中働ける常備兵で、山中国は十万を越える家臣に毎月給金を出しているのです。

 想像も出来ない銭貨です。


 この十日ばかりの旅は、まるでゆめまぼろしの様でした。

 でも、

 振り返ると大量の道具の前で歓談する者達がいます。

全ては現実、


 女神様、見ていて下さい。きっと井伊谷を豊かにします!!


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