第328話・遠州市野城の戦い後編。


「敵、土塁に取り付きました!」


 南北の土塁上に一斉に敵兵が姿を現わした。


だが、

一瞬でどの顔も驚きを現わす。


 土塁の天場は鋭角で幅七寸(21cm)程の水平部しか無い。その先は水堀に落ちる急傾斜の濠壁なのだ。いや、下方の門の高さに細い通路がある、そこの幅も七寸ほどはある。

 日常時には横移動出来るが、矢が飛び交う戦時に横移動は不可能だ。一段高い角郭からも狙い撃ちされる。内側に滑り降りても本郭からの恰好の餌食となる。


 そこまで上がってきて呆然とした兵にも容赦無い矢が襲う。下からは後続がどんどん上がってきて動かざるを得ない。内側に滑り落ちるか外に逃げるかしかない。そこで多くの兵が絶望して世を去った。南北の陣地ではまだその理由を掴んでいないようだ。



 大手門は火矢の攻撃で猛煙を上げている。

 そこへ破城槌(丸太に車を着けて盾を掲げた兵が押して門を破る攻城兵器)が出て来た。


「久能、いよいよだ。準備は良いか?」

「はっ。大弓に浅羽殿が指揮する四百の突撃隊、整って御座います」


 ドシン、ドシンという破城槌の不気味な音が響く。三度目に高い音を出して大手門が破られた。

 大手門が破られると、水堀に架かる橋ごしに本郭の虎口が見える。そこにも門は設置されているのだが、外からは見えない工夫がされている。


 つまり、

 打ち破った大手門からは、本郭に直通出来る(ように見える)。


待機していた敵兵が一気に雪崩れ込んで来た。大手門を越え本郭へと突撃して来た。

が、


 その先頭集団が水堀に落ちた。薄い板を渡しただけの橋だった。底は泥濘で濠壁は手掛かりが無くヌルヌルと滑る。落ちたら這い上がれない濠だ。

 そこに後から押された兵が次々と落ちる。


「はっは、ざまあみやがれ!」

 城方にとっては、徳川兵はおのれを殺しに来た憎い敵だ。松平隊二百の殆どが泥濠に落ちた。


「大弓を!」

「はっ。大弓放て!!」


 本郭から強い弦音と共に大きな矢が何本も飛んだ。

 火矢だ。


 本隊の廻りに飛んだ矢は、刈り取られ放置された草を燃やした。


「火攻めか!」

と突然、周囲が燃え上がりつつある本隊は動揺したが、さにあらず。


「バゴーン、バコーン」

と、本多隊本陣から幾つもの巨大な硝煙が立ち上った。朝比奈勢は城外の本陣に適した土地の地中に予め爆裂弾を仕込んでいたのだ。導火は周囲に無造作に刈り取られて放置した枯れ草の下に仕組まれていた。

 そこに特別製の大弓(弩)の火矢が打込まれたのだ。この弩はかつて大和布施城攻略の為に、大隊長北村新介が命じて大和法用砦で拵えられた物だ。豪腕二人で引き絞りぶれること無く太矢を遠距離まで飛ばせる強力な兵器だ。

 それを見た事がある三雲賢持の要望で遠州に取り寄せたのだ。



「出撃!!」


 落ちた橋板は、城兵によって厚板に架けられ直された。と同時に本郭から四百の兵が出撃、本多隊に突っ込んだ。


 本多本隊は爆発で極度の混乱状態だ。城方の突撃に対応出来るはずも無く、あっという間に壊滅した。それを知った南北に陣を敷いていた大久保・渡辺両隊は算を乱して逃走する。


 こうして市野城の戦いは、城方・朝比奈勢が圧倒して快勝した。

水堀に落ちた者らや負傷した者、武器を捨てて降伏した者、三百を越える徳川兵が捕虜となった。




 この頃、頭陀寺城攻めに向かった信康隊二千も似たような窮地に陥っていた。


 信康隊も行軍途中から多数仕掛けられていた罠によって兵を削られていた。多数出した物見が罠に掛かったのだ。それで物見は最小にして軍列に固まったまま頭陀寺城を囲んだ。


と言っても頭陀寺城の周囲は、水が抜かれていない泥田だ。この頃の防衛上必要な田には冬でも水が入れられていた。

信康隊は泥田により満足に城を囲む事が出来ずに、分散することを避けて大手が見える小高い丘に本陣を敷いた。


 その日翌日と田舟を多数拵えると、兵を動かして四方から一斉に押し出した。

ところが身動きが不自由な田船に乗った兵士に城内からの投石が降り注いだ。兵は避けることが叶わず、無防備に泥田に落ちて藻掻く悲惨な状況となった。


 それを見た本隊は騒然としていた。そこへ城内から太矢が撃ち込まれた。太矢は空からも降り注ぎ、兵の中に落ちて爆発して大混乱となった。

混乱する本陣に、大手から城兵が突撃してきた。さらに後方・側方からも敵隊が現われて挟撃。壊滅状態に陥った。


 頭陀寺城兵の一部は、少し離れた地点に埋伏していたのだ。行軍中に掛けられた罠は、物見を減らす二重の罠だったのだ。


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