第324話・謎のお人。
永禄十一年(1569)十一月 羽津湊
「勇三郎様!!」
と、百合葉が俺のいる間に飛び込んで来た。
「良く来たな。儂も昨日ここに来て、百合葉が来ると言うので待っていたのだ」
「お会いしとう御座いました」
「俺もだよ。子供達は元気か」
「はい。皆すくすくと育っています」
「長島に行くと聞いた」
「はい、お市様に誘われまして」
「うむ。良い判断だ」
長島で亡くなった人々の供養が行なわれる。それに領主の浅井夫妻が参加すると知り行く気になったのだとか。
織田軍による長島の大虐殺は、京の殿上人の間で広く嫌悪されている出来事だ。山中国の宰相がその供養に参加すると言うのはたいそう好意を持って迎えられるだろう。畿内における発言力が増すともいえる。政治的に好判断だ。
翌日、馬車ごと近江丸に乗って長島に渡った。伴は水田の護衛隊五十と身の回りの警護と世話をする華隊の三名だ。平船の近江丸ならば、そのまま乗船・下船できて、このぐらいの人数なら余裕を持って乗せられる。尾張湾の奥、長島との間は河川でもあり、平底の船でも往来出来る。
長島に渡ると、町から少し離れた所に土を盛った山が幾つも並んでいる一画がある。その前にお供え物を乗せた祭壇が設けられ、多くの者が集って読経していた。
来ているのは本願寺顕如を初めとする僧と、周辺から集まった大勢の門徒たちだ。
僧の一人に供え物を渡すと、小者が来て床几に案内された。浅井夫妻と思われる二人が黙礼をしてきてその隣に座った。護衛の者は俺たちのすぐ後に座した。
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・・・・」
ここで亡くなった者たちの霊を鎮め極楽浄土に導くために、低く高く止まることが無い経の響きが波の様に繰り返して長島の地を包んだ。
「お初にお目に掛かりまする。某、浅井長政に御座いまする。それにしても驚きました。まさか山中殿が来られるとは・・」
「山中勇三郎で御座る。浅井殿には京都守護所に兵を派遣して頂いて感謝しております。某、偶さか羽津湊に来ていて知り参ったのです」
「左様で御座りましたか。我らも京都守護所に派遣する事により境界を接する国との安全を得て感謝しておりまする。若輩者で御座るが、これからもご指導宜しく願いまする」
供養の場を離れて野点を頂いている。浅井殿はちょっと羨ましいほどの見目麗しき凜々しき若侍だ。京都守護所の目的もきっちり理解しているようだ。
ここには我ら二人に浅井夫妻、そして妙齢の女性が一人同伴している。警護の兵らは少し離れて三つに分かれて俺たちを囲んでいる。
その女性は小柄で落ち着いた風情だが勝ち気な瞳が印象的な女性だ。
ひょっとして・・・
「山中様、妾は浅井長政が妻・市と申しまする。百合葉様にはなにかと相談しておりました。それからこのお方は、北尾張の盟主・斉藤帰蝶様で妾の義姉に当たりまする」
やっぱし・・・小柄でおっとりとしているように見えるが、その体内には爆発的な力があるのに違いない。今も懐には孫六の短刀を潜めているのだろうな。
ちょっと楓に似ているか、そのせいで親しみが持てる・・・
「山中様、百合葉様、お初に目に掛かりまする。斉藤帰蝶で御座いまする」
「山中百合葉です。聞けば帰蝶様はわたくしと同い年。それを聞いてから会うのを楽しみにしておりました」
「まあ。左様で御座いましたか。それは奇遇」
「わたくしは二十三、一番妹ですね」
「まあ、羨ましい・・」
「歳の話は置いときましょう」
「「ほっほっほ」」
うむ。女三人でだべり始めた。向こう側の長政殿も苦笑しているわ。しかし若いな。二十五才ほどか、お市は更に若い、四十をとうに過ぎた俺には居場所が無いような。
しかし同性の友がいないと言う百合葉は嬉しそうだな。なにせ、若年の頃より武芸だけに熱中していたお姫様モンスターだからな。
「ところで、山中様」
ひとしきり時間が経過した頃、不意に帰蝶殿が改まった声で聞いてきた。
「何かな?」
「山中国は武田をどう見ておりましょうか?」
「その質問は、百合葉に聞いて呉れ。山中国の盟主は百合葉だ」
「「ふふ・」」と女どもから苦笑が・・・
「ならば、山中様個人に伺いまする。如何したら武田を尾張から追放出来ると思いますか?」
めっちゃストレートな問いだな。それは戦って追い返すしか無いが、何が知りたい・・・
「尾張・伊勢・知多・三河・遠州は何かの動きで大きく動く可能性がある。その機を捉えるのだな」
「やはりそうみてお出でですか。・・・具体的には、何時ぐらいだと?」
そこまで聞くか・・・。百合葉の顔を見ると頷いている。教えてやれと言っているのだ。仕方がない、仲良さげな女房の友達だからな・・・
「喫緊には水軍の動き。それに伴う入道殿の容態、これは戦に出ると悪化する」
「・・・容体・・・悪化・・・有り難う御座いまする」
言っちゃった。まあ、那古屋や知多半島が斉藤家で統一されると領国周辺が安定するからな・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます