第322話・焼津の長五郎。


前話321話を追加更新しています。



永禄十一年(1569)十一月 焼津湊


 葛西軍との戦が終わった。


 これでしばらく陸奥での我等に関わる大きな戦は無いだろう。戦場から離脱した留守政景は、西から進軍して来た伊達輝宗隊に合流して伊達領に戻ったようだ。当主と執政との間が揉めていて家臣も分断、一枚岩では無い伊達家は、阿武隈川河口の勢力を失った事で、さらに揉めることになろう。


 俺は戦のあと堀内丸に乗り込んで、津田船団と共に多賀城を発った。畿内に一旦戻るためだ。四ヶ月に一度とはいかぬが、半年に一度くらいは戻る様にするという百合葉との約束がある。伴は杉吉とその配下五名だけだ。無論、船長の氏虎とその配下の兵も乗っている。随行の二隻の熊野丸の内一隻は多賀城に置いて来た。未完成の多賀城に必要な物資や銭を保管するためだ。


 しかし葛西軍を少数で打ち破ったのは良いが、兵の疲労は大きかった。切り傷・打ち傷・打撲や炎症、重傷者こそいなかったもののほぼ全員が複数の負傷をしていて満身創痍の状態だった。

山中国には戦で手柄を上げても加増というものは無い。今回の褒美は半月の休暇と苦労賃としての金一封だけだ。

陸奥の兵は力が強くて粘り強いのを改めて実感した。



 多賀城から常陸・那珂湊に停泊してそこで津田船団と分かれて、勝浦湊に停泊して焼津湊に入った。その間、戦に参加した者は非番だ、船内で寝床(ハンモック)に揺られたり甲板で島を見たり診療所で助手(女性)を冷やかしたりしていた。


焼津湊では慰労の為にそんな兵を連れて旅籠に投宿した。「奈良屋」はゆったりとした旅籠で広い湯もあり旨い飯を食わせる宿だ。名前の通り山中国系の旅籠で警備も行き届いている。

東海道・藤枝宿には遊郭や賭場が複数あって、夜はそれぞれお出かけしてお楽しみだ。俺も杉吉と賭場に来ている。


「どなたさんも、ようござんすか、ようござんすか」

「さあ、張った・張った・張った! 」

「半!」

「丁!」

「半」

「半だ!」

 威勢の良い掛け声に、客が半丁に賭けて次々とコマ板を盆座に出す。


コマ板は帳場で十銭(銅貨)・青板(素地)一枚、百銭(銀貨)赤板一枚、一貫文(金貨)白板一枚と交換して遊び、帰りに手数料を取られて換金してくれる仕組みだ。コマ板を使うのは、賭場の手数料を取る為と賭博に通貨を使うのを憚ったためだ。


「丁方ないか、ないか、ないか丁!」


 進行役が客に丁方に賭ける者はいないかと促す。まだ賭けていない者は腕組みをしたり目を瞑ったりと様々だ。客の丁半のバランス(金額)が取れないとこの回はお流れとなる。


「丁だ」と白コマ板を三枚ほど出す。

「おおー」と言う声。


「大将、太っ腹ですな・」

と、隣で赤板三枚を半に賭けた杉吉が言う。お前がそんなに賭けるから白板を振り込んだのだ。とは言わないが・・・


 賭場の客は百姓・職人から商人・武士・浪人まで様々だ。羽振りが良いのは商人だが、他の客に遠慮して滅多に大賭けはしないようだ。

 通常青板二・三枚から赤板一枚程度の賭けだそうだ。ここは適正なルールで運営されている賭場で、そこはちゃんとしている。だがこの回は、半の賭けの方がかなり多くバランスを取るために白板を振り込んだのだ。

 俺はあまり勝とうという気は無い。純粋に遊びを楽しみたい。


「丁半揃いました!」


「勝負!! 」


「四六の丁!」


「ああーー」という溜息と「よし!!」と言う歓喜が交錯する。

「ぐぎぎ・・」と杉吉が何やら変な声を出しているが無視だ・無視。


 半方のコマ板が引かれて、俺の前に白板三枚が押し出されてきた。手数料は差し引かれるが、一度で三貫文の勝ちだ。給金の高い畿内で人夫六十日分の日当と言えばその価値が分かろうか。逆にサイコロの目次第ではその銭が一瞬で飛んでゆく訳だ、



 それから勝ったり負けたりして小半時で盆を離れた。あれ以降大きな賭はしなかったが、帳場で精算すると元手金貨五枚が十一枚と少しになっていた。

 どうやら俺が一人勝ちしたようだ。ちなみに杉吉は金貨二枚分を早々に無くして更に追加した金貨二枚分のコマ板もすっぱり無くなっていた。


 杉吉・賭け、弱すぎ・・・


「皆で飯でも食ってくれ」

と帳場に金貨一枚を渡す。


「ありがとうごぜいやす。親分が一杯いかがですかと言っておりますが・・・」

 帳場の顔が困惑していた。あまりそういう事は無いのだろう。


 焼津は大井川と山に囲まれた広い扇状地で、西は朝比奈領、東と北は武田領の戦争状態の国に鋏まれている土地だが領主不在の微妙な土地になっていた。

 勿論その理由は、東海道と近い焼津湊を山中国が差配しているせいだ。それでも兵を雇っている関係から百姓地は嘆願されて山中国が差配しているが、東から岡部宿-藤枝宿-島田宿の三宿と街道は、町役人の自治組織が運営している。


 町役人は大手の商人・十数人集まりで宿場の決まり事を決める。そして実際に宿場の管理をするのは、藤枝長五郎一家だ。長五郎は川渡し人夫など屈強な子分二百名以上を束ねて、岡部宿・藤枝宿・島田宿を支配している大親分だ。

 その博徒の大親分である故に、堅気の商人や武家に薄暗い賭場で接触しない様にしているのだろう。



 ドラマ的には一人勝ちした客を逃がさずに引き込んで酔わせて有り金を奪うという筋書きだな。


「良かろう」

と応えると、襖の影から出て来た男が案内にたった。細身だが鍛えている体の身軽な男だ、下手に出ているが小者では無い。


「こちらで」

と奥の廊下で膝を付いて、横の間に手で促す。

 見ると恰幅の良い・・・いや、筋金が入った体つきの初老の男が下手に座っている。


「邪魔する」

と中に入る。杉吉も当然付いてくる。

「あっ、お客人はお待ちを・」と案内の男が杉吉を止めようとして動きがとまる。


 杉吉が無言で殺気を放ったのだ。

無論俺たちは左手で刀を持っているが、柄に手を掛けてはいない。しかし殺気を出すなんて杉吉にしては珍しい。いつもは逆に気配を消す男だからな。

・・って杉吉、サイコロで負けた逆恨みだろ。二分の一の確率をことごとく外すおめえの自業自得だ。賭場の者に当たるのはまったくの筋違いだからな。


「良い。長次、このお方らは良いのだ。首を飛ばされる前に下がっていろ」

「・・はっ。失礼致しました」


 案内の男は平伏して去った。俺は空いた上座に座る。杉吉は入り口を背にして座った


「お初にお目に掛かります。藤枝長五郎こと三雲賢持が家臣・望月儀佐衛門で御座いまする」


「うむ。三雲から聞いておる。三宿の統括ご苦労だな。お蔭で助かっておる」

「いえ、至らぬ事ばかりで粕森差配に世話を掛けており申す」


「うむ。儂も丸投げしっぱなしであい済まぬ。此度も単に遊びに来たのだ」

「いえ。御大将お自らの陸奥の鎮撫に、某は大層驚いておりまする」


「うむ、領国の経営を若手に任す良い機会だからな。陸奥は陸奥で若手の忍び衆が気張ってくれておる。ところで、こちらは戦が近付いておるようだな」


「はい。徳川方は今までにない勢いだとかで、朝比奈勢も準備に大わらわで・」


 大量の武具を朝比奈国が購っているという報告を差配の粕森三太夫から聞いた。特に弓矢が売れている。朝比奈勢は防衛する側なのだ。

 それに対して徳川勢は火縄銃を買い入れたという伊勢商人の情報だ。数は三百丁、火薬もそれなりに出たと。とても火縄銃を買う余裕のなかった徳川勢が常滑を手に入れ経済的に余裕が出た訳だ。


「此度は負けような・・・」

「はい。殿も後退はやむを得ぬと・」


「問題は武田がどう出るかだな」

「はい。まだ具体的な動きはありませぬが、殿も武田次第だと言われておりました」


徳川嶺と朝比奈領をすっぽりと覆う武田、東からも北からも西からも兵を入れることが出来る。朝比奈四千、徳川八千、武田は三万近くもの動員兵力がある。

その武田がどう出るかで戦のあとの風景が変わる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る