第314話・領内布告。
永禄十一年(1569)九月 陸奥鵜ヶ崎城 赤虎重右衛門
俺と新介・杉吉は斥候隊の五名と忍び衆五名・松山隊・島野隊と共に、山中領南端となった阿武隈川の右岸の名取郡・鵜ヶ崎城に滞在したままだ。
ここに来て既にひと月が経った。その間に領内の稲刈りも無事終わったようだ。それも山中隊が手伝い、農民である足軽が戦であまり減らなかったからだ。かといって広大な面積の割には人が少ない、少なすぎる。
人口が増えない大きな原因は、食糧事情と度重なる戦のせいであろう。この一帯は川が多く水に恵まれて、耕せる土地も広大。水路を大々的に整備して田畑を開墾すれば、もっと多くのの人々を十分養える土地だと思う。
戦さえ無ければな。
宮城郡・国分領で雇った新兵は二十名、安養寺が普請に連れて来ている者らも一旦返した。その中から新たに常備兵となってくれた者が十名いて合計で三十名。安養寺も仕官してくれたので兵長としてそのまま十名を任せている。
高舘城下での新兵は三十名、鵜ヶ崎城下では四十名で合計百名の新兵を得た。高舘城は破棄し、その建物は小泉城下に運んで兵の宿舎として使っている。小高い平山城で阿武隈川に近い鵜ヶ崎城はそのままだ。いずれは大きくする必要があるが。
増えた新兵を使ってやることは、まずは食糧事情の改善だ。城の整備など後で良い、山中領となったからには人口は増えてゆく。その人々を養う道を作らねばならぬ。
今の段階は水路補修だ、米の収穫を今の三倍にはしたい。小手先の整備では無くて、先を見据えての大規模な田畑整備が必要なのだ。
山中隊の新兵は、開墾や道整備・興産などの内政に使い、本来の目的である多賀城の再建は、基本的に国人衆からの派遣兵で行なうつもりだ。
「山下、亘理の動きは?」
「渡し場に兵を置いて厳重に監視しております。兵も集めて調練しており、いつでも動ける態勢です」
泉田と福田が逃げ込んだ亘理郡の伊達家の重臣・亘理元宗は亘理郡・柴田郡など三万石程の阿武隈川の河口を領している。伊達家は阿武隈川の流れに沿って発展しているともいえ、この河川は重要地点だろう。
この亘理元宗は伊達稙宗の十二男だ。伊達の倅・・何度も聞いた話だ。子供をばらまき、その子同士が政略結婚を繰り返してゆく血の連鎖だ。
その悪循環を改める時が来たようだ。十蔵に言っておこう。
「葛西の動きは?」
「このところ武具を盛んに調達しておりましたが、それも終わったようで御座る。こちらもいつでも動ける状態で御座る。特に留守政景はやる気満々で葛西を焚き付けて御座る」
今の日本は一般的に稲刈りが終わると戦の季節だ。高舘-鵜ヶ崎-小泉と葛西が連合して我等を挟撃する計画は破綻したが、まだ諦めるつもりは無いようだ。
特に領地を取られた留守はリベンジに燃えていると言う訳だ。留守が頼る葛西家は二十万石だ、総力をあげられては難儀する。
「多賀城は今手薄だ。儂が生子隊と戻るとする。ここは何とか凌がなければならぬ。葛西家中で調略できる者はおらぬか」
今の人員配置は、ここ鵜ヶ崎城に俺と新介と松山隊・島野隊と新兵四十。
小泉城に十蔵と新庄隊・生子隊・明石隊が六十の新兵と共にいる。多賀城には蒲生隊・堀内隊・真柄隊と黒川六十・大崎六十だ。
本気になった葛西隊なら四千以上の兵がある。畿内より人口が少ないから動員兵力は半減しているが無理をすればもっと多く動員出来る。
それに対して南の亘理三万石の兵は多くとも五百、ここは新介に任せて多賀城に戻るべきだ。
「葛西家中は一枚岩ではありませぬ。元吉郡の元吉氏・馬籠氏、気仙沼の浜田氏など対立があり、西には大崎氏・北には九戸氏がおり総勢で向かってくることは出来ませぬ。せいぜい五・六百から一千と思われまする」
「一千か、それに留守家の旧臣が加わるかも知れぬな。南の伊達家に北の葛西家か、今の多賀城にはどちらも大敵だな」
こちらには雇ったばかりの新兵がいても満足には戦えぬのだ。
「しかし伊達家中も乱れており申す。当主・輝宗と重鎮・先代との対立が激しく、名取郡の二城を失ってからは激しい諍いがあるようで・・」
今伊達家の実権を握っているのは、家老の中野と牧野だ。その上に当主・輝宗は先代の晴宗と対立しているというグタグタさだ。その隙に阿武隈川中流の丸森城を相馬に奪われたままだ。
「よし。ならば『多賀城普請に参加せよ』と周辺の国人衆に通達を出そう。田村・相馬・岩城・大崎・葛西にだ」
周囲の国人衆から普請兵が派遣されると、それがかなりの牽制になろう。伊達と対立している相馬や岩城・月斎が来ている田村など期待は出来る。
「伊達には?」
「伊達とは戦ったばかりだ。無理であろう。来ないだろうし、もし来ても碌でもなきことを考えているだろうと思うと、迎え入れるのも気色悪い・・・」
「左様ですな」
旧留守領・国府領の宮城郡と名取郡・柴田郡の一部を領した山中隊は、十二万石ほどの領地を差配することになった。そこで領内各所に山中国たる掟を布告した。
「告。
山中国に於いては、寺社の武装は認めない。
商いは自由であり誰でも店を持てる。座など独占・特権は認めない。
領内の関所は廃止。五十名以上の武装兵以外の通行は自由。
地主制度は廃止。耕作せざる者の所有を認めない。
新たに開墾した土地は、希望者に貸し与えられる。
名取平野は耕作地として、居住は原則として丘陵地帯とする。
不遇を産む血の濃い者同士の近親婚は禁止する。
以上。これに叛く者は山中国の法により厳罰に処す。
山中国・陸奥差配・清水十蔵」
まずは山中国の基本事を布告して、商いは自由を宣言した。それに大地主が高い賃料を多くの小作から絞り上げている制度は、生産の向上を阻害するので廃止。小作者の自由を確立させる。
平野への移住禁止は、津波の影響を受ける平野から人的被害を押さえるためだ。丘陵地帯を開発して、今現在居住している平野部からも速やかな移住を進めるつもりだ。
たしか慶長地震でも大きな被害がでる筈だから、もう待ったなしの政策だと言える。
これと同時に、周囲の広範囲な陸奥国人衆に通告が出された。
「告。
朝廷が任じた防人の司・山中勇三郎の命により陸奥国府・多賀城の再建をする。
周辺地侍は石高に応じた普請人夫を寄越すこと。人夫の世話・食費その他費用一切は地侍が負担致すこと。
尚、多賀城代官に従わぬ者は、朝敵とみて必ず討伐致すこと。
これ胆に命じるべき。
国府多賀城代官・清水十蔵」
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