第313話・VS国分伊達連合。


永禄十一年八月 陸奥国分領 小泉城近辺 清水十蔵


 領界の七北田川から一里ほど進出して布陣した。国分の小泉城は半里(2km)ほど先にある。そのまま夜襲も無く夜が明けた。

その日は敵隊が静々と進軍して来て、五町(550m)ほど先で布陣した。西に国分隊五十、南に高舘城・福田隊五十だ。奴らも腰を据えて掛かるつもりだ。

まあ、鵜ヶ崎城の援軍を待っているのだろう。


「代官、朝餉が来ましたぞ」


 荷車二台を黒川兵が引いて来ている。昨日の飯や水もこうして持ってきてくれたのだ、助かっておま。川の向こうで女衆が作ってくれたのを黒川兵が持ってきてくれる。妙な戦だが楽で良いわ。

 黒川勢は女衆と飯の護衛に活躍してくれている。真に有難いがちょっと済まぬ気持ちがありま。


「黒川殿、飯の護衛をして貰って済まぬ」

「何の事がありましょうか。しかし、やはり弾正忠は慎重ですな・・」


「昔からそうなのか?」

「はい。国分がなんとか存在できてきたのは、弾正忠の慎重さと行動力のお蔭ですな。彼奴は慎重に事を進めますが、これぞという時に大胆果敢に動きまする」


「左様か。心しておこう」


「代官、山下殿が参りましたが・」

「構わぬ。通せ」


 配下が黒川の存在を気にしておる。ここは戦場、斥候を出すのは当然の事だ。それにワテも大将も黒川の事は信用している。忍びの存在を隠す必要はありまへんな。


「山下、泉田は出たか?」


「・・はっ。鵜ヶ崎城を出て、兵八十を五十と三十の二つに分けて北上しております」


「ふむ。三十は黒川殿の抑えか、五十の兵三隊で我等を挟み撃ちにするつもりだな。これを聞いたら氏虎らが喜びそうだな。ところで我等の別働隊の動きは?」


「島野・生子隊は分散移動して既に目的地周辺に到達しております。隊長と赤虎殿らは沿岸を小舟で南下中で御座る」


「ふむ。双方とも思惑通りに行動中か。我等はここでじっくりと戦をするさかいに、山下はんはその後の事を頼んますよ」

「委細、承知!」


 うーん。黒川はんが妙に不可解な表情をしてはる。けどまだ全部は話せまへん。辛抱しておくなはれや。



 泉田隊が進軍してくると国分・福田隊が我等を包み込む様に動いた。後方へは黒川隊の備えに三十兵ほどが回り込んで行くのが見えた。


「ようし、じっくり引き付けて掛かりまひょ!」

「「おう! 」


 矢合わせも無く敵が迫ってくると、ぎゅっと小さく三隊が三角に固まって待つ。前衛は五名ずつ残りは後に下り、ワテは荷駄と共にその中心にいる。

 いやあ、興奮しまんがな。前線に出るのは久し振りで胸の鼓動が止りまへん。


「掛かれ!」「おおおぉぉぉーー」

と地面を揺るがすほどの雄叫びを上げて敵が突撃してくる。だが、我等が小さく固まっているために直前で敵の足並みが乱れる。前線に並んだ兵が多すぎるのだ。

「相手は五人だ。前後に分かれよ!」

 間四間ほどで止った敵前線が前後に分かれて、八名ほどで再び来る。だがそれでも窮屈だ。突撃の勢いは無くなり、来るほど窮屈になって数名の足が止る。

そこへ、「えい! やあ!」と槍を擦り払い狙い澄ました棒先が空いた喉元に突き込まれる。


「二人だぞ。二人倒したら替われ、欲張るなよ!」

 氏虎の声が飛び。兵が微笑む。

 感心なことに戦馬鹿の氏虎らの将は、まだ後方で留まって指示しているのだ。


「替われ。足元の槍は改修せよ!」

 二・三ずつ倒したところで、敵が距離を取った。倒れ込んだ兵で双方が動きにくいのだ。危険な足元の刃を回収しつつ移動した。荷駄の弓の横に回収した槍がたちまち十本をこえた。


「キャッホー」

 再び戦闘が始まった雄叫びを上げ突っ込むのは右近だ。それでも前線から大きく離れないのは将としての矜持だろう。


「おらおらおらー」と氏虎も瞬く間に三人ほど倒した。


 太郎太刀は・・・ゆらりと前線に出た真柄に思わず敵が引いた。

うん、気持ちは分かりまっせ。なんせ七尺の真柄は肩から上が出ている仁王様だ。得物も一間棒では短すぎるので十尺棒を持っている。誰も相手したくない敵でんな。

おっ、五人ほどが穂先を揃えて一斉に突いてきた。真柄はそれを下から跳ね上げた、五本まとめてだ。態勢が崩れた敵をすかさず兵が突き倒す。

見る間に敵勢が減ってきて、残った将と側近の五・六名が後退している。


「追え、一兵も逃がすな!」

「おおぉぉぉー」


 まだ力の余っている兵らは、後退する敵にあっと言う間に追いついて打ち倒す。

「一隊は後方の敵に向かえ。残りは武器を回収せよ」


 ふう、終わりましたな。さて小泉城に向かいまひょか。




 鵜ヶ崎城主 泉田郷右衛門


「・・・殿、お気付きで御座るか」

「うむ、生きておったか・・」


 国分隊・福田隊と共に少数の国府隊と名乗る山中隊を三方から囲み攻撃した。

 ところが、小さく固まった敵に多勢の利が発揮出来ずに次々と兵を失った。山中隊は一対一では相手にならぬほど強かった。兵が見る間に打ち倒されそれが瞬く間に八割に達した。そこで後退しようとしたが、突撃を喰らって意識を失ったのだ。


「棒か、山中隊は棒を持っていたか・・」

「はい。一間棒を持つ相手に我等は手も無く打ち倒されました・・」


 それにしても良く首を取られなんだな・・・


「兵は何人死んだか?」

「足軽三名が亡くなっております」

「三名で済んだか・」

「はい、起き上がってきた者が四名ずつ付いて村へと運んでおります」


「さようか。・・・山中隊か、強かったのう・」

「はい、彼等は落ちた槍を拾って小泉城の方向に去って行き申した」


「国分領は今日から山中領だ。高舘城も厳しくなろう。我が城もそうだ、まずは城に戻るか、戻って防備を整えねばならぬ。戦で兵をあまり失っていないとはいえ、もはや単独で山中隊には抗えぬ。後は伊達の援軍次第じゃな」


「承知いたしました。皆を集めよ、鵜ヶ崎城に戻る!」


 戦場から鵜ヶ崎城は四里程ある。三十兵ほどでまとまって帰路についた。戦で疲れ切った我が隊は雷神山の袂で力尽き野営をした。

 後もう少しで城下というところだった。翌朝まだ暗い内から歩いて城下に向かった。すると前方に三十ほどの兵が道を塞ぐようにいる。


皆に緊張が走る。



「殿、お味方、福田隊でござる」

様子を見に行った者が安堵の顔で戻って来た。

「福田隊が何故・・・」


「おお、泉田殿。やられ申した、高舘城は山中の手に落ちて御座った」

「なんと・」


「それで昨夜の内にこちらに参り、泉田殿が来られるのを待っておった。だが・」

「だが・・?」


 福田殿の目線の先を辿る。小山の上にある我が城が見える。・・見慣れぬ白い旗が翻っている。あれは・・・


「白地に山が三つ、山中隊の旗で御座る。鵜ヶ崎城も落城したと言うことで御座る・・」

「落城・・・、妻や子らは・・・」


 目の前が真っ白になった。目眩がしてふらついた。

「殿、お気を確かに。まだ我々も家臣ら生きており申す。亘理領に逃れて力を蓄えましょうぞ」

 という広瀬の手も震えておる。


「城下を離れ亘理領に落ちる。亘理領で力を蓄えて必ずや領地を取り戻す。皆の者、隊列を組め!」

 広瀬の叱咤に兵たちが動揺しながらも隊列を組んだ。

涙を流す兵を叱咤しながら城下を迂回して阿武隈川の畔に着いた。そこが亘理領に渡れる最後の渡し場だ。


 渡し場に大勢の人がいる。

 兵では無い。女子供もかなりいる。


「殿、城の女衆で御座る。兵の家族もおり申す!」

「な・なんと・・・」


 我等を見て幾人かの者達が出て来た。

 おお、妻だ、倅もいる。

 思わず駆けだした。


「殿、ご無事で・」

「匊、無事であったか・」

「はい。皆無事です。山中隊は城に残った者全員を解放してくれました」

「そうか。良かった」

「お腹が空いておりましょう。町衆が炊き出しをしてくれておりまする」


 河原では大勢の民が炊飯の煙を上げていた。握り飯とみそ汁を女衆が運んで来た。某らはそこに座り込んで喰った。

 旨い。

城を取られたが、家臣と妻子は無事なのだ。まだやれるわい。


「・・炊き出しは山中隊の許しを得ているのだな?」

「無論です。指示したのは山中隊の赤虎殿です。城の米を出し民に働き賃を出してくれました。それに赤虎殿は、旅立つ者に蔵を開けて路銀を出してくれました」


「山中の指示・民に働き賃・路銀だと・・・」

 戦で戦った敵兵に、これ程の配慮は聞いた事が無い・・・


「はい。我等は陸奥国府の兵である。帝が決めた事に挑む者には容赦はせぬが、本来陸奥の者は全て我等の寄子であると」


「なんと・・」


「敵として戦に参加した兵であろうとも罪は問わぬ。そのまま住むも移住するのも自由であるし、望めば適性によっては兵として雇うと仰って多くの者がそのまま残ることを選びました」


「・・・」


「ですのでここに家族が来ていない者には、家に帰るようにご指示を頂きとう御座いまする」


「・・皆のもの、お方様の話を聞いたな。そなたらはここに残っても罪には問われぬそうだ。家族が来ておらぬ者は、まず家に戻れ。殿と我等は亘理領におるで、何かあれば尋ねて来るが良い」


 家老・広瀬の言葉に多くの者が頷いた。某もちょっとほっとした。亘理家に世話になるにしても、大人数で押し掛けては心苦しいからな。


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