第315話・通達。


 陸奥中新田城 大崎義隆


 ついに我が家にも国府多賀城代官から通達が来た。先だって父上からの書状と使者で、宮城郡国分領の討伐に出た山中隊が名取郡の伊達家の援軍と戦って退けたのは知っている。

 山中隊は請われて謀反を起こした弾正忠の成敗に出て、弾正忠の援軍である伊達隊を追い払ったのだから正義は山中隊にある。しかも父上の言った通り山中隊は強い。先の戦、此度の戦を通じて大軍と戦いながら自兵の損失は無いというおそるべき強さだ。


 多賀城に宮城郡と名取郡と柴田郡の一部も手に入れた山中隊は、黒川領をも含めると大崎領にも匹敵する広さになった。しかも多くの河川が流れ込む肥沃な土地だ。実質の実入りは我等を凌ぐかも知れぬ。僅かな間にここまで大きくなるとは、父上の言われる事は本当なのか・・・


「殿、多賀城からは何と?」

「国府多賀城に普請兵を寄越すようにと」


「大崎は既に六十名もの兵を出しているではありませんか」

「そうだ。だが石高に応じた兵をと・・」


「なるほど・・・黒川は当初九十名出しておりましたが、六十名に免除されたと聞きまする。一万石で二十名という事になりまする。それによると大崎十八万石は三百六十名ですな・・・」


「残り三百か。しかし冬支度に人がいる、それに葛西がどうもきな臭い、ここは半数の百五十を派遣するか・」

「・・それ程の兵を派遣されるので?」


「うむ。国府から通達が来た以上は、せざるを得ぬ。従わぬ者は朝敵とみて討伐致すと書いておる」

「・・・」


「それに多賀城の様子を見ることも必要だ。ここは氏家、お主が父上と相談して準備のうえ、普請兵を連れて行って呉れ」

「はっ」




陸奥登米郡・寺池城 葛西晴信


「大原殿、二百兵で来られました!」

「うむ」


「薄衣家の百兵、到着です!」

「浜田家からの百兵も来ました!」

「そうか。浜田が来たか」



 周辺地侍は速やかに普請兵を寄越せと、多賀城から通達が来た。太守と呼ばれる某を、地侍とはなんだ、けしからん! 

時を同じくして、南の伊達家重臣・亘理殿から挟撃しようとの繋ぎがあった、南北で協調して国府を騙る山中隊に攻め入るのだ。


すぐに領内全土の地侍に兵を出すように求めた。するとどうしたことか何時になく順調に兵が集まって来ている。全ての地侍が兵を寄越してきて、その総数は一千にもなった。

 だが多賀城を再興している山中は、朝廷より命じられた防人の司だというのは真か。黒川や大崎も人夫を出しているしの。もし本当ならば朝廷に逆らう事は出来ぬ、ここは普請兵を出して大人しく従うべきなのかと悩んでおる。

葛西にとって此度の判断はまことに重要だ・・・



 そこで若輩者の某に助言を貰う為に、義兄・月鑑斎殿においで頂いた。

国府領との境界にある小野城主の月鑑斎は、倍ほど年は離れているが某の姉の夫だ。勇猛で軍略に優れ家中で一番頼りになるお方なのだ。



「晴信殿、兵はどれ程集まりましたかな」

「一千で御座る。月鑑斎どの」


「詳細は?」

「浜田百、柏山二百、大原二百、薄衣百、熊谷百、馬籠百、千葉百、山内首藤百で御座る。これに寺池城兵二百が加わります」


「ふむ一千二百か、それならば良かろう。数は少ないが、よく浜田・熊谷・馬籠が兵を出したな・・・」

「はい、某もそう思っておりまする。いつもは何かとごねる者どもらがよく兵を出したと」


 地侍衆にはそれぞれ四・五百の兵がおる。葛西領は総勢で六千を超えるのだ。だが浜田、熊谷・馬籠は某の言う事をあまり聞かぬし、千葉と山内首藤は葛西と家格がそう違わぬ故に何かと文句を付けるのだ。



「政景殿の旧臣は百兵ぐらい集まると言う。それに小野城の三百兵を加えれば一千六百だ。相手が精強な山中兵でも、これならば勝てる。なのに晴信殿はいったい何をお悩みか?」



「某は国府の、朝廷の命に従うのも一考だと。通達どおり普請兵を送れば無理に戦をしなくとも良いのでは無いかと悩んでおり申す・・・」


「晴信殿、それは甘う御座る。葛西は先の戦で国府を騙る山中兵と既に敵対しておりまする。通達どおりに普請兵を送ってもそれで済みますまい。またそうなった場合、政景殿らは我等を見限り出て行きまする。さすれば伊達家との同盟は消え、葛西は山中と誼を結んだ大崎の狩り場になりまするぞ」


「それはいかぬ。なんとしても天敵の大崎を倒す。それが葛西家の長年の悲願だ、その為に伊達家との同盟は維持しなくてはならぬ」


「ならば今できることは、多賀城を叩き潰すのみで御座る。もし朝廷の命が真であっても、潰していれば後で何とでも理由を付けられまする。山中隊は国分領と名取郡を加えて、百から三百程に増えているが殆ど新兵で黒川六十、大崎六十を加えても四百二十兵。これを亘理勢五百と挟撃するのです」


「四百二十と二千百か、丁度五倍だな・・・」

「四百二十といっても、実質は山中隊七十を倒せば我等の勝利。勝利に向かって粛々と進軍すべしで御座る」


「・・・うむ、分かった。出撃せよ!」

「はっ。出撃する。各将に触れを出せ! 」




 陸奥亘理城・泉田郷右衛門


 亘理氏を頼って肩身の狭い思いをしている。前は泉田も亘理殿と同等以上の勢力があったのだ。それが身を窄めて遠慮して厄介になる毎日だ。

 何とも辛い・・・


 だが、いよいよだ。

亘理城は集結した兵で満ちている。亘理殿四百に我が手勢と福田勢が五十ずつの五百兵だ。対して鵜ヶ崎山中隊は七十兵、小泉城は百兵、多賀城百五十兵だ。これを葛西勢と南北から挟撃するのだ。

 もうすぐ鵜ヶ崎城に戻る事が出来る。




「殿、葛西勢一千五百が寺池城を出立しましたぞ! 」

「そうか。よし、いよいよだな。我等は武具の手入れをして待とうぞ! 」

「「はっ」」


 葛西勢が旧留守領を制圧しながら多賀城に進出するまでには、二日ほどかかろう。我等は川を渡れば敵地だ、葛西勢に歩調を合わせる必要がある。



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