第312話・待ち受ける国分隊。


 行軍中の黒川晴氏


 某は黒川の精兵三十を率いて清水代官と並んで進軍している。前方には国府軍最強だと思える山中隊の堀内・松山・真柄殿だ。見かけだけでも恐ろしい兵たちだが、特に皆の頭上を越えて肩から上が出ている太郎太刀の真柄殿の異様は抜きん出ている。

見掛けだけで無い彼等の実力を知った今となっては、例え五・六倍の兵があろうと絶対に戦いたくない者たちだ。

 彼等には黒川の援軍など無用なだとは分かっている。分かってはいるが、某はおのれの目で彼等の戦ぶりを見たいのだ。



「黒川殿、此度の戦はじっくりと時間を掛ける。それをご承知おき下され」


「それは背後の伊達家の動きをみるということで御座ろうか?」


「左様です。それと我々の出陣もまだ知られておるまい。故に今日は七北田川まででんな」


 多賀城から国分家の小泉城までは三里ほど、領界の七北田川はその半ば一里半ほどだ。行軍としてちょっと近い、いや近すぎる・・・


「いや、ワテもつい逸ってな。勢いで多賀城を出陣してしもうた。ほんなもんで、今日は時間つぶしに川傍で調練でもしまひょうか。集まった野次馬に国府隊出陣を触れたら一石二鳥だす。うちの武術馬鹿どもなら何刻でも棒を振っていますからな。黒川隊も一緒に如何ですか・」


「・・・左様ですか。それならばご指導願います・」

 これは、別の意味できっつい戦になるかも知れぬな・・・



「・・・」

 案の定だ一刻ほどの調練で我等は完全にバテてへたり込んでしまった。

 なのに彼等ときたら・・・


「おら、行けぃー」

「望むところだ! 」

「回り込めー」

「突き破れー」

「「おおぉぉぉー」」

と陸の上で、川の中でも、水飛沫を上げて激闘している。何という体力だ。


 それも実に楽しそうに、生き生きと・・・




「我等は国府・多賀城の兵だ。国分宗正殿の要請により謀反人弾正忠盛氏を打ちに参った。弾正忠に首を洗って待っておれと伝えよー」


国分領の民も調練の大騒ぎに見物に来ている。そりゃあ来るわな・・・

それに向かって清水殿が大音声で喧伝している。

だが、こんな疲れ果てた所に敵が攻め込んできたのなら往生するな。

いや、彼等ならば、もっと喜んで歓迎するかもな・・・


 それにしても、腹減った。飯はどうするのかと思ったら、普請場から女衆が降りて来て炊飯の支度を始めた。荷車には敷き蓑と掛け蓑が積まれている。この時期、それがあれば野でも安眠できる。

 どうやら我等の動きは多賀城に全て把握されているようだ。

到りつくせりだな。







小泉城 国分盛氏


 某は主のいない国分家に押し掛けて強引に国分の名を継いだ。宗正の若いお方様はなかなかの器量で某好みの容姿だったからな。あ奴に変わって跡継ぎを産ませてやると夜ごと可愛がっている。最初は嫌がっていたお方様も、今では宗正のことなどすっかり忘れているようだわ。ふふ・そうで無くては成らぬ。


 伊達家へ従属の使者と国分家相続の挨拶をした。輝宗殿も弟・留守政景追放を受けてかなりのお怒りだ。国府隊を殲滅する策を葛西家と協議中だという。おそらくは、秋の刈入れ後のことになろう。

 その時が来るのが楽しみだな。



「殿、大変です。宗正めが逃亡して御座いますぞ!」

「なに、どう言う事だ?」


 前当主・国分宗正を御狂乱と称して拘束、人目に付かぬ山小屋に見張りを付けて幽閉していた。家中には某と対立する者らもいるから、その経緯は腹心の僅かの者しか知らぬ筈だ。いずれ頃合いを見て密かに始末するつもりだった。


「然らば見張りが殺害されておりますれば、何者かが手引きした様で御座る」

「何者かがか・・・高館城に使者を出せ。至急、福田殿に兵を率いて入城して欲しいと願え」

「はっ!」


 誰が手引きしたかは分からぬが、宗正を家中の抵抗勢力が担いで挙兵されては拙い。ここは伊達の軍勢を入れて無理にでも押さえ込むしか無い。

 それと抵抗勢力に兵が集まらないようにする必要がある。


「それに兵を召集しろ。調練だ、数日の野戦調練をすると伝えよ」

「ははっ」


 これで良かろう。





 二刻後、高舘城主の福田駿河守が兵五十を率いて来てくれた。すでに無事集まった兵五十を城外に待機させている。

その頃には、逃げ出した宗正が多賀城に駆け込み、呼応した多賀城兵三十と黒川勢三十が領界の七北田川まで進出している事が判明していた。


「国分殿、何事か?」

「福田殿、来て頂いて忝い。実はかくかくしかじか・・・で御座る」


「うむ、敵六十に味方八十か良い勝負で御座るな」

「お待ち下され福田殿。多賀城兵の山中隊は黒川の援軍があったものの、四倍の留守葛西隊を打ち破った精兵で御座る。ここは鵜ヶ崎城の泉田殿に援兵を求めるべきで御座る」


「・・・山中隊はそれほどの精兵か。ならば某から泉田殿に使者を送ろう」

「ここを抜かれると、次は高舘城・鵜ヶ崎城が前線となりましょうから宜しく頼みまする」

「・心得た」


 小泉城は平城で防御は弱い。出来るだけ敵を引き付けて、福田・泉田両隊による挟撃で各個撃破すれば何とかなろうか。

 安養寺隊二十が多賀城に入っているのが痛いな・・・恐らく今頃は山中隊によって拘束されているだろうな。


 それにしても我等の兵がすんなりと集まったのが不審である。宗正を逃がしたのが家中の反対勢力で無かったならば、いったい誰が逃がしたのだ。


  案外、宗正に仕えていた小者のやったことかも知れんな。過去に何年も親身に仕えた者がいるからな。その時の恩を返そうとしたのかも知れぬ・・・

 ん・安養寺が宗正を逃がして山中隊に寝返ったというのも考えられるな・・・


 どうであれ、進軍して来た山中隊を蹴散らすことしか国分に生き残る道は無い。宗正を幽閉した時から決まっていた一世一代の大ばくちだ。必ず勝って生き残ってやる。



 翌日、出していた斥候が戻って報告する。

「山中隊三十、荒井の辺りまで進出して来て布陣。黒川隊は昨日の位置で動いておりませぬ」


「進軍して来たのは山中隊のみか。どうして黒川隊は動かぬ?」

「福田殿、恐らくは八十ほどの我等などは、山中隊で十分だとみたのでしょう」


「何だと、山中隊とは何様だ。我等を馬鹿にしおって!」

「良いではありませぬか。慢心した敵はこちらにとって好都合。泉田殿と三方から殲滅致せば」


「ふむ、黒川の備えに少数を残しても百五十以上の兵がおる。幾ら精強でも三方からの五倍の兵だ。山中隊殲滅後には多賀城に進軍して蹴散らそうぞ」


「ならば、ついでに黒川領も制圧しましょうぞ。留守領は政景殿に返すとして、黒川領三万石は我等で山分け致しましょう」

「良かろう。苦労賃だな。ふっふっふ」



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