第310話・葛西と大崎。


 陸奥・寺池城 葛西晴信


「太守様、小野城から早馬で御座る」

「む、通せ!」


 畿内から来た者らが陸奥国府・多賀城を再興すると言って塩釜の南に普請しているようだ。

 馬鹿な・・・

今さら国府だ、多賀城だとは笑止千万だ。聞けば普請を行なっているのは塩釜・気仙の湊に偶に現われる大和商人の国だという。


過去には聞いたことの無い山中という国は、つまりはここ最近出来た新参の国だ。畿内から奥州まで船を出せる力はあろうが、それも商いで稼いだ銭の力だろう。その銭の力で陸奥に拠点を作ろうと企てているの違いない。


それを帝の命だと、言う事に事欠いて、片腹痛いわ!

商人如きに奥州を好きにさせてたまるか。


 その戯言を間に受けた者がおる。大崎のたわけと黒川だ。他に協力する者が出ぬとも限らぬ。早いとこ追い散らさぬと面倒だと思うていたところに留守から援兵依頼が来た。

留守政景は伊達の御曹司だ。これから葛西は伊達と結んで大崎を潰す。その前哨戦に丁度良い。望み通りの百兵を差し向けた。

 今頃は山中の不埒者を追い払って、助勢した黒川領に攻め込んでいる頃だな。黒川を討伐した暁には、黒川領の三分ほど貰おうか、本来ならば半分だがここは伊達に遠慮して三分で良いわな・・・




「太守様、申し上げまする!」

「うむ。申せ」


「お味方敗れて、留守政景殿ら十名程が小野城に入っておりまする」


「?・・もう一度申せ」

「はっ。葛西留守連合軍は、新多賀城下で山中隊と対戦して惨敗。大将留守政景殿・参謀花渕紀伊殿ら十名が小野城に落ちて来て御座いまする」


「・・・な・なんと、真か?」

「馬はとうに潰して、鎧も何もかも脱ぎ捨てられた茫然自失の有様で御座いました・・・」


「・・・・・・追手は?」

「小野城対岸までは来て御座いましたが、鳴瀬川を渡る様子は無く引き返して御座いまする」


 小野城は鳴瀬川の東岸にある。この鳴瀬川は今の留守領との境界だ。

 境界を越えては追って来ぬか・・・

 しかし・・・負けたのか・・・

 ・・そうだ我が援軍はどうしたのだ。


「我が隊は如何した?」

「葛西隊百の内八十兵は戻ってまいりました。負傷者十五名、うち三名は重傷です。旭山殿討死・」

「なんと、旭山が死んだか・・・」


 百兵を率いた二将は旭山と稲井だ。旭山を失ったか・・

 戦だ。やむを得ぬか、戻って来ぬ二十兵も・・・


「戦の推移は?」

「多賀城前に布陣した敵七十に対して留守葛西連合軍は、中央に五十、その後ろに留守政景殿の本隊六十、右翼に留守勢三十と旭山隊五十、左翼に留守勢四十と稲井隊五十で御座りました」


「七十と二百八十ではないか。それほど多勢でも負けたのか・」

「山中隊は無類の強さだったとか。その上に黒川勢六十が背後から突撃して来て壊滅状態だったとか・」


「うむむむ・・・・・・月鑑斎は何と言っておるか」

「殿は、ここは焦らずに敵を調べて伊達と連合すべきだと申しておりまする」


 小野城主の月鑑斎(長江勝景)は、国境を任せられる老練な将だ。その月鑑斎の進言を聞いておこうか。


「良し、多賀城に間者を出せ、山中隊の事を詳しく探るのだ。それと政景殿に折衝して伊達家に山中隊を挟撃すべきとの使者を出せ。その策はお任せすると」

「「はっ」」




陸奥 中新田城 大崎義隆


「殿、もっと兵を出すようにとの、大殿の催促をどう致しますか? 」

「形部はどう考えるな」


「留守・葛西隊を自軍兵だけで追い払った事に、某は驚くばかりで御座る」

「うむ。ひょっとすれば父上の話は真だったかも知れぬ・・・」


『山中国はとんでも無く強大だ。陸奥国人などがいくら寄り集まっても勝てぬわ。大崎家を残すためには即座に従うべき』

と父上は言ったのだ。


 我等、京の都から遠く離れているとは言え、山中国などは聞いたことが無い。

 父上は都で幻でも見てきたのでは無いかと思ったわ。或いは狐狸の類いにばかされたかと・・・


 よしんばそういう国が出来たとしても、ここは広大な陸奥だ。南部・九戸・葛西・大崎・留守・黒川・国分・相馬・岩城・田村・伊達など強い国人衆がひしめき合っている。新参の山中国などに従う者はおらぬだろう。

と某が拒んでいたら、某の返事を待ちきれぬ父上は、親しい三本木の兵を率いて多賀城の元に下ったのだ。



 あの穏やかな父にしては強引な行動だった。ちょっと驚いた。



「殿、山中は葛西勢も追い払ったのです。ここは我等も譲って多賀城に近い一栗・三迫などに普請兵を供出させるが宜しいかと・」

「うむ。南の一栗や北の三迫だったら葛西への備えも問題がない。良かろう。そう手配りせよ」

「はっ」


 一栗と三迫、十五名ずつならばそう負担にはなるまい。これで大崎は六十名出したことになる。対応は全て父上に任せよう。某が直接出向く程、大崎は小さくない。元奥州探題の大崎家は、黒川などとは家格が違うのだ。





多賀城 赤虎重右衛門

 俺は初めて塩釜湊に入り町を検分して来た。松島の風景と共に古くから知られる塩釜の湊は、塩竈神社の門前町でもある。山が迫り平地はそれほど広くなくこぢんまりとしている。

はっきり言って国府の湊としては狭い。新たに多賀城側に広げる必要がある。


 塩釜湊は今、仮に設けられた役所で内政方が大わらわだ。まずは役人と兵の徴用をしなければならぬ。


治政を行なうには、それを行なう人を集める必要がある。新領地の取り付きには人別改から検地・収税と大変な仕事が山積みだからな。

まずは人を集め、集まった者の得手不得手をみて役目を決める。留守家の本城だった岩切城下には、多賀城代官の十蔵が自ら出張って徴用を行なっている。

彼奴はその専門家だからな。




「構え、振り上げ、薙いで、引く!」

「えい! やあ! えい!」

 徴用した新兵を調練しているのは氏虎隊だ。各自が数十人の者に稽古つけている。大崎と黒川の者も希望して半分ほどが稽古を受けている。村岡城を破却した真柄隊が岩切城に入り、氏虎隊が引き上げてきたのだ。



「国分は弾正忠殿が家督を継ぎ国分盛氏様となられた。盛氏様は国府多賀城に従うと仰せになり、人夫を率いて多賀城普請に出るように某に命じられました」


 国分から普請人夫が二十名ほどと安養寺忠昌という将が来た。彼の領地は多賀城に近いために選ばれたという。質実剛健、頭の固そうな・逆に言えば腹芸が出来なさそうな男である。


「宗正殿はどうなされた?」

「それが・・・」


 前当主は優柔不断で領国を危うくすると幽閉されたらしい。代わって兵を束ねる隊長が当主に治まったのだ。

 まあ、クーデーターだ。

 あの当主ではそれも仕方がないな。しかし、山中隊では無くて国府多賀城に従うか・・・微妙な言い回しだな。



 多賀城普請は大崎隊・黒川隊・国分隊に七ヶ浜の者や新兵に民が混じり、二百名程を蒲生隊が指導しながら進めている。まあ、これはゆっくりで良い。ゆっくりと国府の再興が浸透して行けば良いのだ。

現状は二の郭にせっせと土を運び固めている所だ。五十丁(550m)四方ある広さだが、元が丘陵地なのでそれ程の土は必要で無く、造成の進捗は早い。


木材や建物の材料が集って来て積み上げられている二の郭で、俺は今日も手先が器用な兵らと材木刻みだ。

潮風を浴びながら材木と向き合うのは、なかなかに平和で実のある時間だ。



「赤虎殿、魚を持って来ました。今日は干物です。長持ちしますよ!」

「おう、鯛蔵。いつも済まぬな」


七ヶ浜の鯛蔵は、毎日の様に魚介を持ってきてくれる。こちらも人数が増えて大所帯なので助かるわ。賄いには塩釜湊から大勢の女衆が通って来てくれている。それを動かしているのは紀伊から連れて来た女衆だ。全くうちの女衆は頼りになるわ。



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