第309話・国分隊の動き。


多賀城代官 清水十蔵


 わしは寄せ集めの隊を作って、多賀城の西に陣取る国分隊に向けて進軍した。

 実は年甲斐も無く興奮しとる。一軍を率いての進軍は初めてなのだ。


皆が楽しんでいるのだ。ワテもちょっと楽しませて貰うぞ。


留守隊も葛西隊も敗走したというのに、国分隊は出陣した地点にそのまま残っている。おそらくは呆気にとられているのだろうが、多賀城にとっては武装して攻めて来た敵だと言うことを分っておられぬ。

 いまだに陣を敷いているのは、隙を見て攻める意志ありと判断されると言う事を。



国分隊が布陣したのは多賀城西十丁ほどの小高い丘陵だ。そこからだと、多賀城と留守葛西軍の戦いは良く見えていたはずだ。

彼等の前に真っ直ぐ向かって進み、麓に陣を敷いた。するとすぐに国分殿ら数騎が降りて来た。



「こ・これは何事ですか。清水殿」

「何事とは異な事を。無論、兵を率いて隙を伺う敵と戦うためで御座る」


「お・お待ちあれ。国分は国府・多賀城を攻めぬと申した。兵を出したのは、留守家の要請があってのこと。国分は多賀城の敵ではありませぬ・・」


「それは聞いたが、留守葛西隊が敗走して戦は終わって御座る。にも関わらずに、敵の要請に応じて兵を出した国分は、そのまま隊を留めて山中隊が追撃していない多賀城を伺って御座る。これは明らかな敵だ、我等としては放置は出来ませぬ」


「お・お待ち下され。我等、思わぬ戦の展開に呆気にとられて見て御座っただけで、他意はありませぬ」


「思わぬ展開・・なるほど我等が敗れる展開を期待して御座ったか。見ての通り、多賀城の兵は出払っており、我等は碌に防具・武器を持たぬ黒川・大崎の兵と船の水夫だ。今ならば勝てるかも知れませぬぞ。いざ、参られよ。ここは多賀城代官の某がお相手致そう」


「お・お待ち下され。国分・国分家は多賀城にお味方致す。」

「多賀城に味方するという事は周囲の者を敵となすと言う事で御座る。背後の相馬や伊達を敵にしなければ成りませぬぞ」


「そ・それは、困る。当家は伊達家と歩調を合わせている・・・」


 やれやれ、何とも煮え切らぬ御仁だな。それで良く領国を保てるな。ああ、もう面倒になってきた。

 どうしてくれようか・・・


「清水殿、ここは某に・」

「月斎殿、ほな頼んます」

 月斎殿が声を掛けてくれた。ここは任してみるか。


「国分殿、黒川殿の働きを見たであろう。娘子と留守家ひいては伊達家と親密な関係になりつつあった黒川殿は、街道を封鎖した留守兵を蹴散らして戦場に駆け付けて葛西勢に突撃した。これを見てどう感じられたか?」


「・・・黒川は交流が出来た山中隊に付くと判断したのであろう」


「左様で御座りますな。ですが少し違うと存ずる。おそらく黒川殿は、ここではっきりとした態度を示さなければお家の浮沈に関わると思われたので御座ろう」


「・・・分らぬ。黒川はどうして・・・」

「国分殿、ここは態度をはっきりとする事が肝心で御座る」


「・・・」


 駄目だな、こりゃあ。煮え切らぬのも程があるわい。


「殿、ここはひとまず兵を下げましょう。何時までも布陣している故に多賀城に疑われるので御座る」

「これは迂闊、弾正忠、直ちに兵を引き上げてくれ」


 弾正忠盛氏、国分隊の隊長だ。兵を掌握して次には当主の座を狙っている野心家だという噂がある。まあ当主がこれではそれも分るわい。


「代官殿、何時までも多賀城に兵を向けていたことはお詫びする。すぐに兵を下げさせますで、どうかそちらの兵をお下げ願いたく・・・」


 やれやれ、折角のワテのやる気も萎えたわ。「黒川はどうして」の後は、伊達でなく山中を選んだのか・だろうな。

 まったく面倒だわい。こんな優柔不断な者が隣にいると気が滅入るわ・・・大将に相談しなければならんが、国分領は没収だな。海に向けて開けた広い大地は大化けしようからな。




「はっは。十蔵も暴れられなかったか。うん、国分領は没収して直轄地にしよう。そこはたしかになかなかの土地だ。良い治政を行なえばきっと奥州一の町となろう」


 南に行っていた大将はわしより早く戻っていた。鯛蔵という纏め役が味方に付き、七ヶ浜の攻略は順調に行きそうな見通しだという。


 夕方になって留守領の制圧に行っていた将兵がぼつぼつと戻って来た。

留守本城の岩切城は新介と堀内隊が入り、村岡城には真柄隊を残して、東の領堺へ新庄隊・松山隊・島野隊が向かったと言う。

こちらに戻って来たのは生子隊と蒲生隊だ。普請奉行と護衛役を戻したのだ。明日からは内政方を各地に送らねばならぬ。わしも忙しくなるわ。





 宮城郡・小泉城 弾正忠盛


 まったく御屋形様の優柔不断には呆れたわ。久々に出陣したかと思えば、敵も味方も分らぬ態度だ。山中に付こうが葛西に付こうが某は一働き出来たのにな・・・


 いつまでこんな状態を続けるおつもりか。

もう阿呆の御屋形様には任せておけぬ。こうなれば御屋形様を亡き者にして某が実権を握って領国を護って行くしかない。


 となれば、まず、伊達と山中のどちらに付くかだ。


 留守家は滅んだ。我が国分領の東は全て山中の勢力圏となったのだ。黒川は元より大崎も少数といえども兵を出しているからには山中に追従するだろう。

 新興の山中家・兵は少ないが精強だ。


 一方、国分のすぐ後には伊達がいる。国分も前から伊達家の意向に従ってきていて、親密な関係だ。本国は少し遠いが、手前の岩城にも倅が入っていて葛西とも結んでいる。伊達家は広い範囲に影響力を持つ南陸奥の雄だ。


此度のことで倅(留守政景)を追放した山中家は、伊達の顔に泥を塗ったのだ。当主(伊達輝宗)とご隠居(伊達晴宗)が険悪な状態といえども、伊達家はこれには黙っておらぬだろう。

それに援兵を叩かれた葛西家も怒りに燃えているだろう。つまり多賀城は東西から攻められると言う訳だ。元留守領からの徴兵もすぐには上手く行くまい。小勢力のまま挟撃されるといくら精強でも持つまいな。


・・・ここはやはり伊達に付くべきだな。


 だが国分一万七千石単独では、留守黒川領を加えた六万石の山中勢には抗えぬ。

 つまり、一旦は山中に従う必要がある。その上で伊達に事情を話して協力を仰ぐ。


 うむ、面従腹背の策だ。これで行こう。


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