第308話・七ヶ浜の戦い。
一の郭・赤虎重右衛門
山中隊と留守葛西連合軍との戦闘の様子は、良く見えていた。兵らの戦いに一抹の不安も無い。葛西隊の背後から黒川隊が突撃して来た。それでどうやら戦の帰趨は決まった様だ。
さて、こちらも働くか・・・背後では花渕隊が盛んに牽制している。彼等には前面の戦の様子は見えないのだ。
西では国分隊が兵を出しながら傍観している。こちらは放置で良い。
「明石、待たせたな。我等の出番ぞ。背後の花渕勢を叩き、付け込んで花渕城を占領する」
「はっ!」
「出撃せよ! 」
「「おおお! 」
待ちわびていた明石隊は敵陣の真っ只中に突撃した。
相手は花渕隊三十、三倍の勢といえども武者は十名に足らぬ。殆どが碌な武器も持たぬ民兵だ。明石隊の一押しで呆気なく瓦解・・・
む、端にまだ残っている者らがいるな。
十名程か・・・固まって必死になって凌いでいる・・・
他の敵を圧倒した明石隊五名が出てそこに一気に突っ込む。
残ったのは、半分・いや三名か、先頭の小肥りの男が棒を振り回して牽制している。荒削りだがなかなかに鋭い振りだ。まともに武術の鍛錬などしていないだろうに・・勘が良いのか・
「吉田浜の鯛蔵ですな。漁師の纏め役で信望があります」
「漁で鍛えた力か・・」
仲間を守って逃げずに戦う、なかなかの男だ。だが、一対一では兵に叶わない。あっさりと棒で突かれて崩れ込むと後の二人は武器を捨てて手を上げた。
「赤虎殿、我等は花渕城をおさえに参ります。ここを頼みまする」
「承知した」
明石も鯛蔵が気になったようだ。その漁師の纏め役は、心配そうに見守る者らに囲まれてへたり込んでいる。腹を突かれて体の力が抜けただけだ。怪我は無かろう。
「鯛蔵か、武士らは一撃だったのに、お主はちょっと気張ったな」
「・・おらの名を知ってるだか、なら聞くだ。あんたらは京の都・天子様の御遣いだか?」
「違う。都の天子様が命じられた防人の司・山中の遣いだ」
「防人の司・・それはどんなお役目だ?」
「日の本各地にある重要な地を守るお役目だ。多賀城もその一つである」
「・・なら、あんたらが正しいだ。花淵の殿様の言う事は間違っている・・」
「花淵は何と言っていた?」
「殿様は『塩釜湊に入る商人の船主が領地を盗もうと騙った話』と仰って、叩き出せと・・」
「ふむ。確かに山中国は『塩釜湊に入る商人の船主』だ。そこまでは合っておるな」
まあ、はっきり言えば全部合っているけどね。新参者で留守家に取り入って主導権を握っているだけに花淵もなかなかに鋭いわ(^_^)
「花淵の殿様はどうなったな? 」
「留守葛西の連合は大敗した。留守家は今日で滅び、花渕もどこぞに逃げ去ったであろう」
「・・・なら、おら達は多賀城につくだ。元々七ヶ浜は国府の厨(くりや)と言われて食べ物を献上した所だ」
「ならば鯛蔵、これから上手い食べ物を出してくれ。だが献上する必要は無い。山中国は商いを大事にする。銭はきっちり払うぞ」
「わかった・・分りましただ。早速戻って皆を説得するだ。・・あ・花渕の殿様のご家族はどうされるな?」
「留守家や花渕家の郎党家族は解放する。何処となり行けば良いし、害が無ければそのまま残っても構わぬ。多賀城はそれに関して干渉せぬ。但し城や館は接収する」
「それなら、いいだ。おら、心優しい奥方様の処遇が気になっただ・・」
「鯛蔵、花渕の奥方様とは顔見知りか?」
「へえ、綾乃様は七ヶ浜生まれで幼い頃より見知っております」
「ならば鯛蔵、お主の家で保護したらどうだ。戦に敗れて逃げだした者を追うのは難儀だからな」
「え・宜しいので?」
「構わぬ。それを問題にする者がいれば、多賀城軍師の赤虎重右衛門が許したと言え」
「承知致しました。ならば七ヶ浜の皆を説得に行きまするだ」
鯛蔵は皆を集めて指示すると、十名ほど連れて走り去った。残された者は手分けして倒れている者を起こしはじめる。なかなか連携が取れている。なるほど海に囲まれた七ヶ浜は、漁師の力が強いと言うことだな。
「大将、七ヶ浜は順調に行きそうですな」
「うむ、鯛蔵のお蔭でな。ところで鯛蔵は妻子持ちか?」
「いや、独り身で御座ろう」
「ならば幼なじみの花淵の・・綾乃を娶れば良いな」
「奥方様は稀に見る良い女ですぞ」
「う、しくじったか・」
「ふほっ・」
こちらに来る前に百合葉から言われた『側室を作っても良い』という言葉が妙に記憶に残っている。それがちょくちょくとよぎるのだ。
まったく・・・
倒れていた武士身分の者もなんとか起き上がって、周りを見回し打たれた所をさすっている。我等を見ても戦う意思はもうないようだ。
向かってこぬのなら放置する、どこへでも行くと良い。
「杉吉、儂の働き場は無いようだ。戻るか」
「左様ですな」
多賀城代官 清水十蔵
留守葛西連合軍を新介らが蹴散らして追撃に移った。棒で打たれ倒れている敵兵はその内に気付いて去ろう。山中兵らは手加減しておるで、死ぬ者も重傷者もおらぬだろう。放っておくに限るわ。
大将は明石と花渕領七ヶ浜の制圧に向かった。七ヶ浜は多賀城の背後を守る土地だで、きっちりと落として貰わなあきません。
さて、ここはそれがしも行きまっせ。
「美咲、某は国分領に向かう。後を頼むで」
「はい。お代官様もお気張りやす」
美咲と女衆、武装した内政方の者十名がおれば一の郭は守備できる。華隊ほどでは無いがくノ一衆は見掛けより強いからな。間違い無くそれがしよりは強い。それに懐には隠し武器を持っているから一突きされたらお仕舞いだ。
山中兵はそれを十分に知っているから、ちょっかいを出す者はいない・・・いや珠にはおって皆の笑いものになっておる。
「月斎殿、国分殿に御挨拶致す。ご同行願えるか」
「・・承知致した」
田村の軍師殿は連れて行く。国分と親しく説得してくれるのを期待してのことだ。無論、牽制の意もあるし、将のいないここに置いておくのは躊躇われるからな。
他には大和丸の水夫十名に内政方三名、黒川兵十名と大崎兵十名を連れて行く。水夫には山中隊正規兵の戦衣を着せて、黒川・大崎兵にも一間棒を持たせた。
これならば国分隊五十を圧倒できる筈だ。
「皆の者、我等はこれより西の日和見隊に御挨拶する。出陣! 」
「「おお! 」」
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