第302話・黒川郡の動静。


「黒川郡の黒川家は、元は大崎家に属していましたが、先々代が伊達一門から来て今は大崎-伊達に両属しながら独立した状態で御座る。当代の黒川稙家は病が重く弟の晴氏が代行しておりまする。この黒川晴氏は知勇兼備の将として名高く正室は大崎殿の妹で御座る」


「ふむ。やはりややこしいな・・・」

「さいでんね。両方の血を入れて両属して独立でっか・・・」



「ともかく山下、短い間に良く探ってくれたな。助かる」

「いいえ、どれも民に聞けば分かる事ばかりで。それと耳寄りな噂というか殿の好きそうな噂話を聞いて来申した」


「ん。儂の好きそうな話とは、どんな話だ」

「少し南、いや伊達領の南になりますが田村郡の田村隆顕の叔父顕頼は、知略に優れて軍師として有名で出家して月斎と名乗っておりますが「攻めの月斎」、「畑に地縛り、田に蛭藻、田村に月斎無けりゃ良い」とまで言われて怖れられており申す」


「畑に地縛り、田に蛭藻、田村に月斎無けりゃ良い・か、散々嫌われたものよな。すでに面白い話じゃな」


「噂話はこの田村氏は熊野新宮の庄司職と荘園をいまだ維持しているとか言うもので御座る」


「この時代に荘園か、しかも熊野新宮・・・繋がったな。十蔵、月斎殿にも書状を送れ。まあ内容は緩いもので良かろう、最後に堀内氏虎と具房殿の名も記してな」


「熊野大社別当の氏虎は分かりますが、具房殿は・・・あっ、北畠の名ですな。清顕・顕頼の顕はかの鎮守府代将軍・北畠顕家公からでっか」


「おそらく・な。多賀城・防人の司・山中国は佐竹家と親しいとも記せ」

「なるほど、南から伊達を牽制でっか、どうなるか楽しみですな」



「ところで山下、この南の岬にも集落と城があったな。領主はだれか」

「南の花渕崎の国人は、花渕紀伊と言い留守政景擁立の立役者ゆえ、今の留守家の重鎮で御座る。岩切城に詰めておりますれば、今頃は政景を焚き付けておるやも知れませぬ」」


「ほう、紀伊守か。地盤を揺るがされてさぞかし焦っておろうな・」




「告、朝廷が任じた防人の司・山中勇三郎の命により

   代官として陸奥国府・多賀城の再建に参った。

   周辺地侍は一万石に三十名の普請人夫をすぐに寄越すこと。

   人夫の世話・食費その他費用一切は地侍が負担致すこと。


 尚、多賀城代官に従わぬ者は、朝敵とみて必ず討伐致すこと。

   これ胆に命じるべき。

                 多賀城代官・清水十蔵」


という書き付けを周辺の国人衆に送った。

北畠具房殿の手で書かれた書状は家宝にしてもおかしくないほどの見事な筆蹟だ。

だがその内容は極めて威丈高で、「多賀城の人夫をとっとと寄越さないと攻め滅ぼすぞ。こんにゃろうめ!」と言うものだ。


 はたして、どうなるか、楽しみである。ぐへへ。




鶴巣城 黒川晴氏


「兄上、如何で御座いますか?」

「・晴氏、儂はもう長くは持たぬ。儂が正気なうちにお主が後を継ぐのだ。でないと家中が混乱するかも知れぬでな。葛西家のように・・」


「兄上、承りました。某が後を継ぎましょう。ですがまだ病が癒える目はありましょう。お気を確かにお持ち下され」

「うむ。これで少し気が楽になったわ。晴氏、黒川を頼んだぞ」


「お任せ下され。兄上は浮世の事など忘れてじっくりと養生して下されますように」

「うむ儂は何も言わぬゆえ、黒川はお主の好きな様にすれば良い」




 我らは大崎家の家臣であったが、伊達家とも縁を結び辛うじて独立している状態だ。大崎家とは今も親密な関係であるが、伊達は大崎家の天敵ともいえる葛西家と結ぼうとしている。

 黒川家にとって、これからが厳しく難しい選択をしなければならぬのだ。



「晴氏様、大崎様が御使者をお連れして見えて御座る」


「使者だと・何処の御使者か? 」

「陸奥国府・多賀城代官様の御使者とか、大層ご立派な警護もついておりまする」


「陸奥国府・・・」


「・・・晴氏様、如何致しましょう? 」


 おう、あまりに想像外の言葉に我を失っていたわ・・・まだまだ未熟者よな。


「奥間にお通ししろ。丁重にな」

「はっ」




 多賀城代官とは、舅殿が都から連れて参ったのか。


それにしても舅殿が発ったのはついこの間だ、もう畿内まで行って帰ってきたとは早いな。船とはそんなに早く往復出来るのか・・・


 城奥の間には二人の武家が座っている。一人は室の父の大崎義直殿だ。わが舅殿はなかなかに思慮深いお人だ。

庭には揃いの衣装を着た警護兵が並んでいる。いずれも隙の無い精強な者どもだ。一騎当千とは彼らの事であろうか。


 なるほど。多賀城代官は飾り物では無いのか・・・



「晴氏殿、久し振りであるの」

「これは舅殿、都に行ったと聞き及んでおりましたが、もうお戻りになりましたのか」


「おう、山中の大船に乗れば寄り道しながらでも四日で都に着く。戻りは三日だったわ。某はただ座っているだけで安全に移動出来るのだ」


「・・左様で御座るか。多賀城代官の御使者と聞き及びましたが・・・」



「某、多賀城代官清水十蔵の使者・島野市兵衛と申す。まずはこれを御覧下され」


 島野殿が差しだした書状を読む。見事な筆蹟だ。まるで都の殿上人が書かれたような・・・

 だが、その内容は・・・


「・・・・・・舅殿はこの内容をご存じですかな?」

「知っておる。某はこの後大崎に戻って倅をなんとしてでも説得する所存」


「大崎でしたら五百名以上の人夫がいりますな・・・」

「田植えの時期だ。それ程の人は無理でも百名なりとも連れて行かねばならぬ」


「でないと討伐されると?」

「無論」


「多賀城の兵はどのくらい来ておりますか?」

「八十名じゃ。だが、少数と侮ってはならぬ。それだけは心して欲しい。黒川家の為じゃ。清水殿は黒川殿に率先して欲しいとお言葉を頂いた。なれば何かと優遇されようと思う。あくまで某の勘であるがの」


「・・・」

「某の御用は終わりました。ではこれで失礼致す」


 御使者は何も言わずにあっさりと立ち去った。それが却って不気味だった。


 どうする。


 黒川領はおおよそ三万石、九十名の人夫だ。大崎や葛西の大国とは違って少数で済む。無論、それにかかる費用は少なくないが・・・


 率先か・・・ここは舅殿の意見に従ってみるか、


 なに、気に入らなければ引き上げれば良いのだ。

 相手を知らなければ戦も出来ぬからな。



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