第303話・二番目の来訪者。


 今日も塩釜の町から女衆が大量の食べ物を仕入れてきた。荷駄に満載されたそれを警護の兵が引いてくる。皆の頭から肩から上が出ている真柄は、「国府の仁王様と評判らしい。


「赤虎どの、陸奥の魚はまっこと美味しいだよー」

 女衆はご機嫌だ。麗しい女衆と厳めしい仁王様とのコンビは、塩釜の町衆に人気で食べ物のおまけも貰えているらしい。なんでも「仁王様へのお供え」らしいが・・・

・・・

 この仁王様のお蔭で女衆の買い物も恙無く進むらしい。さすが太郎太刀・の真柄だ、そこに立っているだけで役目をしているのだ。



 多賀城普請を見物する者は日々増えていた、中には手伝うという者も出てきた。手伝えば給金を貰えると聞いたのだろう。


「お主ら、我が領内で断わりも無く何をしておるか!」

と、そんな時血相を変えた侍の一団が現われた。民らは怖れてあっという間に遠ざかった。近くに居た明石掃部が話に行く。


「我らは朝廷から任じられた防人の司様に命じられて多賀城の復興に当っておりまする」


「朝廷・防人の司だと、そんな話は聞いておらぬわ。即刻立ち去れい!」


「聞いておられぬのは当然で御座る。事前に通告しておりませぬでな。お手前方はどこの御家中か?」


「我らは留守家の家臣だ。とにかく手を止めて領内から即刻立ち去れ」


「それは出来かねます。防人の司様の命令と一地侍の要望ではどちらが重いか考えるまでもありませぬ。また留守家にはこちらに人夫を供出せよという命が届いておるはずですが」


「殿に命だと、聞いておらぬが・・・」


「ならば立ち戻ってお聞きなされ。殿様の許可なく帝の任命した代官に無礼な口を聞いたと分かればお咎めがあるやも知れませぬぞ」


「ううぬ。覚えておれよ。もし間違っておれば只では置かぬからな!」




「帰ったな」

「帰りましたな。やれやれ・・・」


「・・どうせならば、兵を引き連れて攻撃してくれれば良いのに・」

「全くだわ。争いになるかとちょっと期待していたのだが。どうせならば、使者を送らずに攻めてくるのを待っておれば良かったのに・・」


 後で武術馬鹿どもが勝手を言っておるわ。でもまあ、俺も半分はそういう気持ちもある。叩きのめして言う事を聞かせるのが一番手っ取り早いからな・・・


 今、新介隊と島野隊が忍び衆の案内で周辺国人へ書状を届けている。数日の内に行き渡るだろう。それで兵を出す者がいるかどうかだな。

  まっ、別にいなくとも構わない。俺たちはその代りに民を雇うからな。


それよりは目障りだ、兵を出しておっ払おうと言う国人衆がいてくれると嬉しいが・・・



 翌日の朝、大勢の者達が普請場に現われた。氏虎・右近らが期待の籠もった目で見つめる中、一団を率いてきた身分高い男が進み出て来た。


「某、黒川郡を領する黒川晴氏で御座る。ご命令により人夫九十名を率いて参った」


 なんと黒川氏本人が直接人夫を率いて来たのだ。

 なるほど、我らを見るためか。知勇兼備の武将というのは当っているな。大崎殿の説得も聞いているだろう。


「某、多賀城警護役の北村新介、こちらは同じく軍師の赤虎重右衛門で御座る。黒川殿、良くおいでになった。早速だが、十人の人夫に指導役一人をつけるで、人を分けて欲しい」


「畏まった」


 黒川勢は素早く九組に分かれた、兵としての調練がされている証だ。それを新城・明石らが個別に兵をつけて、それぞれの現場に移動して早速やり方を教えている。

 俺たちはそれを見ながら黒川氏と話をしていた。


「黒川殿が一番早く来てくれました」

「それは良かった。舅殿にいの一番に駆け付けよと助言を受けましたからな」

「大崎殿には色々と世話になり申した」


「舅殿も山中様には大層世話になったと。ところで舅殿から連絡は?」

「いや、あれ以来、音沙汰は無いで御座る」

「・・ふむ、やはり義隆殿の説得は上手く行かなかったか・・・」





「黒川殿で御座るか。某。多賀城国府代官の清水十蔵で御座る」

知らせを受けた十蔵が馬で駆けつけて来た。


「これは代官様、宜しくお引き回しの程お願い致しまする」


「早速来て頂き忝し。黒川殿は、大崎・留守など周囲の国人衆と親密と聞いて御座る。そこで国人衆との話し合いのとりまとめをお願いしたい」


「・・・某がで御座るか。とてもそんな大役が務まるとは思えぬが・・・」


「いいえ、そうでは御座らぬ。某の様な何処の馬の骨とも知れぬ者よりも、顔見知りの黒川殿が話していただけば、すんなりと話も通じます。無論、国府の役目なれば只では御座らぬ。役料は月五百貫文、山中硬貨で前金にてお払い致す」



「ご・五百貫・・・」

「お役立てくだされますように」

「・・・」


 十蔵が用意してきた巾着を渡す。受け取って呆然としている黒川氏。

そこには金貨五百枚(五千万円)が入っているのだろう。それでも2.3kgだ。その利便性に、陸奥でも湊のある海岸線では山中硬貨が急速に広まっている。元より奥州は黄金の平泉と言われるほど金銀が産出されている。今、その金銀は大和山中国の鋳銭場に集まりつつある。


 ちなみに三万石の黒川領・税五公五民で年間の所得が一万五千石・一万五千貫文だ。決して少なくない銭高だ。この銭で人夫の世話をしても余る程だろう。


「途中でお止めになっても返せとは言いませぬ故、気楽に使ってくだされ」

「・・・忝い。有難くお受けする」






五月の陽光が普請場に容赦無く照り付けている。俺たちは二の曲輪の中で仮小屋の木材を刻んでいる。実は俺も新介も木材の刻みは得意である。もっとも大和に居た頃はこうして並んで木を刻む事も出来なかったが。

今は十蔵や他の将らに何もかも任せて一兵卒として作業が出来る。ストレスも退屈も無いワクワクとした穏やかな毎日だ。


「大将、黒川隊もすっかり作業に慣れましたな」

「ああ、黒川殿が飯だけはたっぷり食わせているからな」


 黒川晴氏は病床の兄から家督を継いで黒川九代目当主となった。毎日普請場に来て人夫の面倒を見ている。人夫だけで無く領内から女衆や老人らを呼んで飯を作らせて人夫に与えているのだ。この時代の者は飯さえ食わせれば喜んで働くのだ。


 黒川が来た後、周辺の国人衆は誰も現われない。

遠巻きに見物する様子はちょくちょく窺えるのだが、こちらには返事さえ無いのだ。


 それに反して民らは増える一方だ。一人二人が五人十人になり今では毎日来てくれる民が五十名ほどいて、それに日替わりの者も加わっている。

 品物を運んでくる者も多い。米・麦・魚・菜などの食料から木材・綱・藁・筵・杭・葛・竹など大量に必要な物をここで高値で買い取っているのだ。お蔭で女衆は調達に町まで行く必要が無くなった。


「赤虎殿、来客の様です」


 生子義正が何処からか現われて言う。

普請場の警護はすっかり生子隊の担当になっている。杉吉とその配下は、山下らと一緒に行動しているのだ。「今の内に陸奥の地理を覚えたい」と杉吉が言ったからだ。


 生子隊の半数は周囲に散らばっていて、半数は普請場内で作業をしながらそれとなく監視しているらしい。

 遠目に見ると来たのは三騎ほどの少数だ。案内の物が連れて真っ直ぐこちらに向かっている。


「十蔵に知らせてくれ」

「はっ」



 先頭できているのは老人のようだ。一行はそれなりの旅をして来た雰囲気がある、近場の者では無かろう。生子が素性を確かめに行った。


「どちら様で御座ろうか?」

「某、田村月斎で御座る。代官殿より書状を頂きまかり出て参った」


 その問答はこちらにも聞こえてくる。

やはり、地縛りの月斎どのであったか。遠路遙々来てくれたか・・・


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