第七章・陸奥
第301話・奥州・松島湾。
永禄十一年(1568)五月
山中水軍第二船団の船は島々が複雑に連なる松島湾に入った。湊としては想像以上に広く美しい場所だ。広い松島湾の西側一帯が塩釜湊だ。
大和丸を岬に停泊して、熊野丸に乗り換え二隻態勢で湾内に入り、塩釜湊の少し南・水深が深い場所を選んで岸に着けた。一隻は通常通り塩釜湊に入り商いをする。
「よし、儂は地形を見に行く。大崎殿、案内を頼む。新介と蒲生は一緒に、生子隊は護衛だ」
「「はっ」」
「残りはわてが差配します。内政方の伊藤と田中は二手に分かれて湊に行き、町の様子や見てきなはれ。護衛は氏虎隊と真鍋隊でんな。女衆も付いて行って食べ物の入手先なんぞ確認しときなはれ」
「「はっ」」
「「はいっ」」
「残りの者は荷下ろしでんな。柵やら木材を岸に降ろす。水夫らも手伝うてな」
「「へいっ」」
まずは国府を建設する場所の確認だ。多賀城跡も悪くは無いが湊から一里程ある。ちいと遠いのだ。少人数の我らにはしばらく水軍の支援が必要だからな。
そこで前もって大崎殿に聞き込んで塩釜湊の南の丘陵地帯に目星をつけていた。我らはその場所の地形確認だ。
「うむ。悪く無いな」
「左様ですね殿。南の河口を掘削すれば船も入れられましょう」
そこは小高い丘陵地で低木の藪が密集している土地だ。多少の畑があるが小規模に留まっていて、住んでいる者はいない。
西に多賀城方向から流れる小ぶりな河川があり南に河口がある。東は広い岬へと続いて、岬まで約一里だ。
つまりここに城を築けば敵に囲まれる事は無く、水軍の支援も用意で少数でも守れるのだ。
多賀城普請の総奉行は蒲生を任命した。山中の普請を経験してその才能は誰もが認めている。謙虚で慎重な性格も普請に向いている。氏虎のように行け行けドンドンの性格で作った建物には怖くて住めないからな。
「よし、ここに国府・新多賀城を作る。規模は十丁(1.1km)四方で栗栖城ほどとするが、まずは百名で守れる広さで良い。土を盛って高さを増すのは同じだ、せめて五間(10メートル)出来れば六間は欲しい」
山中国の拠点は皆、防衛の為に高さを上げている。津波が来る可能性のある海沿いの拠点は尚更だ。これは基本だ譲れない。
「そうすると、まずは標高の高いこの辺りを中心として囲みますかな。その後は民を動員して土盛で広げましょう」
「うむ、それで良し。民が持って来た土は買おう。土嚢を貸し与えて土を運んで来たら銭を渡す」
「なるほど。普請は捗り領民をもてなづけるとは良い策ですな」
周囲の国人衆には動員命を出して、民は給金を払って雇う。土を運ぶだけでも銭を出す。ただ働きの国人衆は言う事を聞くまいが、領民を味方につけることは山中の基本方針だからな。
まずは幅一丁(110m)長さ4丁の広さに縄張りをした。想定広さ四丁もの防衛線を守るのには百名では足りぬが、幾ら人数が少なくともあまりに狭いと側方からも攻められる可能性が高いからだ。
早速海岸に人を走らせて、荷を運ばせる。停泊した海岸まで二丁ほどで至近距離だ。ここを掘削すれば近づける事は出来る。
「おん大将、こりゃあ、ええ国府が出来まんな!」
と始めに上がって来たのは松山右近だ。戦の期待に満ちた目がきらきらしているわ。
「右近、大将と呼ぶな、儂は赤虎だ。早よう覚えぬと戦に出さぬぞ」
「あっ、しまった。戦に出れねえとは、マジやばぃ。う・ゴホン、赤虎殿、良い景色で御座るな・・」
右近は偶にでる俺の現代言葉を覚えていて器用に使うのだ。なんでかは分からんけど、ちょっとむず痒い・・・、
「うむ。松島の絶景は古より聞こえておったようだ」
「まさに国府にふさわしき見事な景色で御座りますな」
空と青い海に浮かぶ緑の島々、白い雲の日の光、見事な風景だ。
しばらくそれに見入っていた。
「たい・・赤虎どの、無数の馬が来ます!」
と、警護していた生子からの警告だ。ちょっと噛んだが・・(^_^)
西から土煙を上げて馬群が真っ直ぐに駆けてくる。多賀城の方向だ。
皆に緊張が走る。
馬は十騎ほどか、だが乗っている者は緊張している様子は無い。武装さえしていないようだ。ん・・笑顔が見えるぞ。
「山下どの、お味方で御座る」
先頭の男の首筋から赤い布きれが見えている。山下一党の者である事を示す物だ。彼等は将兵と顔見知りでは無く、街中で接触する場合の為に符丁が必要なのだ。
一気に皆の緊張が消えた。
「殿・・ここでは赤虎様でしたな。そろそろお出でになる頃と思って馬を用意してお待ちしておりまいた」
「山下、ご苦労だな。そうか奥州は馬の産地だったな」
「はい、畿内よりは多くの馬を養っております。特に伊達の騎馬隊は武田騎馬隊に匹敵する威勢かと」
「そうか。とにかく助かったわ。馬が無いでは国人衆への使者もままならぬでな。清水代官どのも喜ぶであろう」
「それは何より」
「よし。代官殿を交えて其方の話を聞きたい。船に参ろうか」
「はっ」
「塩釜を領する留守家は、大崎と伊達との狭間で内部分裂しておりましたが、昨年伊達家の三男政景を養子に迎えて、一旦は治まりました。政景は伊達家の勢力を背景に黒川家との婚姻を計っておりますようで」
俺は新介と共に大和丸に戻って、十蔵らと忍び頭の山下の話を聞いていた。
「ほんま伊達のもんは婚姻外交が好きでんな。近親婚が蔓延する筈で。放っといたらこの辺りもすぐに伊達の血一色になりまんな」
「・・左様で御座ります」
「ほなら、まず黒川へ使者を出しまひょ。都から参った新多賀城代官の元にすぐに出頭せよと」
「良い案だ。ならば島野隊を出そう。大崎殿にもご同行願い、その後大崎殿は大崎領に送り申そうか・」
「さいでんな。大崎殿の倅殿が我らの事をどう考えるか、まあ期待しないでおきまひょか」
「留守家の内紛ですが伊達派は花淵・吉田・辺見が主で、それに対しているのが余目・村岡・佐藤などでした。この内紛の火種はまだ残っているようで御座る」
「・・・ほな、当主だけで無く家来衆にも出頭命を出しまひょ。具房殿、お願い致しまする」
「心得た。お任せあれ」
北畠具房殿は派遣隊に同行していた。その処遇を父親の先代・北畠具教殿に訪ねたところ「倅の気の済むようにお引き回し願いたし」という返事が来たのだ。
取りあえずは多賀城代官の右筆という立場だ。また、奥州派遣隊記も頼んである。これは半年程度で纏めて、帝や国元に送るつもりだ。おそらくは後世に残る貴重な歴史書になるだろう。
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