第300話・奥州派遣軍。
永禄十一年(1568)四月 大和多聞城
今年も多聞城の庭園の桜が見事に咲き、友を招いての花見の宴を開いた。
出席者は、
北村新介、清水十蔵、藤内宗正と俺と百合葉と木津寿三郎と有市六郎、相良利右衛門、十市遠勝も来て貰った。杉吉、保豊、新造、空蔵、龍神甚左衛門もいる。
楓とお滝らのくノ一衆が酌婦をしてくれている。
「今年もこうして桜を愛でながら皆と酒を酌み交わせる。ありがたい事だ」
「さいですね。ですが、しばらくは出来そうもないですがの」
「筆頭家老も奥州に行ますからな。そうそう桜の時期に帰るのは無理で御座ろうな」
「御家老、その奥州行きの人員はもう決まって御座るのか?」
「うん、ほぼ決まってま。ここにいてはる者では、わてと大将と新介と杉吉が行く。もっとも大将はいつもの様に大和に居てはる事にしておいて、赤虎重右衛門とか言う謎の武将が参加しま」
「左様ですか。しかし、畿内から大将・大隊長と筆頭家老が居なくなるとは大事ですな。守護所の運営で某がいざという時に頼りにするお三方ですが・・・」
「うむ、遠勝の言う事も分かるが、儂が居ないのはいつものことで百合葉に後を頼んであるので安心せよ。十蔵に代わって相良が多聞城に入り、藤内が石部拠点で全軍の指揮を取る。清興を佐和山に、栗栖は引き続いて梅谷に頼む」
「お方様に藤内殿に相楽殿ですか、それならば。佐和山に嶋殿とは・・・やはりそこが最重要拠点という訳ですか? 」
「ああ、佐和山が山中国のもっとも重要な防衛拠点だ。それは変わらぬ」
「他の者は?」
「それでんね。八十の枠に応募してきた者は二千。それを選ぶのには苦労しましたが。まあ将一人に兵十名と考えて八名選び、兵はそれぞれに十名選んで貰いました。堀内氏虎、松山右近、蒲生賢秀、島野市兵衛、生子義正、真柄直隆、明石掃部、新城定元の八名で」
「ふむ、各地から色々と参加していますな。それにしても強力な布陣です。武術馬鹿に特務隊、太郎太刀に近江と備前と橿原の雄と来ましたか・・・」
「まあ誰を選んでも山中の将、強力なのは間違いなしでっせ。しかし審査は大変でおました。特に氏虎は水軍大将の重要任務があるくせに、行くと言ってわてのいう事を聞きまへん。まるで駄々を捏ねる子供でんねん。ほんま、まいりましたわ・・・」
「氏虎は思い込みが激しいからな。右近といい、武術馬鹿どもは戦いの気配に敏感だわ。奴らの好物・生き甲斐だからな・ぐはっ・」
「「ははは」」
「忍び衆は山下一党二十五名を既に派遣してま。くノ一衆は相良殿の娘御・美咲が頭で同じ程いきます。『山中国は次代に任せる』という大将の意向を受けて、派遣する武将は概ね次代に譲った年長者で、忍び衆は若手が経験を積む傾向でんな」
「なるほど」
山下は元甲賀山中氏だ。俺に遠慮して山中から山下に名を変えた甲賀衆の筆頭格の当主だ。相良の娘・美咲はまだ十八だが、次代のくノ一頭と目されている娘だ。
畿内は若手の武将らが表に立って、裏では熟練の忍び衆が補佐する。奥州はその逆で若手の忍び衆が老練の武将を補佐するのだ。
さすが十蔵だ。良く考えている。
「それと、偶然領内御巡視に来ておられた北畠の御当主・具房様が手を上げられておりまする。大将、どないしたらよろし?」
「・・・具房様は武芸が不得手だと聞いておるが・・・儂から北畠殿に聞いてみる」
北畠家を継いだ北畠具房様は、見事な文字を書く達筆者だが、心情優しく大柄で肥満、そのせいで馬にも乗れず体を動かすことが苦手で武芸が不得手と聞いておる。それに仮にも大名家の当主なのだ。
何故、奥州に生きたいのか・・・分からぬ。
「勇三郎様、四か月に一度戻って来る約束をお忘れなく」
「うむ。頭に入れて置くが、来られないときもあろう。時間があれば百合葉が来れば良い」
「わたくしが参っても宜しいので」
「良いぞ。いつでも参れ。船に乗って各地の拠点を見るのも勤めの内だからな」
「分かりました。そう致しまする。それに勇三郎様」
「ん・何だ?」
「陸奥で側室を置いても宜しいですよ。わたくしも三十を越えましたし、殿ほどの器量のお方が正室だけなんていけませぬ・」
えっ、いいの・・・
いや、百合葉さん目が光っているし・・・
側室で無くとも、いたすことは致すが、遊び女とかいるし・・・
でもね。奥州でも政略婚とか禁止するんだよね。近親婚だらけだから。
あっ・・・
政略婚で無ければ、いいのか。村娘とか側室にすれば、政略婚する大名家への牽制になるし・・・
家内の世話をしてくれる人が必要だし。
でもそれだと、単なる〇〇のはけ口だと思われるかも、それも嫌だな。当っているけど・・・
「考えておく・・・・・・」
「行きますからね。あたくし」
永禄十一年五月紀湊
「では行って参る」
「ご武運をお祈り申し上げています」
奥州派遣軍が旅立ちを迎えた。紀湊の岸壁には俺たちが乗りこんだ大和丸が停泊して湊には大勢の見送り人が並んでいる。
生まれたばかりの次郞を抱いた百合葉の顔に涙は無い。その隣には太郎と花鼓と手を繫いだ楓がいる。周囲にいる老臣共は皆笑顔だ。
「父上、おたっしゃで!!」
「ちちうえー」
と七つになった太郎と五つの花鼓の元気な声。
「太郎、妹と弟を頼むぞ」
「はい。まかせるのだ」
まあ、面倒見るのは弟と妹だけで良い。母は太郎の手に負えないからな。
新介と十蔵らもそれぞれ別れを告げている。他の兵士らも同じだ。十年も帰らない、或いは戦死して二度と帰れない者も必ずいるだろうからな。
杉吉は何処かをじっと見ている。そう言えば杉吉の家族の事は知らないな・・或いは見送る者が来ているのかと杉吉の視線の先を見たが、分からなかった。
永禄十一年 “戦国、真っただ中なり”
第六章・集結 終わり
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