第298話・元奥州探題。


 京都守護所 十市遠勝


 陸奥から元奥州探題・大崎義直殿が守護所を訪ねて来た。

 何やら国元の事についての相談があるらしい。


 陸奥の事を京都守護所に相談とは、はて・・・


「某、昨年倅・義隆に家督を譲り隠居の身で御座りまする。奥州の山間の小領地の事を都の守護所に相談するのは、場違いであるとは承知していまするが、老齢の身で長旅をして来た事に免じて聞いて頂きたい」


 場違いであるのをご承知ならば、まずは聞いてみるか。


「・・お聞きする故に申されよ」


「では、まずは我が大崎領を取り巻く情勢を申し上げる。北の西は我らと祖を同じくする最上の領で、親密な間柄であった。南は塩釜湊の留守と黒川で共に微妙な間柄で東と北は犬猿の仲の葛西が領しておりまする」


「・・うむ」


「この南奥州は節操も無く婚姻を繰り返す伊達家の勢力が急速に伸びてきており、伊達家は最上と結んで葛西とも同盟致して御座る。留守は去年・伊達の三男を養子に迎えると黒川の娘を室に迎えようとしておりまする。これで大崎は伊達に四周を取り囲まれ滅亡の時を待つばかりとなっておりまする」


「左様か・・・」


「この様な終末的状況のなか、幕府も無くなった今、大崎は頼るべきところが無く途方に暮れて御座った。そんな時に京都守護所の存在を知り、藁をも掴む思いで老体に鞭打って参った次第で御座りまする」


「・・・承った。京都守護所は都の守護を第一の目的にしておりますれば、大崎殿のご相談に残念ながらお応えできかねまする。ですが、念のために我が殿に伝えてみましょう。我が殿・山中は、帝から命じられた『防人の司』なれば、多賀城のある地域に関心を示するかも知れませぬから・・・」


「防人の司・・・それはどのような?」

「古に朝廷が築いた重要地を守護するお役目で御座る。既に太宰府・備中・鬼の城を守護して御座る」

「・・・何卒、お願い申しまする」




 大和多聞城・山中勇三郎


俺は京都守護所の十市遠勝から来た書簡を前に考えていた。

強かな遠勝でさえ判断に迷う面倒事が京都守護所で起きたのだ。


・・・多賀城か・・・


 それにしても何代にも渡って婚姻外交して来た奥州は、近親婚が氾濫している。先先代の伊達稙宗なんぞは何十人もの側室に星の数ほどの子供を作り周囲にばらまいたのだ。先代の晴宗もそれを踏襲している。奥州は親子兄弟が婚姻を繰り返している様な状況だ。

 隣国と婚姻して安心したいと言う気持ちは分からぬでは無いが、親子兄弟で争う世の中に有効な手段とは思えない。

現に伊達家は実の父子で争い、織田家だって実の兄弟で殺しあいをした。どの御家も家臣分裂で紛争が絶えない。特に奥州は古い態勢のまま腐ってゆく大木の洞のような状況だ。


 その気持ち悪さに佐竹も進出を諦めたのだ。上杉と北条が和睦して上杉の後ろ盾を失ったのもある。無論領界を接する伊達の血が佐竹にも入っている。


 何重にもだ・・・ったく、止めてよ。


 よし、決めた。多賀城を取って奥州の古い態勢を変える。


 だがその前に大坂だ。大普請中の大坂に南廻艦隊の津田船団が来ている筈だ。奥州・関東からの積荷の一部を紀港経由で大阪に運んで来ているのだ。

 実は十市の面倒事を運んで来たのも彼等だ。津田船団が陸奥大崎家の先代・大崎義直を運んで来たのだ。まあ旅客事業だからな。


 熊野屋の旅客代金は、陸奥・塩釜湊から大阪まで金二枚(約10万円)だ。この時代徒歩なら盗賊の跋扈する街道を二十日は歩かねばならぬ。馬でも十日ほどは危険な他国を通らねばならぬのだ。

ところが熊野屋の船なら何もせずに座っていれば三・四日で着く、それが金二枚なら激安ものだろう。



「照算、ご苦労だな」

「これは大将、次郞様、御誕生御目出度う御座ります」


「うん。儂もひと安心だ。ところで大崎の先代を運んで来たようだな」

「はい。やはり面倒事で?」


「うむ。それで陸奥国や大崎家・塩釜湊の周辺の事を聞きたいのだ」

「・・・分かりました。では大和丸でお話致しましょう」



 雑踏を離れて静かな環境の大和丸・貴賓室で照算の話を聞く。そう言えばここ最近は乗船していないな・・・


「奥州・陸奥国は南北百二十里を越える長大な国で御座る。北の三分の一を占める南部家、その南の国府のあった胆沢・平泉を擁する葛西家、奥州探題だった大崎家、塩釜湊の留守家、黒川、相馬、伊達、岩城、田村などの国人衆が割拠して越後上杉領と接する蘆名家が一番南に位置します。塩釜湊が奥州の半ばといった立地で御座る」


「うむ。あらためて聞くと、百二十里とは長大だな。熊野屋と取引があるのは、久慈湊の九戸家(南部家)、気仙沼港の葛西家、塩釜湊の留守家、常陸・那珂湊の佐竹家だったな」


「はい。塩釜湊以南には適当な湊が無く、国人衆も内陸部であるために交流はありませんでした。特に伊達家は婚姻と武力で急速に勢力を伸ばしてきて、今や塩釜湊もその勢力地で御座ります」


「伊達か・・・伊達当主と最上の姫との間に生まれた子供は幾つか?」

「伊達輝宗は正室との間に先年お子が生まれたと聞いておりますが・・・」


そうか。梵天丸(政宗)が生まれたのは去年か・・・

今の時点で既に奥州南部から半ばまで伊達家の勢力圏か、

なるほどな・・・

政宗が強大な力を持つはずだ。しかしあまりに大きな力を得れば、天下統一なんぞ馬鹿げた夢を見れば、国が疲弊するだけだ。


「・・・すでに東の葛西家が伊達と手を結んでおり、南の留守家が昨年伊達家からの養子を受け入れました。それが大崎殿の懸念であろうと推測しておりまする。この養子・留守政景殿は塩釜湊にも何かと介入してきて商いに支障が出ておりまする」


「そうか。伊達の纏わり付くような進出だな・・・」


「左様で御座る。しかし伊達家の何代にも渡って続く婚姻外交で、血筋で争うのが日常化で、それを嫌う家臣団の分裂が伊達家を含めて続発・混迷しておりまする・」


「うむ、山中も長じてはそうなるかも知れぬ。・・・少しは学ぶところがあるかもな」

「・・・」


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