第284話・守護所のお茶会。
永禄九年十月 京都守護所奥座敷
「皆様お集まりですな。都の普請も軌道に乗り治安も安定して来ておりますのは偏に皆様方のお勤めのお蔭で御座います。本日は一堂に会して各国の交流を深めて頂きたいと思いまする」
京都守護所主宰の奥座敷に車座となった各国の代表者の前で、進行役の挨拶からお茶会が開かれた。このお茶会は各国から都に派遣されてきた警護普請団間の交流を目的として定期開催されて、今日はその二回目の催しだ。
京都守護所の奥座敷とその庭に建てられた東屋で堺の茶人・今井宗久、津田宗及などがお茶を点ててもてなし、日頃は縁の薄い各国代表が気安く話し合える催しだ。朝廷や守護所の名代や文化人なども招かれ、この奥座敷や縁側・庭を散策しながらのんびりと交流を図る会だ。
「拙者、松永の家臣・奥田忠高と申す。丹波・赤井と播磨・小寺が隣国に攻め入りたいと申しておる。両家は松永と同盟関係に有り、守護所の趣旨に賛同して数十兵を派遣しておる。だが領国に紛争があれば京都守護所に参加が認められぬ。この点、如何したら良かろうか?」
丹波の赤井・波多野・別所・小寺は、家を代表する者は来ておらず寄親である松永家に兵を派遣しているのだ。奥田は松永家の重臣だ。
「赤井の相手は一色家、小寺は赤松家ですな」
と楠木家の橘兵衛門が奥田の言葉を捕捉する。
「左様で御座る。一色・赤松両家共に瓦解寸前、真に危うい状態だと聞いている」
「播磨の西の但馬には、因幡・武田が攻略を掛けておる。この因幡武田家は山中殿と懇意と聞いている。播磨但馬の動向を山中家はどう考えておられるか?」
と、備中・三村家の上野降徳が山中家に話を振った。
「いまだ戦国の世なれば、近隣を切り取ろうとする動きを山中国は否定出来ませぬ。だが畿内にほど近い播磨但馬の不安定な状況が早急に解決してくれればと思っており申す」
と京都守護所所長で山中家代表の十市遠勝が言う。無論当主山中勇三郎の考え方を良く理解した上での発言だ。
「つまり山中国は、赤井と小寺の動きを黙認すると」
「しかり」
「山中殿が黙認するのならば、毛利に異は御座らぬ」
「大友家も異は御座らぬ」
「上杉家もで御座る」
「北条も御座らぬ」
と毛利・大友・上杉・北条家の代表が賛意を示した。
守護所に賛同した各国の内で領国の規模では、この四家が筆頭である。無論、山中家と松永家は別格であるが。この四家が賛成した事に、直接利害関係に無い他国には敢えて鋏む異議は無かった。
こうして丹波赤井と播磨小寺の隣国への侵攻が京都守護所内で黙認された。
「さて、他に懸念などは御座らぬか」
と進行役の北畠家の藤方朝成が聞く。公家でもある北畠具教に、山中が仲介的な役割を願った結果だ。
「懸念では御座らぬが報告が御座る。飛騨・柴田国が越後に商い交流を求めて来た。これを上杉家は許可して相互に通行の自由を保障した」
と上杉家の代表、家老格の直江信綱だ。
「ほほう。飛騨で戦った織田方を許すとは、上杉家は太っ腹ですな」
「いや、今の柴田家はその織田家と敵対しております。それに飛騨と越中は切っても切れぬ立地で御座ってな」
「しかし、七尾湊を整備した上杉家は湊の収入だけで四十万石相当の実入りがあるとか。羨ましい限りで御座る」
と北条家の板部岡江雪斉。
「いやいや、関東の湊には紀伊熊野屋の店が御座る。それこそ越後にとっては羨望で御座るよ。熊野屋の商いは真に大きう御座るでな・」
「はい、それは肯定いたします。ところで北畠殿、伊勢と尾張の商いはどうなっていましょうか?」
「尾張・熱田湊は織田に代り甲斐武田が、常滑湊は松平改め徳川が商いに力を入れて御座います。津島湊はまだ織田方が頑張っておりまするが、船頭衆は良い条件を出した武田方に靡きつつあると聞いております」
「駿州で船頭不足に悩まされた武田家は、尾張ではいち早く手を打ったか・・・。ところで尾張での浅井殿の噂は色々と聞きますが、実際はどうなって御座るのかのう?」
「・・これは火の粉があらぬ所から飛んできましたな。はい、お方様が織田家と手を切ると申されて難儀致しましたが、織田家との関係はそのままで御座る。今は援軍要請を受けて長島に兵を出して武田を牽制しておりまする」
と、浅井家宿老の赤尾清綱だ。この茶会のため各国の家老や宿老などの重鎮が多く出て来ている。赤尾もその一人だ。
お茶会は各国の情報を得られる良い場だと皆が認識していた。話の内容には軍事に内政・商いにと国を富ます貴重な情報が含まれている。それは即座に動かねば意味が無いものが多い。それ故に各国を代表して判断して動ける重臣が派遣されて来ているのだ。
「ふむ。では尾張には浅井・織田・武田・徳川が盤踞しておるか・・・」
「危うい情勢で御座るな・」
「左様・・・」
「十市殿、隣国・尾張のこの状況に山中国はどう考えておられるか?」
「山中国は無論尾張の情勢についても注視しておりますが、これと言って何も考えて御座らぬよ」
と、十市は皆のまえで隣国尾張に異心は無いと言い切った。
「左様で御座るか・・・」
「・・・」
数日後の小谷城
「殿。京都守護所のお茶会、無事に済ませて参りました」
「赤尾、ご苦労だったな。年寄りに走らせて済まぬ」
「何の事が御座いましょうか。船を使えば一日の移動で済み申す」
「うむ。して、お茶会はどうであったな?」
「はい。尾張の情勢に関しては皆様ご興味が御座いました」
「さもあらん。して他には?」
「飛騨柴田が越後と交流しているという報告が上杉家よりあり申した」
「ふむ。飛騨と越中は近いからの・」
「それに丹波赤井が一色家に、播磨小寺が赤松家に侵攻するようで御座る。松永殿が議題に出されておりました」
「その結果は?」
「それを戦国の世である故に、山中国は黙認すると。毛利・大友・上杉・北条もそれに異議無しと」
「つまり侵攻が認められたと・・・」
「左様です」
「殿、それは重要な事ですぞ」
「どう言う事か。半兵衛?」
「他国に侵攻する事を、守護所茶会に計られ認められたと言う事実で御座る」
「・・・分からぬ」
「ならば、認められなかったとしたらどうでしょう?」
「・侵攻を断念したか。しかし戦国の世である。他国の思惑など無視して強行するだろうな。食えるときに食わねば、次に食われるのはおのれだ」
「その場合、守護所はどう出ますかな」
「・・・意向を無視されたならば怒るな・」
「例えば侵攻される側を守る理由があればどうです?」
「怒りだけでは無く強硬手段に出るかも知れぬ・・・!」
「お分かりになられましたな。左様で御座る。山中・松永だけに限らず列強が連携して動く可能性が御座る。そうなれば、たちまち数十万の精兵が揃いまするな」
「なんと、守護所のお茶会にそんな意味が・・・」
「我らもお茶会には、十分に配慮すべきで御座る」
「無論だ」
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