第283話・徳川家康誕生!。


松平軍 本隊 松平家康


 三州街道に一千兵を置き広見城から追撃してくる前田隊を待ち受けさせた。さらに知多半島制圧に一千兵を南下させた。

三河湾東の渥美半島と対を為す西の知多半島は温暖で肥沃な土地だ。伊勢湾との堺でもあり、交易や漁業も盛んで何よりも常滑は銭を産む陶器の一大産地だ。知多半島の南半分でも手に入れれば松平は大きくなれる。


 本隊二千は北上して信長を追う。信長を討てれば織田の力は大きく落ち今後の松平の飛躍に繋がる。前線に信長がいる今が、信長を討つ千載一遇の機会だ。


「岩作城、大草城、兵がおりませぬ!」

「織田隊二千五百が西に、五百が小牧山城に向かった模様!」


「よし、小牧山だ。五百を追え。そこに信長がおる。信長を討つのだ!」

「「おおー」」


「半蔵、手の者を放ち信長を追わせよ!」

「畏まりました」


長年の従属同盟で溜まった鬱憤や一向宗信徒の敵である信長に対する憎しみで、松平兵の士気はかなり高かった。

また敵の情報を探る能力では、自領に近く服部半蔵配下の忍びの者が多い松平が際立っている。本隊に残る手の者全てに信長の足取りを追わせた。

ちなみに武田家も多数の忍び衆を抱えており、滝川家が抜けた織田はその点でも貧弱だった。



「信長隊の後尾が、前方の丘陵に見えまする!」

「駆けろ、信長本隊に追いつくのだ!」

「「おおおおおー」」


 矢田川を渡った先の丘陵地帯に逃げている織田隊の後尾が少し見えて隠れた。獲物を確認した兵は追いかける足に一段と力が入った。


「左前方、騎馬隊が見えます!」

「武田隊の騎馬隊です。織田隊の行く手に回り込む様です!」


 騎馬隊は丘陵の先に向かっている。丘陵の向こうは庄内川の渡しがある。小牧山城に戻るにはそこが最短の道だ、騎馬隊はそこを抑えようとしているようだ。織田隊はその動きが見えていただろうか?

 いや、庄内川さえ渡れば小牧山は近い。地の利がある信長は最短距離で小牧山城に向かうだろう。


「このまま小牧山城に向かえ!」

「北西へ。目指すは小牧山だ!」


 丘陵に入ってすぐ、織田隊が待ち構えていた。弓矢に石礫が猛烈に降ってきた。それも一時、左右から部隊が回り込むと織田隊は算を乱して逃げ散り或いは降伏した。だが信長はいない。真っ先に逃げたようだ。


「前方に織田隊が陣を敷いています。その数一千!」

「将は明智です。美濃の明智光秀」

「・・・そうか。これまでだな・」


 小牧山城は近い、これ以上の追撃は不利だ。と判断した松平家康は、軍を南下させて南部の制圧に向かう事にした。

すでに展開していた武田騎馬隊は西へ駆け去っており、岩崎城付近で別働隊が待ち受けていた織田・前田隊は、状況不利を悟って退散していた。


一旦庄内川まで渡ると川沿いに一里ほど下り、矢田川の畔にある古城跡に立った。

 そこはかっての守山城の趾で、家康の祖父松平清康終焉の地だ。軍を止め村の僧侶を呼んで供養をした。


(爺様、再び松平が軍を起こしてここに来ましたぞ。矢田川以南の尾張領は武田と松平の物になり申した。尾張と駿府に苦しめられた三河が豊かになるようにお力をお貸し下され・)


“我が孫の家康よ。松平家の祖は清和源氏嫡流の新田義重公である。我が新田庄の地名である世良田を名乗った由縁である。其方は同じく新田庄の得川郷から『徳川』と名乗るが良い”


(徳川・徳川家康か。良い名です。仰せに従い、今日からそれがしは徳川家康と名乗ることに致します。)






永禄九年七月 大和・多聞城


「ほう、那古野城以南を武田が取ったか」

「へえ。一千の騎馬隊であっという間ですわ。山中は武田に電光石火の異名を奪われましたな」


 織田の弱体に武田が素早く動いた。兵を集めて対峙した松平に圧力を掛けて味方に引き込むと一気に西進して今川が築いた那古野城と信長が子供時代を過ごした古渡城を落として庄内・矢田川以南の南尾張を押さえた。南尾張はこの二川で北尾張や西の海東郡・津島と隔てられた土地だ。

 武田に味方をして信長の首を狙った松平軍は、無数の忍びを放って執拗に追跡したがまんまと逃げられたようだ。

 信長君の逃げ足は天下一品。感も鋭く武士の矜持などの躊躇は一欠片も無く逃げる戦国ナンバーワンの逃げ足、とにかくめっぽう速いのだ。


「武田は馬の産地を持っておるからの。知多は松平が取ったか」

「さいでんな。常滑の商いは松平を潤し、熱田の商いは武田を強くしまんな。その分、織田は弱りま」


南尾張の那古野城・古渡城を取った武田は一代商業地の熱田を押さえてホクホクだろう。松平は瀬戸物の一大産地の常滑を得て伊勢湾に進出出来る。逆に信長君は虎の子の常滑と熱田の商業地域を取られては苦しいだろうな。


「で領国の境界は?」

「織田と武田の境界は矢田川と聞いてま。武田と松平の堺は駿河街道でんな。それに松平は徳川と名を改めたと」

「ふむ。徳川家康誕生か・」


「なんぞ、おましたか?」

「うん。一向一揆に苦しめられた織田と松平の命運がはっきりと分かれたと思ってな。殺略した織田は勢力を落として、飲み込んだ松平は大きくなった・」


 ちと十蔵を誤魔化したが、徳川家康の名は大きい。ここでその名前が出るとは思わなかったな・・・


「そうでんな。そこんところは、顕如はんも考えどころでんな」

「それよ」


 京都では守護所を中心として各国の兵が集り協調して復興している。それを極間近で見ている浄土真宗大坂本願寺。織田の大軍を加賀で撃退した本願寺といえども、周辺の国々が次々と寺の非武装化を進めて行く中では、さぞ居心地が悪かろう。帝から大僧正の位の取り消しをされないうちに何らかの手を打たねばならんだろうな。知らんけど・・・


宗教の非武装が京都守護所の基本方針であり、他の宗派がそれに従った今、浄土真宗は中央の動きから除外されることになる。



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