第276話・織田軍、一揆勢と対陣す。


 加賀鳥越城攻略陣地 織田軍 柴田勝家


鳥越城、この攻略は難しい、実に厳しい。

鳥越城を攻め始めて五日が無為に経った。まだ城内の何処にも綻びが見えぬ。周囲の殆どが絶壁。巧妙に作り上げられた虎口構造。籠もる兵も精強だ、火縄銃もそこそこ持っている。それに対岸の二曲城からは攻め手の様子が筒抜けになる。ご丁寧に夜襲も掛けてくる。


 こりゃどうにもならんだがゃ。既に二百ほどの負傷者が出ている・・・



「御屋形様、出陣されました!」

「うぬ・・・」


 御屋形様からは、とっとと攻め取れと矢のような催促だった。それが遂に辛抱が切れられたか。最近の御屋形様の様子は異常じゃ。このままでは儂も只で済まぬかも知れんな。血が凍る様な眼で、人とは思えぬ策も平気で命じられるからな。

 だがご自分は決して危ういところには出て来られぬ。いつも後方で大勢の兵に囲まれた陣におられる。家臣も信頼出来ぬと言う事だろう。心から人を信用せぬ猜疑深いお方じゃからな。

 御屋形様が先頭に立ったのは只一度、切羽詰まったあの桶狭間の折だけじゃ。


 信行様ならば、もっと血の通った戦の指揮をされたであろうに・・・

 いや過ぎたことを悔やんでも仕方がない。今は一刻も早くこの城を落とす事じゃ。



「御屋形様が出陣された以上、もはや一刻も猶予は無い。総攻めをせよ! 」


「総攻めだ。全軍突入!! 」

「「おおおおおー!!! 」」


 目前の狭い攻め口を大勢の兵が蟻の様に上って行く。そこに岩でも落とされたら大勢の怪我人がでるだろうが、もはや仕様の無いことだ。御屋形様は兵の被害よりも戦果を重要視なさるからの・・・


「大手門、突破しました!」

「後三の曲輪、突入!」


「・・・なんと」

 あっさりと大手門を抜いた?

 あれ程固かった守りはどうした、まさか総攻めの兵数に怖れて退いたのか?

 兎も角も、手柄じゃ。


「やったか。でかしたぞ!」


 この城の攻め手は南北しか無い。そのどちらとも突入に成功したのだ。あれ程難行していたのに・・・やれば出来るでは無いか。気迫か?


「三の曲輪、制圧!」

「二の曲輪、突入!」


  ・・・速すぎる。突入されたことを知れば、敵も必死で抗戦してくる筈なのに。火縄銃の音も響かぬでは無いか・・・


「本丸、突入!」


 暫くして、エイエイオーという勝ち鬨が上方から聞こえてきた。


「殿、どうやら制圧完了ですな」

「しかし・・・」


 義兄の佐久間盛次殿の言葉が現状を表わしている。鳥越城を攻略したのだ。だがどう言う事だ。まるで空城を取ったような手応えの無さだ。


「権六あっぱれじゃ。守兵五百を置き先発せよと御屋形様よりの伝令で御座る」


「中村宗教、五百兵でここを守れ!」

「はっ!」


「手取川を尾山御坊へ向かい進軍せよ!」

「「出陣!!」」



 残すのは負傷兵を中心とした兵だ。この城を守る間に怪我も癒えよう。重傷者は伴を付けて飛騨に運んだ。飛騨高山なれば薬師や医師もおる。

 鳥越城から船岡山までは二里、その日に船岡山城の丹羽隊と合流した。船岡城を落とした丹羽隊は、多数の兵を動員して攻城用の梯子作りに大わらわだ。


「柴田殿、敵は尾山御坊手前半里、犀川を背に高さ四間の砦を築いておってな、それを攻略する二間梯子を作って御座るのだ」

「高さ四間、柵で囲んだ曲輪とは、噂に聞く山中の拠点のような物かな?」


「まさしく。某もそう思った。恐らくは柵内から火縄と矢で攻撃して来る」

「それは厄介な・・」


 簡単に造れる山中式の曲輪は、多数の火縄銃と弓矢があればこそ高い防御力を発揮する。一揆衆にはそれがあるだろう。即ち攻める側からすれば、実に厄介なのだ。


「それなりに厄介だが、奴らは長島で火縄銃の殆どを失っている。逆に我らは三千に近い火縄銃に援護されての攻撃だ。そう苦労は無かろう」

「うむ、それもそうだが・・・」


 たしかに長島では一千丁もの敵の火縄を奪ったのだ。幾ら本願寺でもそれを補うほどの銭を持ってはおるまい。

 だとしたら弓か、例えば一千の弓に立ち向かうのは経験したことの無い戦ではある。火縄よりは大分ましだが、



「ところで柴田殿、鳥越城はどのような?」


「む、実は総攻撃を掛けると同時に敵が退いたのだ」

「・・ここも同じようなもので御座った。城兵が一斉に駆け下りて背後の山に消えよったのだ」

「なんと・・・」


 ということは上からの指示だったか。一揆勢は小競り合いを避け勢力を集中させて一気に決着をつけるつもりか。

 それは正攻法だな。むしろこちらとしては望むところだ。敵が倍だろうと負けはせぬ。

それならば人盾という残虐な策を使わなくとも良かろうに・・

今の御屋形様には言上しても無理だな・残虐な手を使うことに喜びを感じておられるご様子だ。このままでは御家安泰などとても考えられぬ・・・・・・


ともかく、きやつらとの戦では、背後や側面の山にも注意せねばならぬな・・・




 翌日我らと丹羽隊はゆっくりと周囲の状況を確かめながら進軍した。船岡山から尾山御坊は四里半、一日で移動出来る距離だ。尾山御坊手前に築かれた支城まで半里の位置小さな川の手前に布陣した。


 四間高さの支城、それから放射状に伸びる一間幅の竪堀。それに交差する空堀は五十町ごとに六本、二間幅もあって通過するのは困難だ。


 なるほど。

 それで丹羽隊は丈夫な二間長さの梯子を作っていたのだ。無論城に登るのが主目的だが、それを幾重にも重ねれば空堀を兵が渡れるのだ。


「空堀に梯子を掛けてみよ」

「はっ」


 一番手前、第六の竪堀に梯子を重ねて掛けた。二つ並べてその上に一つ重ねれば多少撓うものの兵が十分渡れる。我が隊に支給されたのは六十本だ。二十の橋が架けられる。空濠は五十町おき、十の橋を二つの空濠に架ければ百五十町の範囲に隊が展開出来る。


 もそっとあった方が良いな。梯子より材木の方が簡単だ。


「だれぞ一隊を率いて、濠に架ける材木を調達せよ」

「はっ、某が参ります!」

「某も!」


「うむ、山には敵が潜んでおろう。慎重に動けよ」

「「承知!」」


 念のために護衛の隊も幾つか出した。御屋形様が合流するのは二日後だ。まだ準備する時間はある。後続隊の分も準備しておかねばならぬ・・・


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