第275話・聖地で待ち受ける信徒達。


永禄九年五月 越前一乗谷 朝倉景健


「皆、良く来てくれた。領地に変わりは無いか」


「特に変わりは御座らぬが、相変わらず一向宗信徒らしき者らの通行が増えておりますな」

「左様で、加賀を目指して塩津街道から敦賀に入っておる様ですな」


北ノ庄城に控える軍大将魚住と府中の龍門寺城に入っておる河合だ。彼等の懸念、一向宗信徒の通行がここひと月ほど多くなっているのは皆が知っておる事だ。


「と言うことは、大坂石山から大和・近江と来ておるのか・・」

「左様で御座ろう。都周辺は京都守護所が寺の武装事を厳しく禁じたからのう」


 筆頭家老の景連殿は、今の朝倉家の重鎮だ。以前の朝倉滅亡の危機を踏まえて今の朝倉家は一大改革を実施して富国に努めて、大勢の者を出して各地の情勢も集めている。故に今では最年長の景連殿も山中国の事を良く諳んじている。


「しかし山中国を通るか・・」

 寺の武装放棄は元々山中国の行なってきた事だ。そこを武器を運ぶ一揆衆が通るというのは少々違和感がある。


「殿、商いを重んじる山中国の街道は、他国の者でも自由に通行出来まする。例え武装兵でも五十名以下ならば通行出来まする。いずれ都もそうなりましょうが、今は警備兵が大勢いて門徒どもも避けましょう」


・・そうであった。うむ、ど忘れしていたわ。それを見習って朝倉も一揆衆の通行を許したのだ。もっとも関銭はしっかり取るが。




「今日来て貰ったのは、織田家から加賀一向一揆を挟撃しようという申し出があったからだ。これを皆で考えて貰いたい」


 儂としては、長年争ってきた一揆勢を制圧するのに良い機会かも知れぬと思うておる。だが、危惧することが一つ二つあるのも事実だ。



朝倉景連:「宗滴公と共に一揆討伐に携わった某としては、挟撃は望むところで御座るが織田家は信用出来ませぬ」


河合吉統:「左様。織田は加賀制圧後には、必ず越前を狙いまするぞ」


「儂が思うにはそれまでに、加賀の半国ほど切り取っておれば織田と十分対抗出来よう」


河合吉統:「逆に殆どが織田に奪われるかも知れませぬぞ」


朝倉景連:「有り得るわ。織田は巧妙じゃ、朝倉は労多く実も無い戦を重ねさせられるかも知れぬ・・」


魚住景固:「お待ちあれ。今は将兵が半減していて、とても出陣出来る状態では御座らぬ。それに出陣すれば京都守護所の反感を買いまするぞ」


「守護所の反感か、それはまずいな・・・」


山中国と松永家が主導して京都守護所が出来た。都の復興と市中警備兵を各国に要請しているという報告を皆で検討した。その結果これに参加しなければ畿内に近い朝倉の未来は無いという結論になった。それで無理に賛同の意向を示して認められて出兵したのだ。それで諸国の有力国と接触できるようになった事に安堵したところだった。


河合吉統:「たしかに拙う御座いますな・・」

朝倉景連:「そうなるか。ならばどう転んでも朝倉に利は無いのう」

魚住景固:「御座いませぬ。ここは国境を固める事で一揆勢への牽制と織田家への譲歩とすべきかと」


「相解った。我らは激減した軍で出兵の余地は無く国境を固める事で一揆勢を牽制すると織田家には答えよう。しかしここは一揆勢と織田、双方の力を削ぐべきだ。あまり牽制しすぎてはならぬぞ」


魚住景固:「良きお考えかと」




加賀 尾山御坊 下間頼総


「出来ましたな。頼総殿」

「ああ。途方も無い普請じゃったが、出来たな」

「これで長島の同胞の仇が討てまする」

「そうなれば良いがのう」


 織田軍が飛騨から加賀に向かっていると分かり蓮如様の命で大坂石山より闘える者の殆どを連れて加賀に入った。加賀・尾山御坊は石山本願寺に負けぬ鉄壁の守りがある本拠地だ。例え織田の大軍といえどもそう簡単には落ちぬ。


ところが尾張長島で織田軍と戦った生き残りの下間仲孝殿は「籠もるだけでは織田軍には勝てぬ」と言う。

 瀕死の状態で帰還した仲孝殿。布で覆われ塗薬の匂いに包まれた体は、遠征に耐えられる状態では無い筈だが、『人の敵である悪魔を倒す』という執念で加賀入りして来た。


 長島の戦いは織田軍が取った『人盾』という残虐な策で、二万もの一揆衆が一方的に殺略されて終わった。それに味をしめた信長は加賀でも『人盾』を使うだろう。


それを潰すために仲孝殿の考えだした策は恐るべきものだった。直ぐさま周辺の一揆衆を総動員しての普請を始めた。途轍もない規模の普請だったが、織田軍の残虐さを知る民が昼夜突貫で必死に働き想像以上の速さで築き上げたのだ。


築いたのは尾山御坊の支城といえる砦で、周囲に放射状に竪堀を回して、半町(50m)ごとにそれに交差する空濠を回した。竪濠の幅一間・長さは五町(550m)、ぐるっと周囲を巡る空濠は六本という大普請だった。

掘った土を盛り上げた曲輪は、四間(8m)高さに一町四方、柵を回しただけの単純な構造だ。


敵の横移動を防ぐ竪堀は交差する空濠で一旦埋めている、堀底からの敵の侵入を防ぐためだ。だがその内側に巧妙な仕掛けを施している。それがこの策の要だ。




「織田軍本隊が瀬戸城を出ました!」

「うむ」


 遂に来たか。瀬戸城に留まっていた信長と兵五千、そこに飛騨高山からの後続隊五千、合わせて一万兵だ。後続隊には荷駄隊も同行していて、荷は武具兵糧の他に楯車も積んでいるのが判明しておる。

そして加賀平野で乱取りして連れ去られた老人や女が瀬戸城に残されているらしい。働き手の男衆は飛騨の鉱山に送られた。つまり残された者らは人盾だ。尾張長島で起こった悪夢のような惨劇がまた繰り返されようとしている。



「手取川流域の砦の攻防はどうなっておる?」

「鳥越城を柴田勝家隊五千と、船岡山城は丹羽長秀隊の内・二千と交戦中ですがどちらもまだ持ち堪えております!」


 鳥越城は白山麓山内衆の精鋭・鈴木出羽守一千。船岡山城は若林長門の守三百が守っているが、大きな兵力差のうえに防御の低い船岡山城は厳しいだろうな。入念に整備した鳥越城は、敵五千兵ならばもう少し持とう。だが、砦の一つ二つが防戦できても大きな意味は無い。


「こちらの準備は整った、予定通り動けと鈴木と若林に伝えよ!」

「はっ!」


 人の世に禍をもたらす悪魔め、とっとと来い。

加賀の聖地で長島の同胞の仇を取ってやる!!


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