第265話・海賊の誘き寄せ。
百合葉と丸目が棒を持って向かい合うと、自然と皆が稽古を止めて見学する姿勢に入った。
構えた百合葉は迷い無く真っ向に打ち込む。それを丸目は最小限の動きで躱す。やはり丸目の力量が上回っているようだが余裕は無い。
それを契機に激しい攻防が続いて両者が離れた。
「やはりわたくしの及ぶところでは御座いませぬ。稽古ありがとうございました」
「いやお待ち下され。奥方様は薙刀が得手だと聞いております。薙刀での稽古を願えませぬか」
頷いた百合葉が稽古薙刀を構え再び対峙する。
正眼に構えてジリジリと回る丸目に対して、百合葉は動かぬ。さらに回り右手側面に達した丸目は飛び込込もうとして止まった。
丸目の目の前に薙刀があった。右手一本で薙刀を廻して丸目の目前で止めた。その時には既に体も向きを変えていて、まるで最初から動いていないが如くに正対している。
殆どの者が見え無いほどの動きだ。
目の前の薙刀を押さえようとすると、瞬時に足を狙って振り抜かれた。それを棒で受けて凌ぐ丸目の顔は驚きの表情だ。下がって躱せる速さでは無いのだ。
上に下にと目に止まらない速さの薙刀連撃を丸目が受ける。
一旦引き今度は丸目が猛然と打ち込む。百合葉がそれを丁寧に受けること暫し、両者が引いて距離を取った。
「良く分かり申した。到底、某の及ぶところでは御座りませぬ」
と丸目が礼をして稽古を終えた。
やれやれ無事終わったか。
しかし百合葉が手加減しているの感じ取った丸目は、やはりなかなかの者だな。あと数年修業すると見違えるほど手が上がるだろう。まだ二十代の若さだからな。
南八代海・長島周辺 愛州宗通
八代海の南端にある長島の浦々を熊野丸で巡りながら小商いをしている。太田丸は天草島の東海岸で、秋津丸は八代海北の牧島周辺と地域を三つに分けて回っている。
浦々には海賊に荒らされた集落が目に付く。その無残な光景に賊に対する怒りが改めて湧いている。
海賊に荒らされた集落ではまともな商いは出来ぬが、船から兵糧を降ろして魚介と交換する。その程度でも住民には喜ばれるので続けている。貧しそうな者には只で米を与えたりもしている。
山中の船はたっぷりと兵糧や金銀を積んでいると思わせるのには役立っていると思えば良いのだ。殿もそういう指示を出されている。
我らを監視する目を感じたのは三日目からだ。この辺りは大小様々な島々が複雑に存在して、賊が隠れる入江には事欠かないのだ。
感じてはいるが何処にいるかまでは分からぬ。奴らから出て来るまで待つ必要がある。
百名いる水夫のうち、船上に姿を出すのは四分の一。二刻ごとの交代であとは船室に潜んでいる。
夜は灯りを点した小舟を流して敵を近づけないようにして厳重に監視している。小早に大砲を積んだ阿呆船が来るかも知れないからだ。
「監視の目がきつくなった、いよいよ賊が攻めてくるという事だ。油断するなよ」
「「ほいっ」」
「お頭、敵はどう来ます?」
「船長と呼べ。賊は我らの荷を奪うのが目的だ。沈めたり燃やしたりするのは愚策で、いきなり突進して乗り込んでくる手かな」
「小早で注意を惹き付けて、島影から関船が体当たりして乗り込む。ですかな」
「それが理想だな。我らも敵船を無傷で奪いたいからな。だが敵にも大砲があるのだ、砲撃すべき時はする。奪うのは小早だけでも構わぬからな」
「承知しやした」
「今一度、確認するぞ。
無砲の小早は接近するまで無視して良い。接近して来た時に賊だけ射て落とす。
阿呆船は見つけ次第沈めよ。方向によっては八連砲が有効だが、近くに大砲を撃つだけで引っ繰り返る。
関船が大砲を撃とうとしたら先制攻撃をする。
接舷して賊が乗り込んで来た時は、それを一掃後こちらから乗り込んで乗っ取る。砲手方の半分はその準備でおれ」
「「承知!」」
「へっへ、お頭わくわくしやすね」
「船長と呼べ。儂はもう熊野の海賊では無いのだ」
「わかってま」
次の日・未明
「前方数隻の小早が来やす!」
「総員、静かに戦闘準備せよ」
船は無人島の入江に停泊していた。島を左に船首を西に向けて姿勢だ。前後と右側には無数の島々が浮かび、どの方角から賊が現われてもおかしくない地形だ。
「帆方準備良し」
「乗っ取り組、準備良し」
「船首、八連砲準備良し」
「砲方待機終了」
「前方三町、小早三隻、阿呆船は見当たりません」
うむ、こたびは大砲を積んだ小早は無いのか・・・
「右手斜め前から、小早一隻が猛然と迫ってきます!」
「砲を積んでいます。右斜めの小早は阿呆船です!」
「距離は?」
「前方二町半、右斜め三町!」
「八連砲、阿呆船を撃て!」
船首からダッダッダッと迫力がある射撃音がした。
「命中、阿呆船バラバラになって沈みます」
やったか。殿が考え作った八連砲の威力はやはり恐ろしいものだ。大砲の威力に匹敵するのに一人で扱えて瞬時に連発できるのだからな・・・
今回の船団には、熊野丸の前後に一丁ずつ、大和丸には二丁ずつ装備して来た。前方から舷側まで狙える台座が付けられている。
八連銃は山中水軍の秘中の秘だ。
「右から関船来やす!」
「右舷、砲撃準備」
「砲撃準備良し」
「前方小早一町を切りました!」
「攻撃しろ」
弦音と共に幾重もの矢が敵の小早を襲う、それを防いだ楯は忽ち針鼠となるが、八連銃があっさりと楯を打ち砕く。
はっきり言って敵の攻撃の目玉である阿呆船が沈んだ時点で敵の襲撃は失敗だ。あとは関船を捕獲出来るかどうかだ。
「小早の敵、一掃しました!」
「帆を上げろ。敵の突進を躱し接舷するのだ!」
「帆を上げ!」
「残り一町!」
「面舵いっぱいだ」
「おもぉぉかぁじ、いっぱい!」
ゆるゆると船が動き出し、そうはさせじと敵が覆い被さるように舵を切ってくる。このまま衝突されるかという時に、帆が風を掴みくいっと船が動いた。
動いたすぐに舵が切られて大きく左に傾く。その脇を関船が突っ込んで来る。
擦るような衝撃が船に伝わる。関船と接舷したのだ。辛くも衝突は避けられたようだ。
「帆を下げて、敵襲に備えろ!」
「船を奪え!」「行ったらんかい!」「ひゃっほー」
歓声と共に三十ほどの敵が飛び移って来た。銃声と矢が放たれ殆どが海に落ちた。
「行け!!」
と、乗っ取り組が逆に関船に飛び移る。敵船から聞こえていた剣戟と二連短銃の音はすぐに止んだ。
「関船押さえました!」
「小早も回収しろ。船を点検して佐敷湊に戻る」
「合点だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます