第264話・剣客登場!
永禄九年四月 肥後佐敷湊
ここ佐敷湊に来て三日経った。
その間、熊野丸一隻を桟敷につないで一日二刻ほど商いをしている。鍬・鍬・畚などの道具や槍・刀・陣笠などの安価な武器、それに山中銭を展示して両替も行なっている。
どれも少しは売れているようだ。だが、此度は商いよりも山中の船は裕福な宝船だと見せかける事が目的だ。それ故に売れる工夫などは特にしていない。
熊野丸は乗員を少なくして商品を積んだ船だと思わせるために、乗員の半数を大和丸に移した。さらに姿を見せるのはその内の半数に留めている。
賊が襲いやすいようには色々と工夫しているわけだ。
湊の端で待機している大和丸ともう一隻は、あまりすることが無い。交代で船の前で稽古をしたり、山に駆け上がり山中で集団調練をしたりしている。火縄銃や大砲の調練も禁じているので静かなものだ。
付近の農作業や土木作業を手伝う者、食材調達に出る者やのんびりと釣りをする者もいて、成果は賄い方に渡され食卓に上がる。
百合葉は十名ほどの華隊を引き連れて城下町見学に毎日出ている。他の華隊も十名ほどで町を散策している。もっぱら関心は食べ物や装飾品らしい。まあいつの世も女子の興味は変わらないと言うことだが、華隊の者は男子以上に武具にも興味があるんだけど。
俺はもっぱら甲板での稽古か杉吉らと一緒に山中を駆け体が鈍らないように努めている。警備・特に夜間は厳しくしてあるが、交代で勤めているし、大勢いるから間の時間が長い。皆、何となく遊びに来たみたいな感じなのだ。
まあ、たまには良いか。温泉があるともっと良いのだけどな・・・
「大将、どうやら相良公がみえたようですぜ」
俺と杉吉は、大和丸甲板で兵らが稽古している様子を船首甲板で見ていた。
杉吉の言葉で視線を移すと、湊にいる熊野丸の前で商い営業中の様子を、深水家老らが見学している。
深水殿が案内しているのは、警護が付いた身分が高そうな武士、おそらく国主の相良義頼どのだろう。
そしてこちらに向かって来るのは、大和丸前の陸地で行なわれている兵たちの稽古が目に付いたのだろう。
若いな、まだ二十代そこそこだろう。深水家老は三十そこそこだ、俺はとうに四十の坂を越えた。
などと黄昏れていると、ふと相良公らしきお方がこちらを見上げてきた。
あっちゃー、見つかったか・・・
「九鬼殿、居られるか?」
と深水の大声が聞こえた。
あいつは、なりは細いのに声はデカイ。まあ、この時代の将は戦場で馬鹿声が出せないと務まらないからな。
山中一の武闘馬鹿の氏虎は、山中国一声がデカイ・・と思う。松山右近もデカイし、真柄兄弟に到ってはその大きな身体から出されるでか声に普通の者は体が硬直するだろう。
「おお居るぞ。深水殿!」
「我が殿が、奥方様にご挨拶に伺いたいと申されて居る!」
「畏まった。おいでなされい!」
・・・ったく、間は一町(110m)以上もある。
よくこんな距離で普通に会話するな・・・
大和丸甲板では斥候隊や華隊ら百名ほどいて、その半数が思い思いに稽古をしている。
案内されて舷側に掛けられた階段を上がってきた相良家一行は、それを立ち止まって見ている。春宗や百合葉は稽古を止めなかったのだ。
「ひとり手練れがおりますな・・・」
「うむ。相当出来るな。氏虎より上か・・・」
「某では太刀打ち出来ませぬ。清興と同じくらいですかな・」
武術に通じているものが多い山中兵の中でも、清興は真柄直隆と比肩する格上の腕前だ。
ただし新介と藤内宗正、結城どの胤栄どのは別格。
少し弱いが無敵クラスが氏虎や右近などの武術馬鹿ども、それに近い達者な者は数え切れないほどいる。
そこで清興と匹敵するとは並の者では無いと言うことだ。歴史に名を残す剣客である事は間違い無い。
この船で尋常に打ち合える者は・・・
百合葉ぐらいだな。
いや、強いわ。うちの女房!
まあ太刀なら負けるだろうが、薙刀ならば圧倒すると思うな。
無論。集団戦闘ならば、どの小隊でも圧倒できる。個人の腕前と集団戦闘は違うからな。彼が所属する同数の隊なら、華隊でも瞬時に討てる筈・・・だ。
「わたくしが山中百合葉でございます。相良様、ようこそ大和丸へ」
稽古着姿の百合葉が進み出て、優雅な礼をした。それを受けた一行は、暫く無言で固まっていた。
「奥方様は敢えて稽古を止めなかった結果ですな・」
「うん、女衆の稽古は柳生の高弟並だからな」
回りに普通にいる達人に鍛えられた彼女らの気迫と動きは予想外の筈だ。百合葉はそれを敢えて見せて、相手の心の意図を微妙に逸らして有利に進める。それが自然と出来る絶妙の感覚を持っている。
「そ・某、相良義頼で御座る。賊征伐に御助力頂き忝う御座る」
「山中は商いの守護者です。商船を襲う海賊は放置出来ませぬ」
「実は某、家督を継いだばかりの若輩者で世間をよう知りませぬ。この様な見目麗しい女衆の激しい稽古を目にして思わず動揺致した。丸目、其方はこの様な稽古を知っておるのか?」
「いえ。某、女衆の稽古風景は何度も目にしておりまするが、この様に熟練した女衆の稽古を見るのも、奥方様ほどの達人にもお目に掛かった事は御座りませぬ」
タイ舍流の丸目か!
なるほど。丸目は北畠具教殿とも知見ある、柳生殿と同じく上泉秀綱殿の門人だ。修業を終えて国元に帰っていたのか。
「奥方様、この者・我が家臣で剣聖上泉秀綱様に学んだ丸目長恵と申す達人で御座る。ひとつ稽古をつけてやって貰えませぬか」
「達人などとは面映ゆいで御座る。ですが剣の道を志す者として是非一手の御指南を」
「丸目殿は妾では及ばぬ腕前ですが、是非にとお望みとあらば稽古致しましょう」
「面白うなりましたな・・」
「う・・む」
実は内心、ちょっと不安だ。本来の稽古であるならば良いが、若い丸目殿が面目を保とうと思い詰めた行動に出ないとも限らぬからな・・・
「我らも降りよう」
傍にいれば咄嗟の時に止められるかも知れぬと思って、そっと甲板に降りる事にした。
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