第266話・倭寇の片割れ。


 愛洲丸が戻って来たのは五日目だった。

 海賊およそ七十名を成敗して関船と小早三隻を曳航して来た。その海戦で熊野丸の右舷が損傷していたが、幸いな事に航走するのには問題は無い。

水夫も十名程が怪我して、そのうちの三名が刀傷を受けていたが、あとの者は擦り傷など軽傷だった。ただ華隊に手当てして貰えると知った全員が医療室に並んだのは愛嬌だ。


 海賊から押収した関船には捕えられていた者が五名いた。いずれも若い男女で売るために捕えられたのだろう。彼等の身柄は深水殿に託した。賊は薩摩言葉で話していたという事の他には何も分からないと言う。


相良領に面する八代の海を荒らす海賊は薩摩の手の者だ。村々を襲い奪った物や人で南蛮船から軍備(大砲)を購ったと推測している。薩摩にとって、紛争中の相良領が疲弊するのは一石二鳥だからな。




「金貨・銀貨が沢山あることをさりげなく示すのだぞ」

「はっ。畏まりました」


愛洲丸と入れ替わりに、土山丸と横瀬丸を八代湊に行かせた。そこにいる扶養丸らと共に、島原半島南の須川湊へ行って貰うためだ。

有馬氏本城の日野江城に近い須川湊で、「山中の宝船」の噂を広めるのが目的だ。有馬領には王順の手の者がいると分かっているのだ。



「大将、王順らは釣れますかな?」

「まだ何ともいえぬな。あとは空蔵らに任せるしか無いな」


 薩摩の海賊とは別に、天草灘から五島列島の間で海賊行為を繰り返しているのは王順を頭とする海賊衆だ。今回の廻船の主な目的は彼等の成敗だ。それ故に我らの船が宝船という最高の獲物であると擬態しているのだ。


 次の日の夕方には太田丸が戻って来た。こちらも薩摩海賊の襲撃があって、小早四隻を窃取してきた。白昼の戦闘だったようで、島影の至近距離から突出して来た海賊に砲撃せざるを得なかったようだ。

その結果、大和砲の一斉砲撃で関船はバラバラになり沈んだという。だが、敵船の至近での爆発によって熊野丸の舷側や帆にダメージを受けていた。応急的な修繕で間に合う損傷だったのが幸いだ。




「深水殿、お世話になりましたな。船の修繕が終わり次第出発致す」


「九鬼殿、賊成敗のうえに船まで戴けるとは、まことに恐縮で御座る。しかし北の海の海賊は強力だと聞いております」


「そうであろうとも、公の海を荒らす海賊は見逃せませぬ。山中国は商いによって成り立っておりますれば、商いを守護致す」


「・・左様で御座るか。ご武運を」




 翌々日早朝、

 戻って来た秋津丸が先導する四隻の船団は、佐敷湊を出立して弁天島を回り込む。無数の島々の間を抜けて、天草両島の狭い瀬戸に入った。そこを抜けたところが本渡湊、島原湾だ。

 天草島を大きく左に回り込んだ先の富岡湾に停泊する。ここから平戸島まで北北東に六十海里(約108k)、微風でも一日で行ける距離だ。


一刻ほど後に島原半島から扶養船団が合流した。早速旗艦に各船長を集めて軍議が開催された。



「皆ご苦労である。乱派衆の働きで王順一味が我々を襲う事は確実だ。一味の船は同等、大砲も石火矢・火縄の備えもあり、ヘタを打てば共倒れとなりかねぬ強敵だ。充分な軍議をつくすように」


 山中国は博多湊を通じて松浦氏と友好的な交流がある。それで王順らの勢力も分かっている。船十二隻におよそ二千人、うち戦闘員は約五百名、各船に火縄二十丁ほどに大砲十門、持ち運べる石火矢も数門あると言う。かなりの戦力だ、今までの海賊とは比較にならない規模と武装を持っている。

 ただ相手は我らの事を知らぬ、そこが付け目だ。そこで商船・熊野丸を護衛する大和丸だと思わせる偽装をしてきた。



「襲うのならば、まず大和丸を潰しに来るでしょうな」

「うむ。接近戦で大和丸に挑んで来ると思う。奴らの持つ大砲と石火矢は接近すれば効果的に使えるからな」


 大砲は初期の車付きの物で、有効射程は二町(220m)実質当るのは一町ぐらい。石火矢は青銅製の持ち運び出来る小口径の砲で、有効射程は一町ほどだという。


「だとしたら、我らの先頭を押さえて船団を止める。そこに主力が大和丸に突撃して来て、複数の船が接近戦で勝負をしてくると診ますな」


「儂もそうみた。ただ石火矢は移動出来るし、火縄も多く突撃しながら船首からも攻撃できる」


「まずは火を掛けると思います。帆を燃やせば動きが取れませぬ」


「横から突撃して来る敵は砲撃できる。もっとも船首から来るために的は小さいですが」


「我らは縦一列ならば全船から砲撃できまする」


「突撃してくるのを待つだけでは芸がない。ここは陣形を動かして敵の動揺を誘いましょうぞ」


「ほう。具体的には?」

「・・・・・・・・・・・・で御座る」

「なるほど。・・・・・・と言うのは如何か」

「うむ。それは良い・・・」


 軍議は白熱していて、色々な策がたてられている。餅は餅屋だ。海戦のことは水軍衆に任せよう。


 儂が考えなくてはならないのは、今後の事だ。海賊といっても彼等は女子供から老人まで乗せて船で暮らす海の民だ。残った者達、抵抗せぬ者らを殺略するのは憚られる。かといって海賊行為を許す訳にはいかぬしな・・・




王順らは、元・平戸の商人・王直の副官だった男だ。

王直は交易大商人であり倭寇と呼ばれる海賊でもあった。多いときには大船三十数隻と一万もの配下を抱えた彼は、平戸の松浦氏と組んで明から南蛮諸国と手広い商いをしていたが、永禄三年に明国で捕縛・処断された。


 その後を継いだのが李旦と王順だ。李旦は商人肌であり王順は海賊肌で、意見が合わずに組織は二つに割れた。平戸に商人として残った李旦、南下して大村・有馬領に移った王順は交易と海賊をも再開した。どちらも大勢の配下を抱えていて収入を得る必要があったのだ。


 当時、松浦氏が宣教師を追放して蘭国などの船が大村領に移った事が背景にあった。南蛮船に横瀬浦を解放した大村氏は今、寒村の長崎湊を整備中だ。そこに王順らの技術と武力が必要だったのだろう。

だが、王順らの今後の事を大村氏がどのように考えているか。湊が出来たら追放と言う事もあり得るからな。

 一番は自国の水軍として組み込むと言う方法が良かろうが、それは大村氏の器量次第と言う事になろうか・・・


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