第261話・日向国佐土原城。


東予海峡 山中水軍第四船団旗艦・大和丸 九鬼春宗


大将と奥方様を乗せた我が船団は、豊後臼杵城の大友宗麟を訪ねた後に伊予と九州の間の豊予海峡を南下している。

ここは山中水軍がまだ航行したことが無い海峡だ。今までは大洋から関門海峡に抜ける考えがなかった。

だがこうして風を受けて航走をしてみると、紀湊から島が多い瀬戸内を行くよりも障害物の無いこの航路を全帆で航走すれば時間的に近いのかも知れぬ。



並風で一刻、海峡を抜ければ、右手に真っ直ぐ見渡す限り真っ直ぐな日向の陸地が伸びている。その陸地と並行して穏やかな春風を受けて南下すること三刻。頭上の見張りが伸びやかな声を出した。


「前方五町、佐土原湊見えまーす」


「入港せよ」

「佐土原湊に入ります」


 先頭船が舵を切り後続が弧になって湊に向かう。佐土原湊は一瀬川の河口湊で、上流一里半に伊東氏本城の佐土原城がある。伊東氏は日向一円に四十幾つもの城を持つ大名家だ、その城下町は小京都と呼ばれるほど繁栄していると聞く。


もっとも本家本元の京は度重なる戦禍でかなり荒れている。畿内が平和になったで、京の復興もそろそろ考えると大将が言っている。


 湊に入ると見慣れた船が停泊していた。山中国で造船して伊東家に転売した熊野丸二号船だ。一号船は羽州・安東家、三号船は志布志の肝付家に移っている。

その船上の水夫が我らに気付いて手を振っている。伊東家はこの船で紀湊にも何度か来ていて、水夫同士で馴染みの者もいる。


「大将、佐土原に上陸致しまするか?」


「いや、今宵一夜のつもりだ。明日風があれば志布志湊に向かおう」

「承知致しました」


 だが家督を継いだ伊東虎裕殿には挨拶の者を出さねばならぬな。折角の機会だ、会って旧交を温めたいものだ。




 佐土原城 伊東義裕


「父上、湊に山中国の船団が入って来ましたぞ」

と報告を受けた虎裕が喜色を浮かべて申す。


「山中国の船団か・・・ならば、どなたか身分あるお方が乗っておられるかのう?」


「九鬼春宗殿が艦隊長の護衛船団で御座る。それとは別に、旗艦には大将旗が上がっておりますれば、相当なご身分のお方が乗船されておりましょう」


「ならば、是非我が城にお迎えしたい。使者を出して歓迎の準備をさせよ」

「畏まりました」



 武具などを仕入れに紀州・紀湊に行った事のある長子の虎裕から、山中国の恐るべし概要は聞いておる。


 領地は本国の大和・紀州・近江に飛び地として筑前・豊前・伊予・備前・淡路・若狭・佐渡・安房などにあり、合わせて二百万石を遥かに超えるらしい。

日の本一円と琉球・南蛮まで商船を動かして驚くべき富を得て、日々調練する十万もの強力な兵を給金で養っていると言う。

 しかもその全てがここ四・五年で出来上がったというのだからな。


何もかもが到底信じがたい話だ。


 とにかく山中国は、強大な国である事には間違いが無い。彼等から購った船一隻で、島津水軍を打ち破った事はまだ記憶に新しい。そのかわり船の代価も目が飛び出るほどだったが。



「父上、乗船されておられるのは、山中の奥方様で御座います。途中・豊後臼杵城に立ち寄って来たおっしゃっています」


「奥方様・・・臼杵城に・・・とにかく丁重にお招きしろ。くれぐれも失礼のないようにな」

「はっ」



「ところで奥方様とはどういうお方か?」


「元は南山城の木津城主でした。生来の武勇に恵まれ成人してからは近隣に敵無しの今巴御前と呼ばれ、侵攻して来た山中勢に一騎打ちを望み山中様に負けて妻になったとか」


「今時、そのようなことが・・・」


 一騎打ちなど源平の世の事、しかも一軍を率いる者同士でなど、あり得ぬ。


「お気持ちは分かります。これは兵たちが酒を飲んでの定番の昔話でありますが、どうやら実際にあった様で御座いまする。奥方様は軍を指揮しても無類の戦巧者で、各地を電光石火で攻略したと。

南紀田辺の由良や備前・宇喜多の首は、奥方様の薙刀の一振りで飛び上がったと。山中国の兵たちは、奥方様を女神様と呼んでとんでも無く慕っておりまする」


「・・・・・・まことか」


「はい、与太話のような話ですが真のようです。某が懇意にして頂いている水軍大将の堀内殿は「新宮の虎」と畏怖された猛者で御座るが、奥方様の薙刀には手も足も出ないと仰っておりました」


「なんとのう・・・・・・」


 おそらく化け物の様な体で鬼の様な顔をしているのだろう。会った時に挙動に出て失礼をせぬように、心づもりをしておかねばならぬな。


「山中御一行がいらっしゃいました」


「奥方様がお見えになったか?」

「はい。奥方様と護衛の女衆三名、船団長の九鬼春宗様がお見えです」


「護衛も女か・・・」

「父上、奥方様の旗本・華隊は女といえども一騎当千の者達です。備前宇喜多の旗本隊二百を五十の華隊で一蹴したと聞いております」


「二百の精兵を五十でか・」

 とんでもない事をまた聞いたわ・・・




「此度はお招きに応じて参りました。わたくしは山中勇三郎が妻。山中百合葉で御座います」

「某、山中水軍第四艦隊を率いる九鬼春宗で御座る」


「某、伊東義裕で御座る。ひとかたならぬご厚誼を頂き感謝しておりまする」

「初めてお目に掛かりまする。伊東虎裕で御座いまする」

「次男の伊東義益で御座りまする」


 奥方様を見て驚いた。すらりとした想像とは全く違う美しいお方だ。だが武威とも言うべき威圧感に隙の無い身ごなし、何よりも凜とした雰囲気は後光が射しているが如くだ。


 まさしく女神様だな。まいった・・・


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