第260話・豊後臼杵城。



永禄九年三月下旬 豊後臼杵城 大友宗麟


「御屋形様、山中の船団が来ました」


「来たか。どれ、見てみるか」


 山中国からの使者が伊予に来ているので、御挨拶に伺いたいとの連絡があった。おそらくは、朝廷の使者に要請されて筑前・豊前の領地を割譲した件だろう。

あの時は朝廷への対応でやむなく割譲したのだが、折を見て奪い返すつもりなので礼には及ばぬがのう。


まあ、来たいというならば来れば良いと返事をした。

我らの水軍の威容を見せて近頃畿内で目立っているという山中の鼻っ柱をへし折ってやるのも一興よ。大友家が誇る強者の戸次・臼杵・吉弘の三宿老を呼んで、湊には若林に命じて大友水軍の舟を並べさせた。


将軍家や朝廷の手前持ち上げてはいるが、たかが数年の歴史しか無い新興の家など我が大友家に比べれば単なる塵芥よ、ここで実力の違いを見せつけてやるわ。



 立ち上がって外を見ると東の海から白い帆を上げた船団が真っ直ぐに向かって来ている。ビシッと並んだ白い帆が青い海に映えておるわ。


「美しい・・・」

「・・想像以上の舟ですな」

「むぅ・・・」


 白い帆を何枚も重ねた美しい船、大きな船だ・・・

中でも中央の二隻は、一段と大きく美しい。あっという間に近づいてきた船団は、優雅に船体を傾けて白い弧となって目前に滑り込んできた。


 操船も見事だ。

 ふむ、噂通りの美しい船よな、大概の噂は誇張されるものだがな・・・甲板の下に並んだ砲門が大砲を積み込んだ武装船である事が分かる。

 あの小さい方の船・三隻で数十隻の長門水軍を壊滅させたという。


真かどうかは知らぬがの・・・


海に浮かぶ臼杵城からは、崖下に船を止める舟入が見える。


 船団の中から一隻の船が出て城の舟入に横付けされた。すぐに渡り板が架けられて兵が降りて来て並んだ。戦衣も武装も統一され一糸乱れぬ姿勢のいかにも精強な兵たちだ。


 それを見ている宿老達の目が厳しい。


「吉弘、あの者達は?」

「はっ。陸戦隊と申す者かと、船に慣れ水軍と共に展開出来る隊ですな」


 吉弘鑑理は豊後を担当しており、隣接する山中国のことを良く調べておる。山中国に関しては大友家で一番詳しい男だ。

続いて船から赤備えの兵が出て来た。・・・皆女性(にょしょう)だと・


「華隊ですな。山中国の女神と言われる奥方を守る隊で御座る」

「女神・・奥方だと・・」


「どうやら使者は山中の奥方様のようですな・」

「・どのような女子だ?」


「山中の奥方様は、今巴御前と言われる恐るべき武人で薙刀の達人で御座る。兵を指揮しても非凡で南紀の一部は奥方様が制圧したとか。

過日、備前宇喜多の旗本隊を華隊と共に壊滅させ、その際宇喜多直家の首を飛ばしたのが奥方様とか。また帝にも頼られ親しくお声を掛けられていると聞いて御座る」


「・・・なんと」

「・・・・・・」

「・・・」





「妾は山中勇三郎が妻。山中百合葉で御座います」


「某、山中水軍第四艦隊を率いる九鬼春宗で御座る」


「大友宗麟じゃ」


「拙者は大友家家老・戸次道雪」

「同じく臼杵鑑速」

「同じく吉弘鑑理で御座る」



「今まで機を逸して御挨拶が出来ませんでしたが、やっとそれが叶いました。殿もよしなにと申しておりまする」


 山中の奥方は、鋭い剣気をまとった凜々しく美しい女性だった。その気高さに気圧されるものを感じる。

 同行の女性兵が進上品を掲げて持って来て並べた。太刀三張り、槍三張り、布を掛けた三宝が九つだ。



「拝見しよう」


 槍・刀ともに質実剛健な作りだ。その中の一振りは唸るような出来映えの物であった。三宝に掛けられた布を捲ると眩しい光りが目を射た。

 山中硬貨だ。

豊前を割譲した事で山中国と国交が始まり、大友の商人も博多湊に入って両替出来る様になった。それより領内で急速に広まってきておるが、品薄で手に入り難い銭だ。



「南都刀匠の一品と同じく南都銭座で出来た手垢の付いていない山中硬貨で御座います」


「うむ、数々の一品、有難く頂いておく。ところで、この後はどうされるな?」


「この後は九州を一回りして平戸から博多湊に向かうつもりです」


「一回りだと、西海には海賊が多数出没すると聞いておるが・・・」


「海賊などが横行するのは、防人の司としては放っては置けませぬ」


「防人の司か・・・」


「はい。誰であれ商船を襲う者らは放置出来ませぬ」


「海賊は強力な武装を持っておると聞くが・・」


「ならば尚更です。山中国は商の守護者で御座います」


「・・・」





「道雪、どうみたな」

「礼物は貰いましたが、領地割譲にたいする礼の言葉はありませんでしたな」


「道雪殿、山中は領地を欲してはおらぬ様です。此度の伊予でも臣従せずに籠もった国人衆を放置しておるようで御座る」


「吉弘殿、取れる領地を取らぬとはどう言う事ですな?」

「面倒だ、と言われておると」

「面倒か・・・」


 面倒は面倒だが、領地だぞ。領地があれば家臣を食わして行ける。それなのにきちとした領地を持たぬ海賊は放っておかぬか、

山中という男は良く分からぬな。



「若林、大友水軍は彼等に対抗出来るか?」

「仰せとあらば戦いましょう。ですが船と武装に大きな差があり申す。敵に被害を与える事が出来るかどうかというところかと・・・」


「・・・我が水軍は、あの八隻相手でも勝てぬか」

「大砲十門を備えた船を十隻、火縄を各船五十丁備えれば互角でしょうか・・・」


「馬鹿な、いったいどれ程の銭が掛かると思うのか」

「銭だけでは御座らぬ。大砲・火縄に慣れた兵が一千は要りましょう」


「・・・なれば、彼奴らと平戸の海賊ではどうか?」

「山中水軍は八隻、李旦党は大船十数隻、さてどうなりますか」


「吉弘、奴らは第四艦隊と申したな。山中水軍の全容は分かるか?」

「定かでは御座らぬが、第五艦隊まであろうかと」


「ううむ、あれが五倍か・・・」

「左様です。その上に熊野の造船所では今も船を建造し続けて、大砲や火縄の開発も盛んだと、大砲は南蛮船が求めるほど良いと・・・」


「とんでもない噂だな」

「まさに」

「商の守護者か・・・」



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