第262話・伊東義裕の不安。


日向国佐土原城 伊東義裕


「突然の事で満足な物は用意できませなんだが、ご堪能下されますように」


「どれも美味しそうなもので御座います。遠慮なく頂きまする」


 さて、山中の奥方様は食事される姿も見惚れるほど見事だ。


「此度はどちらにおいでになりますか?」


「大隅・薩摩半島を回り平戸に向かうと聞いておりまする」


 聞いておりまする・だと。誰にだろうか?

 それよりもその海域は倭寇共が暴れ回っている海域だが・・・


「最近その海域は危険で、商船は近寄らぬと聞いておりますが・」


「我らは商船ではありませぬ。それに日の本を荒らす海賊などは放置出来ませぬ」


 ふむ。承知の上での予定ならば言う事は無いな。


「臼杵にはどんな御用で?」


「此度道後が山中領となりました。そこで筑前・豊前で以前より隣国の大友家に御挨拶を致しました」


「ん・・道後が山中領ですと?」


「父上、某も最前聞きましたが今月始めに、伊予の河野氏が山中国に国を譲られたと」


 えっ、まさか・・・。河野殿は後継も無く病が悪化していると聞いていたが、まさ領地ごと譲るとは・・・


「初耳で御座る。それで良く家臣が納得しましたな・・・」


「一部の家臣は納得出来ずに自領に引き籠もっておりまする」


ふむ、それで船で山中の強兵を送り込んだのか・・・その船がこうして九州に来ておると言うことは、もう伊予の制圧は済んだのか。いや、それにしても、ちと早すぎであろう?


「ならば、数日で領地に籠もって反抗する国人衆を制圧されましたか?」


「いいえ。放置しております。『四国にもう領地はいらぬ。自立するなり他家に移るなり好きにさせろ』と殿は仰せです」


 放置・・領地はいらぬ・・解らぬ。山中という男は何を考えているのだ。



「それにしても山中国は二百万石を優に超えているとか。山中殿はさぞご多忙で御座りましょうな」


 儂も日向の殆どを制圧して十五万石ほどだが、治政やらなんやら日々追われまくっているわ。本来ならば家督を継いだ虎裕や義益の仕事だが、今まで甘やかして育ってきた倅共に任すのは相当な不安がある。

それに強引に進めてきた国人衆にも不満があろう、儂の目の黒いうちは施政を見なくては・・・



「いいえ。殿は神出鬼没で妾も何処にいるのか分からぬ時が多う御座います」


 神出鬼没と・・とにかく領地が広大だから、何処に居られるか分からぬほどなのか?


「領内各地を飛びまわって治政をしておられるので? 」


「治政などの雑務は担当の家臣のする事。国主は大局を見るのが努めで、殿は常に十年・二十年先を見て動いておりまする」


「・・・」


 ・・・十年・二十年先か。

儂は日々の雑務に追われて一年先の事も慮る余裕は無い・・・

これが山中と儂の違いか・・・


「勿論さようで御座るが。殿は何より日の本のことを考えておられる様で御座るよ」


 日の本のこと・・?


「九鬼殿、それはどう言う事で御座るか?」

「はい。某以前は備前の差配を努めておりました。殿は備中を中立国として建たせ、某がその指導に当っており申した。

当時はその意味も解らずに必死に努めましたが、尼子毛利の強国に左右されていた備前・播磨の国がそれ以降は見るからに自在に動き始め、そのうちに落ち着くところに納まるのであろうか。それが殿の狙いではなかったかと今にしてやっと思い至りました。


「・・・」

 解らぬ。直接干渉せずに放置して、年月を掛けて地域の姿を成り行きに任せて変えるなど、某の様な小さき考えに固まった者では理解出来ぬ事だ。


「・・・此度の旅もその一貫で御座ろうか?」


「はい。私はそう思っております」


「ならば、ならば、山中様には十年・二十年先の九州の姿が見えておいでなのでしょうか?」


「当然です。でなければ数年で三百万石の山中国などという国が出来る筈がありませぬ」


 ・・・なんなんだ


奥方様の確信に満ちたとんでもない言い切りにも、九鬼殿はただ頷くばかりだ。領国は三百万石か・・・


「伊東殿、山中国の兵は三百石の弱小所帯だった頃より、誰一人その事を疑っている者はおりませぬ。実はそれが山中隊の強さの秘密だと某は思っておりまする」


「・・・・・・さ・左様か。某も一度山中殿にあって、是非、話を聞いてみたいものだ」


「ならば大和丸にお出でなされ」

「えっ・・・」


「殿は、明朝志布志湊に発つと言っていなさる」

「山中様が、今ここに・・・」


 頷く奥方様に、驚きが胸中に広がった。まさに神出鬼没のお方だ。まさか我が目と鼻の先の所におられるとは・・・なるほど三百万石の太守なれば、その在処を不用意に洩らせぬと言う事か。



「心配は無用です。大和多聞城にも国主がいて対外的な御用を努めておりますから」


「左様で御座いますか・・」


 その所帯なれば、複数の影武者がいて当然か。しかし奥方様の言い分では船におられるのが真の山中様と言う事であろうな。




「父上、山中様を追いかけられるならば某もお伴致しまする。如何為される?」

「う・・む」


 翌早朝、儂は湊を訪ねて山中様にお目に掛かる勇気が出ぬままいたずらに時を過ごして、山中船団出港の知らせを受けた。行く先は同盟国の志布志港と聞いている。


 実は山中様に会って話しを聞きたい。だが、それには大きな不安があるのだ。某一代で大きくなった伊東家は、かなり強引な手段も多用した故に暗い未来を予感する事も多いのだ。そういう事を聞かされるのはな。


 はっきり言って山中様の予測を知るのが怖いのだ。おそろしい・・・



「父上、時を過ごせば山中船団は我らの敵対する薩摩の海に出ましょう。それ故に此度は某だけで参ります。大隅で肝付殿と交友を計って参りまする」


「うむ。待て虎裕、儂も行く。義益、留守を頼む」


「畏まりました父上、山中様に存分にお話を伺って来て下され。兄上、父上を頼むまする」


「承知。義益、後を頼む」

「お任せあれ」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る