第255話・安芸国虎の決断。


永禄九年二月 土佐岡豊城・長宗我部元親


長年争ってきた本山の籠もる瓜生城を年末に降ろした。土佐で残るのは安芸国虎と一条兼定だけだ。東西にいるこの両氏を片付ければ念願の土佐統一が成る。


「者ども、安芸と一条を攻める策はあるか」

「はっ、ここはまず全軍で安芸を攻めるべし。多勢をもって海側と山側から安芸勢を挟撃すべきかと」


 果敢な攻撃をする福留親政は、戦術面でも信頼出来る男だ。安芸国虎が精々集めても五千、我らは常備兵三千に一領具足四千はすぐに集められる。


「しかし、安芸を攻めれば一条から援軍が出ましょうな」

「左様、逆に我らが挟撃される恐れがありますぞ」


「ふむ、久武と中内の言う事ももっともだ。鈴木、何か策は無いか?」


「はっ。河野が山中国に臣従したことで伊予の国人衆は動揺しております。一条はこの機を逃さず西園寺領に攻め込もうとしております。果たして安芸への援軍が間に合いましょうか?」


またの名を雑賀孫一という鈴木重秀は儂の軍師だ。激しい畿内での戦を経験して優れた火縄銃の腕を持つ雑賀一党を率いている。彼の情報や知識は長宗我部家躍進の要となった。


我らがここまで思わぬ速さで領地を拡げる事が出来たのは、雑賀一党のお蔭よ。何よりも欲が無いのが有難い。領地を離れた一党が纏って暮し、働けるのであらば地位は望まぬというのだ。

だが、それでは他の家臣への示しが付かぬ。故に今は某の軍師役として遇している。


「なるほど。それは一条も大そう忙しいだろうな」

「左様、安芸に援軍が来るのはだいぶ先になりますな・・・」


「それと伊予侵攻に危惧を持つ土居宗珊に、こちらから援軍を派遣しても宜しいかと・・」


「何、一条家にでは無くて、家老の土居に援軍を出すだと・・・」

「いえ。名目上は一条家への援軍で、行ってから土居家への援軍だと吹聴すれば宜しいかと」


「う・うむ、土居宗珊は一条家の重臣筆頭・一条家の真の要じゃ。長宗我部が土居家に援軍を出した。それを聞いた我が儘殿はどう思うであろうかのう」


「欺瞞・嫉妬・或いは謀反などと考え、荒れるであろうな・・・」


「・・・面白い。ならば一条家への援軍は、雑賀党に願えるか」

「承知致した。委細お任せ下され」


 安芸攻めだけならば雑賀党がいなくとも問題無い。だが土居家に援軍に入った雑賀党の働きを思うと愉快だな。



「殿、もう一つ考えが御座います」

「孫一、聞こう」


「・・・・・・・・・」で御座る。

「ふっふっふ、さすがは我が軍師じゃ。聞いたか皆の者、孫一の策で動く、手抜かりの無い様に準備せよ!」


「「「 はっ!! 」」」





 永禄九年二月末 安芸城 安芸国虎


「殿、一条様が伊予攻めを決められ、長宗我部から援軍が出るようで御座る」


 三月になって土佐には暖かな南風が吹き込んで春の訪れを感じていたときに飛び込んで来た知らせだ。

伊予の形ばかりの守護であった河野氏が、東予に拠点を持った山中国に臣従したのを知った伊予国人衆の動揺が広がっていると聞いたのは今年になってからだ。ならば伊予国と隣接する義兄上・兼定殿が触手を伸ばすのは当然の事だ。


「だが義兄上から我らに援軍依頼は無かったな・・・」

「某が考えまするに、安芸城から伊予は遠く兼定様も遠慮なされたので御座ろう」


「いや、殿。これは元親留守の岡豊城を攻めよとの一条様の示唆では無かろうか?」


 重臣・黒岩越前の考えだ。黒岩は長宗我部との前線を支えている安芸郡一の豪の者で、噂や情報に通じている。

 長宗我部の躍進を抑えたいのは兼定殿とて同じだ。土佐七雄の内、吉良・香宗我部を滅ぼし先年に本山を降ろした長宗我部は、二万貫もの領地を持ち石高では一条様を越えている。

 このままでは、一条様も安芸家も長宗我部に食われるかも知れぬからな。


「・・・・・・考えられるな。それに長宗我部の勢力を落とす絶好の機会だ。よし、密かに兵を集めよ。ありったけの兵だ。此度こそは岡豊城を落とすのだ!」

「はっ!」




 それから数日後。土佐・姫倉城


安芸城-岡豊城の中間に位置する姫倉城に密かに集った安芸国虎をはじめ安芸家の将らに、待ちわびていた報告が届いた。国虎らは掻き集めた兵六千を小隊に分けて周辺の山野に潜ましていた。


”申し上げます。一条軍五千が伊予に進軍、それに応じた長宗我部軍も岡豊城を発ち西に向かいました”


「長宗我部の編成は?」


”はっ。長宗我部元親自ら率いた精鋭三千と鈴木重秀率いる五百”


「ほう、常備兵全軍と雑賀党が出陣したか、岡豊城の守備兵は?」


“守備兵は増員した様子が無く通常と同じ二百ほど、守将は家老の福留親政”


「福留は守りに強い男だ。一領具足の兵どももおる、ここは一手講じよう。「一条家への援軍、安芸隊の通過を許可願いたし」と岡豊城へ使者を出せ」

「はっ」


「三千で軍列を整えて街道を堂々と西に向かう。残り三千は、小隊のまま半刻遅れて密か向かわせろ。民兵を集める前に撃破して、岡豊城に入城させないように工夫せよと伝えよ」

「はっ」


 岡豊城に兵を入れなければ落とすのは容易だ。民兵が集らないうちに各個撃破すればこちらの被害が少なくて済む。そののちじっくりと包囲して城を落とせば良いのだ。




 一刻ほど経ったか、姫倉城から岡豊城南の船岡山までは三里、船岡山から岡豊城は半里、もう半ば以上は来た。

通行許可を求めた岡豊城からはまだ何も言ってこぬ、怖れて逃げようとする民には「逃げる必要は無い、我らは一条様への援軍である」と伝えている。


 物部川を渡った。前方に並ぶ小山が見えている。左が船岡山だ、それを回り込めば、岡豊城までまで半里、真っ直ぐ街道が通じている。


「今少しそのまま進むのだ。駆けられるように、さりげなく身支度を直せと密かに兵に伝えよ」

「はっ」


 うむ、兵たちが行進しながら身支度を整える様子が窺える。ぬ・前方から物見が駆けてきたな・・・


「殿、岡豊城が兵を集めています!」


 む、気付かれたか。まあ良い、それも想定内だ。此所まで接近したのだ。最早岡豊城までは一里ちょい、半刻で着く。

その間に敵方に集められる兵は、近場の者だけ・・二千ほどだ。我らは六千。


 勝てる!


「別働隊に伝えよ。偽装を解いて全力で岡豊城に向かえと」

「承知!!」


「我らも駆けるぞ。時の勝負だ。民兵が集る前に岡豊城に駆け込む」

「はっ。全軍、駆けよ!!」

「「「おおおおおー」」」


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