第256話・長宗我部の戦い。


松山街道・土佐久方辺り


 安芸国虎は果敢で有りながら慎重な男だ。一条家の応援に出た我らの動向を確認するために、かなりの間見張らせている可能性がある。

そこで我らは松山街道・国分川を越えてもさらに西に進み、敵の物見に確実に伊予に向かうと思わせるまで行軍した。


「隊を停止せよ。此処らで良かろう。鈴木、後は頼んだぞ」

「お任せあれ」


 隊を止めたのは、岡豊城から二里ほどの離れた野原だ。灌木が生え茂り後方にいるであろう安芸方の物見からは見えない場所だ。

ここで伊予に向かう鈴木隊五百と分かれて姫倉城に放った物見の報告を待つ。



”安芸勢動きました。堂々と隊列を組んでこちらに向かって来ます。その数三千”


 ふむ、動いたか。周囲に兵を潜ませている気配は濃厚だったが三千もいたか。堂々と隊列とな・・・


”安芸隊は一条様の援兵と言って、岡豊城に通行許可を求める使者を出しました”


 それは擬態だ。一条家から安芸へ使者が出た様子は無い。間違い無く岡豊城攻撃の部隊だ。我らが岡豊城を出て此処ら辺りに来てから、やっと現われた軍勢がそれを示している。



「よし。城に戻るぞ。岡豊城を攻める安芸勢を背後から叩くのだ!」

「出立! 岡豊城に向かう!!」


 合図を待っていた兵が武具を鳴らしながら一斉に動く。来た時よりも兵の士気は上がっている。敵が食らいつくように敢えて守備兵を増やさなかったのだ。危ない賭けだが、一領具足の兵五百ほどはすぐに集る筈だ。



”安芸隊、物部川を越えたところで駆けておりまする!”


 どうやら、岡豊城を守る福留が民兵を集めているのに気付かれたようだ。

 

 ならば、

「我らも駆けるぞ。全力で城に戻る!」

「合点だ!!」


  たちまち勢いづいて駆け出す兵。しかし、その勢いはすぐに落ちた。先頭が止まったのだ。勢いのまま進んで来た兵が後方から追突して身動きがとれぬ。


なにが起こった?

慌てた物見が前方から駆けて来た。


「と、殿。川が、渡しが武装した者に止められております!」



「なに、敵の人数は」

「およそ五十、対岸にて弓矢にて牽制して渡れませぬ」

「むっ・・・」


 安芸方の別働隊か。五十といえども対岸の敵を制圧するには時間が掛かる。時間稼ぎ、それこそ敵の狙いだ。ここで躊躇していたら敵の思うつぼだ。


「桑名、荷駄と四百兵で対岸の敵を弓矢で牽制・制圧して渡れ」

「はっ」


「中内、久武は八百ずつを連れて、上流から迂回せよ」

「はっ」

「はっ」


 三隊がそれぞれの方向に向かって駆けて行く。

 国虎めは、やはりやりよるわ。儂の麾下に欲しい男である。それで話し合いの使者を出したが、細川京兆家の名跡がどうだかと言って断わりよった。


馬鹿な理由だ。そんな昔の事が何の役に立とうか・・・

そんなものが役に立つのならば、いまだ平氏が幅を効かせているわい・・・



「我らも進軍する。川を泳いでも渡るぞ。此度は一時も早く戻るのが勝負と思え!!」

「おおお!!!」


 川に向かって最短距離を進み、そのまま川を渡った。濡れてはならぬ物や荷駄は桑名の荷駄隊に託していた。春とは言えまだ川の水は冷たい、その冷たさが逆に闘志を掻き立てた。

 一里ほどを一気に駆け抜けると城攻めする安芸勢の背中が見えた。こちらに気付いて陣を組んでいる。城は・・・城門が破れかかって、応戦する兵も少ない。

 危うかったのだ。


「このまま突撃する。敵を打ち破れ!!」

「おおおお!!!」


 激突した。


 勢いで相当くい込んだが、跳ね返された。後退して纏ったところを包み込む様に襲って来た。凄まじい攻撃だ。


「耐えろ、先陣を入れ替えて耐えるのだ!!」

 兵を入替ながら敵の猛攻を凌ぐ。凌いだ先は我らのものなのだ。


「パン・パン・パン」という火縄の音がした。桑名率いる荷駄隊が到着したのだ。僅か八丁の火縄の音に敵が怯んだ。


「味方だ、中内殿・久武殿が来ているぞ!」

 敵に衝撃が走る。中内隊が側面に突っ込んで来たのだ。八百が民兵を加えて一千ほどに増えている。


「久武殿、交戦中!」

 中内隊より北寄りに進軍して来た久武隊は、敵別働隊と接敵して交戦している。あちらも一千を越える人数だ。


「民兵が合流してきます!」

「陣を組み直せ!」


 南から一領具足の兵が合流してきた。いち早く召集に応じたが安芸隊に阻まれて入城出来なかった民兵だ。五名・十名と合流して来て総数は五百超えている。桑名隊も加えて約二千兵。

対する安芸隊は、岡豊城を背後に別働隊を加えて三千を越えるが、彼等の側面には中内隊一千五百が布陣している。双方とも数百の被害が出ているが、我らの方が多数だ。


「城内の守兵は?」

「はっ、大手、搦手を塞いだ敵の別働隊により、民兵が城内に入れず、負傷者が多いようであります」


 それはまずいな。城外の勢力は拮抗している。安芸方は想像よりも多い兵を投入したようだ。今この時でも城への攻撃は続いているのだ。


「安芸勢を突破して城に駆け込む豪の者はおらぬか」

「兄上、某に」


「出来るか。親泰」

「お任せあれ」


「ならば兄上、某が血路を開きましょう」

「よし。まず全軍で突っ込む、次に吉良隊が敵にくい込み、香宗我部隊が突破して入城する。機を見て城門を開けと城内の福留に知らせよ」

「はっ」


「死ぬなよ、二人共」

「努めまする」


 うむ、寡黙だが頼りになる弟達だ。城内に兵が相当数入れば我らの勝ちなのだ。前後から攻められる安芸勢は瓦解するしか無い。だから戦いは相当に激しいものとなろう。


「隊を改めよ!」

「完了しました!」


「敵は死に物狂いで来る。我らも狂うのだ。敵を血祭りに上げろ、突撃!!」

「「「オオオオォォォォーーーー」」」

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