第246話・難攻不落の城。


永禄八年十月 能登七尾城下 上杉景虎


「宇佐美、七尾城は大きいのう・・・」

「左様で御座いますな。春日山城に匹敵しますな・・・」


 先月に五千の軍を発して越中で四千を加えて、三つに分かれて能登に進軍して来た。途中の諸城を落として全て破却、降伏して来た国人衆を加えて一万二千で北上して来て、八千で七尾城を囲んでいる。残りの三千は柿崎が椎名と神保を指揮して半島の先まで向かっている。


 七尾城は城下の総構え・侍屋敷から支尾根に作られた無数の城塞群から山頂の大規模郭まで周辺一帯を含めた巨大な山城だ。

七尾城の籠城兵はおよそ三千兵だ。それを長続連、遊佐続光、温井景隆、三宅長盛らが率いている。

 だが、三千では総構えはおろか支尾根の城塞群までは兵を入れられぬ。籠城兵は大手口・蹴落口・古府谷口以降の山にはいり、総構えの無数の屋敷は我が軍が入っている。

 広大な屋敷群は一万兵も余裕で収容出来る。これから寒くなる時期であり非常に助かると言う訳だ。


「しかし、家臣団の関係は山頂の縄張りに現われている」

「左様、それが居館を兼ねた詰め城の弱点ですな」


 山頂の郭は独立性が高く、まるで城塞の寄り集まりの感がある。特に長屋敷郭など別の山城だ。事実、我らの侵攻を受けて国主の畠山義綱・義続父子が重臣らに追放されたのだ。ドサクサに紛れて長年積もってきた鬱憤が晴らされたのだろう。




「しかし攻めるとなると手厳しいですな」。

「攻めずとも良い。内部から切崩すのだ」


遊佐は温井と争い敗れて逃げていたが、温井の祖父が国主に謀殺されたと聞いて重臣に復帰した。その時に温井一族は逃亡して難を逃れており、先日の国主の追放でやっと復帰できたばかりだ。

遊佐は留守の間に筆頭の地位を長に奪われている。つまり敵に攻められて協調しているとは言え、重臣らの関係は穏やかでは無かろう。


「城を囲みながら能登の治政を進めよ。水路を整備して田を開墾し、街道を広げて商いを盛んにする。手伝う民には給金を支払うのだ」

「山中国のやり方を試すのですな」


「そうだ。我らは一刻も早く国を強くするのだ」

「御屋形様は一年も陣触れなさらなかった。お蔭で越後の民の顔にも余裕が出てまいりました」

「まだだ、山中国と比べるとまだまだ大人と子供にもならぬ」




『越後は関東では御座らぬ』という山中殿の言葉が堪えた。それで北条に関東管領の座を渡して和睦したのだ。

 するとどうだ、何もかもぐっと楽になったのだ。当然のように消費し続けていた兵糧と銭は増え出して、両替に来てくれる山中船によってそれが加速した。

 思えば何度も関東の端まで出兵するなど愚かな事だったのだ。関東は関東の者に任せて、近隣の国を従えて強くなれば良いのだ。


 実は「能登を攻めたいがどう思うか」と、山中殿に書状を出した。すると、

「ご随意に」という返事が来た。了承されたのだ。


 勿論、能登を攻め取るのに山中殿の了承などいらぬ。だが上杉は強大な山中国の武力を知っている。そして北の海を行き来する山中水軍の船は、ここ七尾湊にも来ているのだ。つまり山中国は七尾城との付き合いがあるのだ。




「御屋形様、それならば拠点城を作ってみませぬか?」

「ふむ、あの巨大で平らな城か・・・」

「はい。商いの中心となる湊近くに、なれば民の心も掴めましょう」

「面白い。七尾湊ならば、越後から物資を運ぶのにも都合が良い。北回り船も多く、商いで栄えるだろう」


「ならば普請奉行に直江信綱を推挙いたしまする」

「良かろう。信綱ならば山中の拠点城を見知っておる、適任だな」




 上杉軍は巨大な七尾城を目の前にして、拠点となる城を作り始めた。

人夫で出れば、給金が出ると知った民が大勢集って来たが、普請道具は民の持ち込みであり稀に見る大普請はなかなか捗らなかった。


そこで普請奉行の直江が湊に入った山中船と交渉した結果、大和製の優れた道具を得ることが出来て劇的に普請が進んだ。


半島制圧隊三千が二十日ほどで戻って来て加わり、街道を広げて街作りも始まった。城下は大普請の賑わいを見せていた。




「上杉が攻めて来てひと月経つが、一度も攻めて来ねえな・・・」

「奴ら、俺たちの事をすっかり忘れていねえか?」

「そっだな。戦うのは嫌だけんど、放っとかれるのもなあ・・・」


湊の近くに、見る間に形を表わす上杉方の大拠点城。それを目にする七尾城の城兵の指揮は下りっぱなしだ。


「既に能登は上杉領だとのお触れが出ているとよ」

「人別を改める役人が来ているらしいな」

「おらたちはどうなるだ?」

「どもならんな、そこに居ねえ事には」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


彼等は七尾城に詰める長家の足軽だ。国主の畠山父子を追放して傀儡として幼年の義慶をたてた。それ故に本郭には筆頭重臣の長続連が入っていた。長家の足軽は別砦とも言える長屋敷と時々往復するために城内の噂話などを聞いていた。


「なんでも温井様が上杉と誼を通じていると聞いただ・・・」

「おら、三宅様と遊佐が密談しているらしいと・・・」

「長様が裏切り者は許さぬと息巻いているけんど・・・」


「なんか怖えだな。城内は誰が味方か敵か、分かんね・」

「んだな、危ねえだ・・・」

「いっそ、逃げ出すか」


「・・・出来るけ?」

「郭の塀を越えれば、逃げれるだ」

「そうじゃなあ、絶壁を登るのは無理でも降りる事は出来る」


「降りると言うよりは落ちるじゃがな・・」

「違えねえ。だっと、落ちたほうが攻撃されん」

「そうじゃ。あっという間に谷底じゃからな・・」


「いつやる?」

「善は急げじゃ。だが暗くて岩にぶつかったら事じゃ、ヘタすりゃあ死ぬ」

「朝未明が良いぞ。丁度明朝は儂らが見張りや」


「「よし!」」


 上杉勢が七尾城を囲んでひと月経った。

既に七尾城は内部崩壊寸前であった。指揮者はお互いを疑い、末端の城兵は逃げ出す算段をしている。


 翌朝、本丸の足軽らはいなくなった。彼等が逃げるのを目撃した兵は、おらもおらもと絶壁を降りていったのだ。皆が強い危機感を持っていた。足軽らが逃げるのを待っていたかのように、本丸郭に多数の兵が雪崩れ込んだ。



「敵襲!!」

「遊佐・温井・三宅勢が押し寄せてきます!!」

「殿、屋敷郭へ!!」

 兵の叫びはすぐに途絶えた。上杉に内通した遊佐・温井・三宅により長一族は悉く殺害されて七尾城は開城した。


 上杉景虎は降伏した三氏を受け入れて、すぐに七尾城の破却を命じた。こうして難攻不落を誇った巨大な七尾城は消え去り、その解体された材料は上杉の七尾拠点に運ばれて利用された。


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