第245話・戦の季節。


永禄八年九月 南都多聞城


 田が黄金に輝いている。

垂れ下がる稲穂が確かな実りを約束している。どうやら今年の米の収穫は各地とも良好のようだ。収穫が終われば又しても「戦の季節」が始まる。奪い合い殺し合う悪しきイベントだ。

山中国と松永領ではそれが起こらないのが幸いだ。戦は国力と人命を費やして民から安寧と希望を奪い殺伐とする世を作る。


「大将、伊予の河野氏が臣従したいと言っておますが、如何致しまひょう?」


「・・・受け入れよう。氏虎を向かわせてくれ」

「へい。早速向かわせまひょう」


 伊予守護の河野氏は、家臣の離反や土佐一条家・それに大友家の攻勢で支配地も僅かとなり国の体制を保てていない。おまけに本人は病で気力も無いと言う。史実では毛利の援兵を受け鎮圧したが、隣の東予湊の豊かさを見ている民の心情もありで限界だろうか。

 それと土佐の長宗我部が土佐中央部を制圧して土佐七雄の最低勢力から七雄の盟主的存在の一条家をも凌ぐ勢力になった。強力な火縄銃部隊の雑賀衆が荷担したのも大きいだろう。



「九州の情報はあるか?」

「へぇ、肥前の龍造寺が周辺を制圧しつつあって、それに大友が兵を出す動きがありま」

「ふむ、龍造寺と大友なら大戦になりそうだな。博多湊の富田に注意するように言っておいてくれ」

「言っときまひょう」


 龍造寺は大友の家臣だったが、その袂を別って急速に大きくなり始めている。それを放ってはおかぬ大友は、三万を越える大軍を動かす筈だ。きっと大戦になる。


「薩摩はどうだな?」

「薩摩は東に肝付・伊東に、北を相良に抑えられて身動き出来ておませぬな。水軍を失ったのが効いておりま」


「中国東部は混沌としているな」

「でんな。美作がうちに臣従すると因幡武田が但馬に侵攻して、丹波勢も生野に兵を出した。播磨は狩り場となりましたな・・・」

「そうだ。その南では、松永に臣従して赤松の袂を別った小寺と赤松が争い、その赤松の背後を浦上が狙っているか・・・」

「・・・戦国でんな。尾張では長島一揆勢に織田は苦労しているようで」


 一揆勢に逆に攻め込まれているのだ。まあそれも当然かな、史実での長島の戦いの時に織田は、美濃一国と伊勢・北勢を制圧していたのだ。今とは兵力が違う・・・半分程か、苦労するだろうな、おまけに武田と争っているし。



「気になるのは武田の動きだな」

「武田は飯田城を囲んだまま動きませぬな。大将は、そんなに気になりますか?」


「うむ、武田は侵略を続ける軍だ、静かにしている時には良からぬ事を考えている。『静かなること林の如し』だな、やがて風の様に速く・火の様に激しく侵略するぞ」

「ひぇぇ・・・」


「まあ、三雲の報告を待とうか」



「話は変わりますが、九州の西海岸で頻りに出る海賊は、薩摩なまりがあるらしいでっせ」

「ほう。まあ薩摩も西海岸にあるからな」

「村一つ荒らし回って、人まで浚う悪どさとか・」

「まあ、海賊だからな」


「ひょっとして、海賊をして国力を増そうと考えてるのやろか・」

「かも知れぬ」

「マジで・」

「ぼっけもんだからな」

「・・・・・・」




永禄八年十月 出雲月山富田城 毛利元就


「塩屋口破れました!!」

「菅谷口、我が兵が突入しております!!」


「よし、大手もあと一息じゃ。一気に行けぃ!」


 前回、一旦退いて半年が経った。その間厳重に囲み、いよいよ兵糧が無くなった思える先月から城兵の投降が増えた。既にその数三千を越える、残る城兵も同程度だとか、しかも皆腹を減らして力が入らぬという。

 機は熟した。攻城二日目には各門の守兵がさらに投降して来た、そこで一気に攻め立てて城門を破ったのだ。


「大手、間も無く破れます!!」

「よし、突撃せよ!」

「「突撃!!!」」



 今までの鬱憤を晴らす兵たちが一挙に雪崩れ込んだ。三方からの突撃で瞬く間に山御殿を制圧した。山御殿は富田城の中心となる城内にある町だ。さらに投降して来た兵や非戦闘員を城外に出して御殿に入る。

城外では炊き出しが始まっていて、そこに行けば飯を得られるのだ。


 ここまで来ると、残るは詰めの城のみだ、籠もるは千兵に足らぬ。我らは三万、戦にならぬ我比の差だ。詰めの城もあまり防御力は無い、だが決して手加減はしない。



「詰めの城を囲め、二重・三重に蟻の子一匹逃すなよ!」

「はっ!!」

「但しこちら側には要らぬ。兵を伏せて置くだけで良い」


 尼子一党を逃せばまた必ず乱を起こす。この数年の苦労を無にせぬ為には逃してはならぬ。毛利は一刻も早く富国の道を歩まなければならぬのじゃ。


「腹ごしらえじゃ。飯を炊け、炊飯の匂いを山に届けよ」

「承知!」


 半刻後にそれは来た。

「わあああ!」という声を出して山から兵が突撃して来た。


どうせもう先が無い、飯を強奪しようというやけくその突撃だ。たちまち伏せていた兵に囲まれる。


「待て、殺すな!」と兵を止める。

 殺すことは容易い。だがそれを見た山上の者は、最後の気力を奮い立てるだろう。そして死に物狂いの抵抗をする。そうなれば我らに益は無い、逆に彼等に飯を与えて投降させると籠城兵の残りの気力も吹き飛ぶだろう。面倒な死体の処理も減る。


「その方ら、武器を捨てれば飯を食わす。どうじゃ、米の飯は旨いぞ」


 半数ほどが武器を捨てた。残りは鬼の様な目つきで睨んでおる。


「約束は守る。武器を捨てた者はこっちに来い。飯を食わせてやる」


来た者に椀に盛った汁かけ飯を渡すとむさぶりつくように食いだす。残った者はそれを見てさらに半数ほどが武器を捨てて、おずおずと寄ってくる。

 残った者は歯を食いしばって耐えているが、突如数人が囲む兵に突撃した。しかし力が籠もっていない槍は躱されて石突きで打ち倒される。


「食った物は外に出よ、何処なと行くが良い。また戦いもせずに、飯を要らぬ者は山に戻るが良い。明日の総攻撃まで死ぬのを待て。我らも飯前に血なまぐさい事をしたくない」


「・・・投降する。飯を食わせてくれ」

 残った者も武器を捨てた。打ち倒された者も椀を口に近づけると奪うように食い始めた。


これで籠城兵は百五十ほど減った。



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