第244話・長島の戦い。


 永禄八年(1567)八月 尾張・長島城 下間頼旦


 織田信長が各地の将兵を呼び戻して一万六千の大軍で対岸の津島に陣を張り圧迫を強めている。

当初は五千の勢で北の輪中に攻めて来たが、輪中内に築いた無数の砦で迎え撃ち散々に蹴散らした。農民だけで無く周辺の国人や漁師・商人まで我らの味方なのだ。檄を飛ばせば五万を超える一揆を動員出来る。五千や一万では相手にもならぬ。


 だが数で叶わぬと知った織田は周辺国人を各個撃破しはじめ、民にも圧迫をしいている。「我らに協力するのは厳罰に処す」と触れを出し、人別を改め城内に入っている者の家族を捕えて「三日以内に戻るべし」と投降を呼びかけている。

 我らは該当した者が戻るのを止めなかった。家族を取られては一旦戻るのも仕方がない、兵は足りている。だが帰った者の行方は不明だ。飛騨の鉱山に送られたとの噂がある。


 そうして半年で一揆勢の三割ほどが潰された。さらに織田は長島の対岸・小木江城から木曽岬にかけて半里毎に砦を設けて人の流れを遮断しようとしている。

このままではまずいと感じた某は、本願寺に援兵を求めて仲孝殿が精兵三千を率いて合流した。そこで皆様を召集して軍議を開いた。



「戦局挽回のために、小木江城を取ろうと思う。如何で御座りますか?」

「異論は御座らん。小木江城を落とせば、織田方の城塞網に大穴を開けることが出来る」

「私も頼成と同じです。頼旦の思うままにやりなさい」

「はっ」


 証意様と頼成殿の快い同意を得る事が出来た。あとは期日と編成だ。


「では、城攻めは仲孝殿三千で、木曽岬と弥富にそれぞれ三千兵を出して造成中の砦を破壊する。某は小木江城の南に五千で布陣して城に駆け付ける織田軍を牽制致す。決行は明後日未明に、宜しいか」

「「承知!」」



 当日未明、静かに渡川した数百の者が対岸を制した合図を出した。

「よし、渡れ!!」

「おおおーー」


数百隻の船と万を超える兵が木曽川を黒々と埋めた。季節は盛夏だ、濡れたくない物だけを船に乗せれば、兵は板切れ一つで渡れる。とにかく川を渡る、その速さが戦の趨勢を決めるのだ。


「持ち場に急げ!!」


 渡った者らが駆け足で持ち場へと駆ける。流される事を考えて川に入っているから、大体が持ち場の近くに上陸している。持ち場で武器を取り人数が集り次第に進む。普通の軍のように、隊列だの組分けなどと面倒なことが無い分動きが早い。


 直ぐに戦の響めき、急を告げる法螺貝や鉦の音が一帯を包んだ。敵の見張りも油断してはいないが、いかせん攻撃に対応した備えが出来ていない。そこを突き崩す。

 小木江城からの火縄の銃撃が始まり、煙硝が城を包む。だが火縄の数は百ほどか、我らの方が多い。下間仲孝殿が三百の鉄砲隊を連れて来たのだ。


 一刻で小木江城は援軍が近寄れずに落ちた。城兵の半数は死に守将の織田信興は自死した。この城には仲孝殿が一千兵で入る。直ぐに修繕が始まった。


小木江城の堀となる鵺川が木曽川に合流する当たりにも砦を造りはじめる。小木江城一城だけでは危ういからだ、木曽川岸に砦がある事で渡川の安全が確保される。

砦は南の筏川の合流点にも設けられる。そこは長島城の東に当たり、川を経由して長島からの支援を得られる地点だ。





 津島 織田陣地 織田信長


「御屋形様、小木江城落城。信興様自死!」

「・・・左様か」


 弟の信興が死んだか・・・・・・


「他の戦況は?」

「はっ。弥富の砦は駆け付けた林様の援兵で優勢です。その他の砦は既に落ち、破壊されておりまする」


「・・・であるか」


 昨秋から長島の一向一揆を討伐しているが、戦局は悪化する一方だ。とにかく一揆勢は人数が多く死をも恐れぬ厄介な奴らだ。それらが長島だけに限らず北にある広大な輪中から湧き出てくるのだ。


 東濃・伊那・飛騨と戦線が伸びていて将が足りぬのが痛い。それで佐久間信盛、滝川一益を呼び戻した。


 伊那飯田城は柴田勝家に鉄砲兵を五百つけた八千で厳守だ。亀のように閉じ籠もって耐えろと命じてある。

東濃苗木城は、木下藤吉郎と明智光秀が織田兵二千と国人衆二千で木曽勢を抑える、岩村城にも三千兵を置いた。遠山殿が討死したのが痛いが、この援兵で老臣どもに粘って貰わねばならぬ。

制圧した飛騨国は、金森長近三千に任した。国人衆の兵三千ほどを加えて国境を守れと命じている。


ともかく兵も将も足りぬ。新たに掻き集めた兵五千を加えて総勢一万六千兵で陣を敷いていた。

触れを出して周辺の国人を各個撃破して、人別を改め門徒や一揆に協力する者は一族共々飛騨の鉱山に送った。

さらに長島への通行を遮断しようと、小木江城から木曽岬に半里毎五つの砦をそれぞれ五百兵出しての築城中だった。一揆勢と短期決戦は出来ぬ、年余の時を掛けて勢力を落として行くしか無いのだ。

それが不意を突かれたな、油断をしていた訳では無いが、一気に泳いで川を渡ってくるとは・・・


 武田か・・・、長島を制圧する前に伊那に攻め込んだのは早計だったか、伊那に攻め込んでより俄に一揆勢が活発になったのだ。

本願寺と武田は身内であるからな・・・・・・



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