第243話・元就の焦り。


永禄八年三月二十三日 南都多聞城



「大将、越後からの一番荷が先ほど到着致しましたぞ」


「そうか、山中銭に両替したものか?」

「へえ。荷は大量の銅銭に金銀です、熊野丸一隻では乗らなかったようで、阿納尻からの荷駄の列が長く続いてま。これでまた銭座の在庫が一気に無くなりまんな」


「とは言っても銭座の者に、無理な働きをさせぬようにな」

「へえ、それは役目の者にちゃんと言うて、徹底させておます」


 数百の人が働いている南都銭座は、今も昼夜フル操業なのだ。それでも山中銭は日の本の半数の国にも行き渡っていない状況だ。まあ、南蛮にも多くが流通しているのでしょうが無いか。

越後は商いが盛んな国だ、これからも大量の硬貨が出て行くだろう、それで更に商いが盛んになり国力も上がる。輝虎君がわざわざ遠征して来てのお願いだからな、三好勢を追い払って呉れたしな・・・



「それと播磨の小寺が松永殿に臣従しましたで。なんでも重臣の倅らが都や南都を見に来たようで松永か山中と結ぶことを強く進めたらしい、どうやら都に上がったのは大和祭りの最中やったらし」


「そうか。小寺は敵対する別所が松永と結んだので焦ったのだろうな」


「それで和睦の別所より強い繋がりの臣従を決断したという事でござろうな」

「なかなかの決断だな。小寺の重臣の倅・官兵衛という男はやり手だぞ。」


「さようですか、覚えておきまひょう。これで生野の銀山を巡って、東の丹波勢・北の山名勢・南の小寺に西の赤松が取りあいでんな。どこが勝つとお思いか?」


「まずは西の脅威がなくなった丹波勢だろうな。山名や赤松といった古い家では厳しい。姫路は広い平野だ、そこを領する黒田は発展するだろう」


「へっ、左様で。相変わらず大将は会った事の無い人や行った事の無い土地ををよくご存じで・・・」


「実は、どこも隈無く行った事があるといったらどうだ」

「へっ・・・まあそれでも大将がそう言わはるのなら。ところで美作の国人衆が備前に接触しているようで、どないしまひょ」


「ふむ。美作が山中に臣従すると言うなら特に拒む必要は無いな。見極めは差配に任せるか」

「ほな、そう言っておきまひょう」


 美作は中国東部、備前の北にある広い盆地で、何故か強力な国人衆が育たず尼子・毛利・三村・浦上・宇喜多らの狩り場となっている割合豊かな土地だ。位置的に中国地方の臍とも言える土地、そこが安定するなら山中国として受け入れるのが良いだろう。


“申し上げます。帝の御一行が間も無く南都に入ります!”


「来られたか」

「お迎えに参りましょうか」


 熊野詣でを終えた帝の御行幸は、日置、紀湊、橿原と宿泊して来られたのだ。終始ご機嫌麗しいとの報告が上がってきている。今日はここ多聞城に御宿泊戴いて、明日は銭座・興福寺・鍛冶場・酒造所などをご見学なさり、明後日に都にお戻りになられる御予定だ。



 城門を開放して、百合葉・十蔵らと門前に並んだ、道の左右には兵と大勢の民が並んでいる。

暫し待つと御行幸が見えて段々と近付き、乗っている者の表情が見えてくる。前席にいる舅殿の笑顔で良い御行幸だったことが解る。


「皆様、南都へようこそいらしゃいました」


「山中、朕は山中の民の笑顔をしかと見たぞ」


 帝が満足の笑顔で言われた第一声だ。





永禄八年四月 月山富田城 毛利元就


 尼子が籠もる月山富田城に、この月中旬からの総攻撃を仕掛けている。

城内に通じる三道のうち南の塩谷口に元春、北の菅谷口に隆景を配して大手には儂が輝元と共に攻めている。


 だが尼子は執拗な抵抗を繰り出してきて、どの攻め口もいまだ侵入出来ておらぬ。攻める我らの被害は徐々に増えてきた。

これではいかぬ、尼子はまだまだ士気が旺盛だ。一旦下がろう。


「攻撃止め。一旦兵を下げて、洗合城に入れよ!」

「はっ!」


 暫く兵糧攻めをする。先月には補給線を遮断しているのだ。海岸線にも兵を配置して補給を完全に絶っている。月山富田城には多くの将兵が籠もっている、消費する兵糧は膨大だ。すぐに飢えよう。それまで待機だ。


「大殿、杉原が参っております」

「うむ、連れて来い」


 杉原盛重は月山富田城の東・米子の尾高城を任せている。忍びの者を統べる将だ。


「大殿、ご機嫌麗しゅう・・・」

「うむ。春になって体が楽になったわい」

「それは家臣にとって、実に喜ばしいことで御座る」

「因幡・伯耆に何かあったか?」


「いえ、さしては。美作の国人衆が備前に出向いておる事ぐらいで」

「山中に誼を通じにか?」

「そのようで。民草の気持ちが山中に靡いておりますれば」

「そうか。山中は厄介だな、力だけで無く商人や民草の心まで掴む・・・」


「それと播磨の小寺が松永に臣従した様で御座る」

「ふむ、畿内から播磨まで松永の勢力範囲になったか・・・」

「その松永を山中が支えておりまする」

「山中の力は強大だ。どうして覇権を握らぬのだ?」


「それがどうも、都に上がるのさえ嫌がっておったと・・・」

「面倒だ・・・か。解るようで分らぬな・・・」

「噂では淡路と佐渡が山中国に下ったようで」

「ふむ。いずれも水軍力の成せる技か・・・」


 山中水軍は今でも増殖し続けているようだ。その大船が日の本一円から琉球・南蛮まで廻船して莫大な利益を上げているだろうな。

一時期は瀬戸内で覇を唱えた村上水軍も今では小さくなっておると聞く。


 水軍力とは、商いの力か、今の毛利に大船を作る銭があろうか・・・


「ところで、先月には帝が熊野詣でに御行幸されて、最終日には南都多聞城にも二泊されたと」

「・・・そうか、朝廷と山中は親密だと言う事か」



 この出雲攻めをしている数年の内に、世は・山中は・大きく変貌したようだ。


「山中国と毛利との差は、天と地ほど御座る」

と、畿内大和を見てきた隆景と恵瓊が申した。


大和は大勢の人々が生き生きと働いて、その暮しは毛利では考えられない程豊かで物に溢れていると。

 山中が新たに造った紀湊には、南蛮船や各地の商人の船・山中の大型帆船が何十隻も浮かび、堺や博多湊の十倍以上の広さ賑やかさの町には驚愕したと。


「山中国と戦を起こすと、毛利家は瞬時に壊滅致しましょう」と、隆景と恵瓊は口を揃えて申したのだ。


それ程までにか、


考えられぬが、隆景と恵瓊の申す事だ。間違いあるまい。

儂も早く富田城を落として毛利の立て直しをしなければ・・・・・・



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