第239話・佐渡・雑太城。
同日 佐渡雑太城付近 国府川河口 湯川直光
「脇田、任せたぞ」
「承知!」
「よし、残りの兵も下船しろ。片舷の砲手も下船!」
「承知!」
大隊長の命を受けて、水軍大将の氏虎殿率いる五隻の船と共に紀湊を出港して若狭・阿納尻でも佐渡行きの者と合流して渡航して来た。
某の指揮する三隻の熊野丸に乗るのは、五百名の者だ。兵は三百でそのうちの多くが元湯川領の者達だ。大隊長の元での厳しい調練と近江制圧戦に参加していて山中兵としても恥ずかしく無い精兵だ。
他には内政担当が百・商人に忍びや乱派衆が百、その内に湯川の女五十も入っている。山中国では、新領の城内を仕切るのは身元が知れた女衆だ。侵略して来た土地の女に食べ物を任せるわけにはいかないからだ。
佐渡国は分裂した本間家四家が争いながら支配している。
ここ真野湾南の雑太城の本家本間泰高、真野湾北の河原田城の河原田本間高統、島北の両津湾・久地城の久地本間正康、島南の越後と近い大石湾・羽茂城の羽茂本間高貞の四家だ。
某が最大勢力の本間本家を担当するのは、戦後の統治を見越してのこと。戦力が最も整っていると思われる湾北の河原田城には堀内殿が、羽茂城には佐々木殿の船が向かっている。本間四家の内有力三家を同時に制圧する手立てだ。
残る両津湾・久地城の本間正康はその後のこととなる。
まずは脇田を隊長とする百兵が雑太城に降伏勧告に行く。まあ十中八九この状態で降伏することは無かろう。攻めてくれば良し、来なければ船からの砲撃で一挙に落とす。時間を掛ければ地の利が生きて鎮圧が長引く、ここは電光石火の攻略が必要だ。
「二百兵と陸戦隊九十名下船しました!」
「そのまま待機せよ、砲手は砲撃用意」
「砲撃用意!」
「砲撃用意完了!」
「脇田隊の合図を待て」
「脇田隊の合図です。旗が振られました!」
と、暫くして帆柱の見張り楼から報告がある。旗が振られるのは交渉決裂、攻撃求むの合図だ。
「砲撃せよ。目標雑太城、存分にやれ!」
「砲撃!!」
途端に熊野丸は硝煙と轟音に包まれた。
雑太城 本間泰高
海岸付近に船団が現われて、そこから武装した百程の兵が城に向かってくると報告があった。儂はその正体を確かめるべく、城門の上に出て待っている。
すぐに整列した兵が楯を掲げながら近づいてきた。防具が揃い、その動きで精兵だとは検討がつくが、上杉兵とは違う。はて、何処の兵か・・・
ここ佐渡に来るとすれば、越後以外では越中や能登か、羽前・羽後は遠いだろう。
「止まれ、何者だ!」
「大和山中国・湯川小隊長麾下の脇田隊で御座る」
大和だと、畿内のそれも南では無いか。まさか、そんな所から来たのか。どうやって?
「・・・大和がなんだと、意味が分からねえ。おめえらはいったい何しに来たのだ!」
「我らは佐渡を鎮圧に来た。その前に降伏を勧めに来たのだ」
こいつらは何を言っているのだ。鎮圧・降伏だと狂人か・・・
「鎮圧・・降伏だと、おめえらは気が触れているのか?」
「極めて正気だ。其方はこの事を速やかに城主に伝える様に、それがお役目だろう」
「ほれ、そんなこと殿様に言えるかよ!」
うーーむ、城主に伝えよときたか・・・ならば、とにかく言いたいことを聞いてやろうか。
「待て、玄六。話を聞こう」
「と・殿、聞いてはったんで・・・」
「あたりめえだ。何処の者とも知れぬ武装した兵が門前に来ておるのだ。分からぬはずがあるまい」
「へえ、こやつらは大和何とかの家来で・・・」
「玄六は黙っておれ。そなたらは何処の誰で、何用あって参ったな?」
「山中国佐渡鎮圧隊・脇田俊継で御座る。小隊長・湯川直光様に命じられて、こちらに降伏を進めに参った。いま速やかに降伏すれば攻撃しない、ですが猶予はありませぬ。ご返答は?」
「・・・その方らは気が狂っておるのか。僅か百兵ほどでこの本家・本間家に降伏せよと申すか」
「いたって正気で御座る。して其方様のお名前は、それとご返答を?」
「城主・本間泰高だ。降伏などは断る。わが本間家は狂人の言う事など聞く耳は持たぬ。者ども放て、こやつらを討ち果たすのだ!」
合図と共に城門の上に居た数人が引き絞っていた矢が、き奴らに向けて一斉に放たれた。
だがそれは上げられた楯によって全て無効とされた。見た通り奴らは相当の精兵だ。だがここは追い返せば良い。それから相手の言葉を審議して斥候を放ち、状況によっては兵を集めて追い散らせばよいのだ。
「本間様、御返事たしかに承りまいた。では自らの決断に従って悔い無きように旅立たれませ。これにてごめん!!」
脇田某はそう言うと、兵共々一目散に駆け去った。逃げ足は速い、みるみる城から遠ざかって、白い大旗を振ったのが見えた。
しかしなんだ、旅立たれませだと、縁起でも無い捨て台詞を吐きやがって、いったい奴らは何をしようと・・・
「と・殿、船が・・・」
「何だ・・」
海岸に停泊している船に砲煙が広がり、直後に砲音と風切り音、振動と共に真下の城門が大きな音を立てた。
「た・大砲か」
「殿、危のう御座いまする。逃げるにしか・」
合沢の口が閉じぬ間に、さらに無数の風切り音と共に城門が揺れた。目の前の兵が飛ばされて高櫓や門や柵が破裂したように壊れた。建物のあっちこっちにも土煙が上がっている。女どもや兵が悲鳴をあげて逃げ出している。
「殿、早く・・」
言葉の途中で合沢の体が吹き飛んだ。更に足元が崩れて体制を保てずにあっという間に宙に浮かんだ。
「な・ななななな・・・」
青い春空に白い雲が視界いっぱいに浮かんでいる。そののどかな風景は本間泰高がこの世で見た最後の景色だった。
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