第237話・石山本願寺と淡路。
永禄八年(1565)三月 石山本願寺 下間頼兼
「長島の状況はどうか?」
「信長自ら出て来てより、徐々に押されております。先月出した仲孝殿と三千の援兵で押し戻せぬかと期待しておりますが、難しいかと」
月例の報告に本堂を訪れた某は、余人を交えず上人様と話しておる。ここでの話が本願寺全体の動きを決める重要な時間だ。
「・・・尾張は人が多いから動員する兵に事欠かないか。隣の岡崎はどうか?」
「そちらは松平家臣や領民を巻き込み優勢です。お蔭で武田殿の希望通り松平の東進が滞っております」
「越中は?」
「上杉の火の出るような攻勢で加賀に撤退しました」
「ふむ、武田殿と和戦をした上杉の勢いは強いな」
「左様で御座ります。ですが、加賀への侵入は防がなければなりませぬ」
「加賀の手配は頼兼に任せた。兎も角も今は尾張が重要です。武田殿はかなりの金を送って来てくれました。その期待に応えるように」
「承知致しました」
「今日は穏やかな春の日差しだ、縁に参ろうか」
御上人・顕如様は、暖かな日差しが当たる縁に移られて、すぐ先の中ノ島を見ておられる。
西は海、南北と東は川に囲まれた島のような地形に、小屋を建てて堀と柵を作り、高櫓を立てた城のような物が出来上がっている。
それを作ったのは摂津晴門らの元御所の奉公衆だ、何故か近江六角家の六角義治もいる。彼等は京を制圧した松永から追い払われ行き場を失って、あそこに立て籠もったのだ。
「頼兼、あの者らは増えたようじゃな」
「はい、百五十程は居るようです」
彼等らは『本願寺も我らと手を組み、松永を都から追放すべし!』と何度も交渉に来たが、所詮は蚊帳の外の者達で本願寺は相手にはしていない。
あの戦で上杉と共に追討軍を起こした幕臣達は殆どが松永に臣従したのだ。今中ノ島に居る者達は、その時に兵も出さずに文句を言って傍観していたどうにもならない者どもだ。
「あんな小島に籠もって気勢を上げても、何になろうか・・・」
「松永に相手にされずに京から追い払われた意地で御座ろうか」
「武家の意地ほど喰えぬ物は無い」
「まさしく、左様」
「おお、あれは山中国の船団だな!」
顕如様の言葉に遠くを見やると、西ノ海に鮮やかな白い帆を上げた船団が近付いている。この界隈では見慣れたその船は、南蛮船以上の大きさを持つ山中水軍の船だ。
「今日は少し多いな、何ぞ出来しましたかな?」
「・・八隻ですな、西に向かうようです。九州、或いは北の海か・・・」
山中水軍の船は日の本一円から遠く琉球・南蛮まで交易していると言う。南蛮船を凌駕するほどの強力な大砲で武装した船は、熊野の造船所で作られているという。
「大きい船が五万貫文(五万石、25億円)、それが十隻以上あると拙僧は聞きました」
「はい。小さい方でも一万貫だと、それが次々と建造されているようで・・・山中国の力は恐るべきもので御座いまする」
「おお、船がこちらに!」
「!」
たしかに船団がこちらに向かって来て船腹を見せて一列に並んだ。その船から丸い煙が幾つか上がると、すぐに砲音が伝わってきて、中ノ島付近に水飛沫が上がった。
その意味は明らかだ。さらに複数の硝煙が船団を包むと腹の底に響く連続した砲音、高櫓が倒れ建物が倒壊、夥しい水飛翔と砲弾の飛ぶ音までが聞こえてくる。
「何と!!」
無数の陥没した砲弾の跡が島中に出来て、あっという間に中ノ島の城が消えた。某は船が大砲を放つのを初めて見たが、想像以上に恐ろしい威力だ。
向かい岸、北方向から部隊が進んで来ているのが見えた。尼崎城の松永隊だ。
どうやら中ノ島に立て籠もった不埒者の排除を松永が山中に頼んだようだ。
「ドーン」と、一層大きな硝煙の後に、聞こえてきた大きな砲音。暫くして遥か奥の淀川で大きな水飛翔が上がったのが見えた。
「守口あたりかのう・・・」
「その様で・・・」
ここ石山からは遥か京方向が見渡せる。その真ん中を流れるのが淀川だ、右岸にある守口は河口から二里半はあろう。そこまで山中水軍の大砲は届くのだ・・・
「どうやら、我らに対する警告のようじゃな」
「左様・・・」
「頼兼、くれぐれも山中国では面倒を起こさぬように」
「承知しております」
河口から一里半も無い石山寺は、山中水軍の大砲の射程内と言う事だ。もし何かあれば、山中は石山寺を攻撃するのを躊躇わぬだろう。元より山中国では宗教が武力を持つことを認めていない。その時には、我らが手出し出来ぬうちに、城共々木っ端微塵になるのだ。
それを考えると背筋が冷えた。
「河内が松永で幸運でしたな」
「はい」
山中水軍旗艦 堀内丸 曽根弾正
「ぐわはははっ、坊主どもが驚く顔が想像出来るわい!」
今回の遠征では、大将氏虎どのは機嫌がすこぶる良い。それもその筈だ。目的は佐渡の鎮圧で派手に大砲をぶっ放して良いとの指示だ。
おまけに淀川河口に立て籠もった元幕臣らを砦ごと砲撃して壊滅した上に、淀川沿いに砲撃して石山寺に警告するというおまけを終えた直後だ。某も気分がすっとしたからな。
「洲本湊に入ります!」
湯川殿の三隻の佐渡担当船を加えた八隻の船が港に入って行く。彼等は航海に慣れてない者もおり、各地に立ち寄って行けと言う指示が出ているのだ。
「堀内様、曽根殿、よくお出でくだされました」
接岸して船に慣れぬ者を降ろして寛いでいると、淡路安宅家当主の安宅清康殿が駆けつけて来た。
「安宅殿、山中国に加わりたいと言うのは本気か?」
「はい、父の死以降、三好家と行動を共にすることが苦痛となりました。それに何より海賊衆が山中傘下になるのを願っており申す」
「だが清康殿にとって三好家は身内であろう、山中に臣従すると三好と戦う事になる。それに山中国は、領地没収してまとめて管理するのが基本だぞ」
「存じており申す。この清康、一兵卒としてお仕え致しまする。どうか堀内殿の水軍にお加えくだされ」
清康殿は父・冬康どのの清廉潔白さを受け継いでおられるようだ。実に素直な若者に育っている。
「相解った、淡路安宅家と淡路海賊衆を山中国に受け入れよう」
「有難き幸せで御座いまする」
「安宅殿、大将からの指令だ。我らに同行して、佐渡の復興で山中国の政(まつりごと)と商いを経験して淡路の国造りに生かせ」
「畏まって御座る」
ここ洲本で清康殿と十名の者達が熊野丸に同行することになった。淡路一国が山中国に加わり、淡路海賊衆が山中水軍の麾下になる。すでに淡路海賊衆の一部が調練のために日置に赴いているのだ。
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