第236話・朝見。


永禄八年一月 京


 平伏したままの姿勢で待っていると、床を擦る足音と共に御簾の向こうに人が座る気配がした。ぱりっとした礼服を着せられた俺の後には、同じ様に礼服を着た百合葉がいる。

百合葉と共に謁見・・・いや朝見か、したいと申し出ていて、朝廷で一悶着あったそうだがそれが許されて上洛したのだ。


 それにしても呼ばれたといえ、帝にお会いするのはかなりハードルが高い。まずは防人の司の上司に当たる権の大使・従二位近衛様のお屋敷にて衣装を改め所作の手ほどきを受けた。

 朝見といえども、実際には目を合わすことも口を聞く事も許されぬらしい。だが今回は帝が話をしたいと申されているおり、「言葉使いには、最大限に気を使うように」と申し渡された。近衛様は、とてもじゃないがひとときの付け焼き刃では言葉使いを直せぬと諦めたのだ。


「主上、大和の山中勇三郎とその室・百合葉で御座いまする」と少し前に横向きに座した近衛様が言上してくれる。


「山中とその室・百合葉、良く来てくれた。日頃の心掛け・感謝しておるぞ」

「ははっ」


「顔が見たい。二人共、頭を上げてくれぬか」


 と言われても一度は固辞するようにと言われているので、伏したままだ。


「山中に聞きたいのだ。真のことを聞くのにはその目を見、表情を見る必要がある。近衛、」

「はっ、山中、百合葉、頭を上げて顔を主上にお見せせよ」


 おそるおそる上げた目に、御簾の後に白くぼんやりとしたお姿が見えていた。距離があるためにそのご尊顔は良く分からぬ。


「御簾を上げよ、山中・百合葉、もそっと近う」


 近衛様が頷くのを見て、もう一歩前に移動した」


「もっと近う」


 さらに近付く。御簾が上げられて大きな目をしたお顔がはっきりと見える。大きな目には強い光が漂っている。異相だ、いや貴相か・・・


「三好が去って畿内の大勢は変わったが、山中は何故出て来ぬか」


 勿論、上洛のことでは無い。松永に変わって京を差配せぬのは何故かとの問いだ。


「はっ、某は作法を知らぬ田舎者で御座いますれば、都の政(まつりごと)など無理で御座いまする」


「だが山中国は大層豊かだと聞く。足利に変わって京を治めてはくれぬか」


「怖れながら、今までに都に争乱をもたらしてきたのは、将軍・管領・守護など身分お高い御方で御座ったと理解しておりまする」

「これ、山中、口が過ぎておる」


「良い。・・・そうさな。細川や畠山、足利がおのれの利のために争い続けた。その責は朕にもある。ならばどうすれば良いか」


「はっ。各地で戦乱が続きましょうが、しばらくは静観するしか御座りますまい。幸いな事に畿内は此度のことで安定しておりまする」


「山中は西国から関東まで領地があると聞く。各地の戦乱を山中の力で押さえ込むことは出来ぬか」


「それは平氏や源氏・北条・足利が行なってきた事で御座いまする」


「一時凌ぎか・・・では、山中の目指すは、いずこか」


「民の笑顔で御座いまする。兵に取られず略奪を受けずに娘を売ることも無く、一生懸命に働けば食べ物に不自由しないばかりか蓄えを作る事も出来、幸せに暮らせる。そういう当然の事が出来る国を作るのが国主の役目であると思っておりまする」


「・・・民の笑顔か、朕もその様な国を夢見ておるぞ」


「・・・」

 言い過ぎたな。国主の役目を言上するなど、帝に対して不敬だと言われても仕方の無い言葉だった。近衛様も渋い顔をされておられる。それにしてもこの帝は純真な心をお持ちだ・・・・・・


「山中、其方の国を見てみたい。算段せよ」


「は?」


「朕に、山中国の民の笑顔を見せよ」

「主上、しかしそれは!」


「どうだ、山中」

「・・・承りました」


 近衛様が俺に詰め寄ってくる。帝は嬉しそうに頷いている。そう言われると仕方がない、お断りすることも出来ぬからな・・・


「山中、いつだ」

「はっ、お越しになられるのならば、季候の良い春が適当かと」


「それで良い。どのようになる」

「かつて京から人々が足繁く通われた熊野三山、それが山中国にはありまする」


「そうだった」

「しかし主上、熊野詣でならば膨大な準備が必要ですぞ!」


「近衛、今の山中国は大幅に街道が整備されておると聞く。それ程の準備は必要ではあるまい。それに此度は朕が民を見る旅だ。妃だけ連れて参る」

「主上、それでは!!」


「山中、そうであろう」

「はっ。我らが来た馬車にお乗りになられますれば、三日もあれば熊野まで行きまする。準備も御身の回りのものだけで問題御座いませぬ」


「それは良い。近衛と相談して決めてくれ」

「はっ」


「ところで百合葉、山中とはどのような男だ」


「はっ、大きく強く民に恵みをもたらす。勇三郎様はお日様のような御方で御座いまする」


 えっ、大丈夫か、それ帝と被らないか・・・


「ほう、民に恵みをもたらすお日様か。なるほど・・・」

「はい。日常的にお隠れになるところも似ておりまする」


「ほ・ほっほっほ」

「ふふふ」


 (そっちか~い・・・)




 南都多聞城 


「と言う事で十蔵、手配を頼んだぞ」

「承知致しました。帝が来られるとはまことに名誉な事で、民も大喜びしまっせ」


「だが、色々と難儀な事も尋常では無いだろう」

「それは覚悟してまっせ。ところで案内は、大将がされまっか?」


「いや、儂では無理だ。案内は舅殿に願おうと思う」

「木津重右衛門どのならば間違いありませぬな。・・・しかし大将も一夜は御接待が必要かと」


「・・・そうなるか」

「帝の御来行に国主が無視ではあきまへん。観念しなはれ」

「ぐえぇ・・・」



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