第235話・上洛。


 永禄八年正月 法用砦


夢を見た。長いながい夢のようだったが、ひとときのことかも知れぬ。

 罵倒し罵倒され怒り落ち込んで苦しむ。ひとときの平和と高揚、笑い楽しみ堪能して快感に溺れ寂しくなる。喜怒哀楽の繰り返しで年を取って儚くなる。

 人の人生はそういうものだ。そんな夢を見た。


 起き抜けに道場で槍を振るった。闇を相手に裏の型、表の型を敢えてゆっくりと使えば汗にまみれる。井戸の水を頭から被り門を出た。

 夜空にひっきりなしに雪が落ちてきている。一尺ほどの積雪は毎日のことで何とも思わない量だ。


「甚作、湯漬けを頼む」

「おや大将、珍しく早くから・・・」


「今日は何日だ?」

「元旦ですよ。明けまして御目出度う御座ります」


「おお、御目出度う。甚作も元気で過ごせたら良いな」

「今年も山中国が平和であると宜しゅう御座りますな」

「うむ・・・」


 戦国の世だ。領内が何時までも平和であるとも限らぬ。その為に国を富ませ兵を鍛え武具を作るのだ。だが平和が続き戦の経験が無い兵ばかりではいかぬ。

 何か工夫をする必要があるな。

 模擬戦でもするか、勝敗をつける大々的な模擬戦だ。今度皆に計ってみようか・・・



「あら勇三郎様、お早いお帰りで!」

「父上、あけまして・おめでとう・ござります」

「おめでちゅ」


「ああ、太郎も花鼓もおめでとう」


 その朝のうちに多聞城に戻った。元日に家族といるのは初めてのことで新鮮な気分だ。太郎と花鼓も正月らしい晴やかな服を着せられて嬉しそうだ。


「大将、明けまして御目出度う御座りまする」


「お目出度う御座る。十蔵、今年も頼むぞ。だがもう少し休んでおけ」

「へえ、そうしまひょ。大将が戻られたと聞いて御挨拶に伺っただけで」


 山中国は七日までは家族とゆっくりと過ごして挨拶回りなどを済ます。平常の勤めに戻るのが八日からだ。城下に住んでいる十蔵が登城して来たのは翌二日だった。正月は俺が居ない時が多くて、気を使ってくれたのだろう。


「何か新しい動きはあったか?」

「そうでんな。どうやら上杉と北条が和睦するようで・・・」


「ふむ、ならば越後への寄港を考えねばならぬな」

「左様ですな。佐渡を取りますか」


「取る。越後に遠慮する理由が無くなったからな」

「誰を派遣しますかな?」


「うむ。近江で三百兵、人選は新介に。熊野丸二隻と水夫は氏虎に任そう」

「畏まりました。年末に毛利の小早川隆景殿と安国寺恵瓊殿が領内を見物されて、えらい深刻な顔で帰りはったそうですな」


 両名は船で紀湊に入り、大和から京へ抜けて摂津に降りて船で帰国した。面会の要望は無くあってはおらぬが、山中国の力量を見に来たのだ。それは豊前で山中国と接する領地があるからだろう。


 毛利は、安芸・長門・周防・岩見・出雲(交戦中)・伯耆など六ヶ国以上の広大な土地を領する。だがその実は山間地が多く、その石高は九十万石ほどで松永殿と同じくらいだ。

 しかも何年も続く遠征で疲弊している。月山富田城の尼子を降ろしてもすぐに次の戦を始めるのは無謀な事だ。




永禄八年一月下旬 京 都大路 旅の若侍


「奈良漬け、本日は特別価格。お試し品もありますよ!」

「はい、熊野の干物だよ。熊野那智大社の海で獲れたありがてえ物だ」

「吉野の干し柿、絶品の仕上がりだい。売り切れご免だよ!」


 その日、京の都大路には飲み物・食べ物・道具や古着・布や乾物・干物など様々な小店が並びそれを見て歩く大勢の人々と売り子の声で実に賑やかであった。


「大和興福寺のお墨付き、絶品の幸福酒。今しか手に入らねえ品ですよ!」

「こちら竹加工で有名な大和・法用村が工夫した品物だい。どれも良い品物が期間中はお買い得、早い者勝ちでい!」

「鎌に鍬、鋏・大和鍬、どの道具も畿内一と評判の大和鍛冶の一品だよ!」



「やあ、今日はまっこと賑やかだな。祭りか?」

「お侍様。昨日から大和の物産を並べる『やまと祭り』の真っ最中ですよ」


 思わず傍に居た町人らしき者にそう聞いた、若い侍だ。侍の後には同じ様な旅の垢で汚れた二人の侍が珍しそうに見回している。二人は若侍よりさらに若いようで、顔にはまだ少年の趣が残っている。


「やまと祭りか、あの行列は何だ?」

「ありゃあ、酒と汁の列ですよ。今日は山中様のご厚意で一人一杯の酒と汁が振る舞われていますので」


「大和の山中殿が何故?」

「お侍様、今日は山中様が初めて上洛される日です。それで昨日から三日間『大和祭り』が開かれています」


「ふーむ。これら全てが大和の産物か、大和はよほど栄えているのだな・・・」

「はい。山中国は栄えておりますよ。紀伊から大和の間は信じられない程に・・・」


「それ程にか・・我らも山中国を見物に参ろうか」

「左様ですな。折角上方の様子を見に来たのです」

「拙者も賛成です」

 ヒソヒソと相談する彼らは、播磨から上方見物に来た侍たちであった。

そんな彼らに、ピーひゃら・ピーひゃらと賑やかな囃子が聞こえてきた。


「御車が来る。通り過ぎるまで、その場で待て!」


 人々の列の間から滲み出るように兵が出て来て、通りに背を向け人々に向かって左右に並んだ。手には一間ほどの棒を持っている。


(”ごしゃ”って何だ? それに兵がいつの間に・・・)


 兵は人々に紛れ込んで警護していたらしい。だがその数が尋常では無い。通りの左右・一定間隔を置いて並んでいる彼らは数百、だがその両端は見えない・・・皆同じ陣笠・胴丸などを着用した正規兵である。


(播磨にこれ程整った隊はいない・・・)



「さあ、やっとやっとな~、ほい・やっとな、ほい・ほい・ほい!」

 鐘・小太鼓に笛・三味線の道化者一団が賑やかに繰り出した。掛け声を合わせて唄い踊って通り過ぎた。


ブオーオ・ブオーオという法螺貝と、シャン・シャン・シャンという金剛杖の荘厳な音色が続く。


「先導は大峰山の山伏だ!」

「山中隊が来たぞ!!」


 馬に乗った兵は良く見える、すぐに青い戦衣を着た騎馬隊が進んで来て、ゆっくりと通り過ぎる。その後に数台の馬に引かれた荷駄。


「女だ!」


 騎馬隊の半分程、赤い戦衣を来た女武者の隊だ。播磨では見る事が無い女武者、誰もが自信溢れて美しい。全員が左手に短い火縄を持っている。


(そういえば、備前の宇喜多を討ったのは女隊に囲まれた女武将だと聞いた・・・)


「馬車だ、山中様だ!!」


 女隊の後に、四頭の馬に引かれた黒い大きな馬車が進んでくる。中に居る人は見えない。黒金の豪華な塗り馬車だ。


 馬車の後は、黒い戦衣の騎馬隊とやはり馬に引かれた十台ほどの大型の荷車が続いていた。それが通りすぎると、兵の列が人並みに紛れ込んで元の賑やかな大路に戻った。


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