第226話・龍の軍団が駆ける。


永禄七年八月 越前府中


 越前一の剛勇・真柄家が領民ごと国を出た事が知れ渡ると越前は揺れた。


折しも国を二分しての争いの最中で、国人衆の中には真柄の動静でその行方が決すると思っていた者もいたのだ。特に真柄を当てにしていた一乗谷方の動揺は大きかった。


府中から南に走った富樫家の報告でそれを知った敦賀方の盟主・朝倉景鏡は、これを好機とみて攻勢に出た。一乗谷の東に位置する大野郡の兵を動かして一乗谷を牽制すると同時に、自ら三千の兵を率いて敦賀から木の芽峠を越えて進軍した。


これに対して木の芽峠に程近い一乗谷方の杣山城・河合吉統と燧城・魚住景固は城を出て合流、北国街道・南条付近で街道を封鎖して敦賀隊に備えて、一乗谷に援軍を求めた。

その兵数八百であった。


これを受けた一乗谷から重臣の朝倉景連が出陣し、府中の国人衆を集めて二千の軍勢で南下、魚住らと合流した。

一乗谷隊二千八百、敦賀隊三千、拮抗した両勢は対峙して睨み合っていた。




 怒髪天を突く怒りに燃えた上杉隊は、信濃から越中・加賀とまっしぐらに龍の如く駆け抜けて越前に達していた。

 上杉(長尾)家と朝倉家との仲は悪くない。朝倉家は越後に一向宗攻撃の援軍を依頼したこともあり、長尾隊が上京のために二度ほど通過した実績もあった。



「急ぎ上京する。領内通過を許されよ」

と、上杉隊の先兵が駆けてきて一乗谷に伝えた。


「許可する。南条辺りに我が隊が布陣中ゆえ、知らせを出されよ」

と、一乗谷・朝倉景健が許可を与えた。



 かくして南条付近に布陣していた一乗谷隊の総大将・魚住景固にも上杉の伝令が駆け付けた。


「御大将、北から越後・上杉家が急いで上京する故に道を開けて欲しいと、一乗谷には許可を受けた模様で御座りまする」


「ふむ。将軍家の訃報を聞かれての事か・・・」

「左様に思えまする。特に上杉殿は将軍家と親密で御座ったで」

 重臣の朝倉景連も同意した。


「よし。直前で道を開ける故に駆け抜けられよと、南にいる兵は不埒な反乱軍であるから、思う存分に蹴散らされよとお伝えせよ」

「畏まりました!」


 待つ事僅か。その軍団は怒濤の如く見る間に近付いて来た。

 越後の猛将・軍神上杉輝虎が怒りに怒髪天になった軍団である。兵たちも鬼気迫る勢いで一匹の龍の如くたなびいて駆け抜ける恐ろしい隊である。


 街道を封鎖した魚住隊は、越後隊の接近を計っていた。それが通過する直前、大声で命じた。


「道を開けよ!!」


 さっと隊が分かれて街道を開けると、越後隊はその間を当然の様に駆け抜けた。


「敵が突撃して来ます!!」

 その様子は、南に布陣していた敦賀隊からは、敵がいきなり突撃して来たとしか見えなかった。


「迎撃せよ!!」

 朝倉景鏡はそう叫んでから、違和感を覚えた。


(はて?)

 敵が・・・違う、朝倉兵では無い、どこの隊だ、敵の援軍か?

そう訝しむ景鏡の目に『毘』の旗が見えた。・・・越後の軍だ。


「ま・待てぃ。敵では無い、退け・退けい!」


 咄嗟に出したその命令は兵に届いた。

だがそれは最悪のタイミングだった。それで迎撃に出ようとした兵の腰が引けてつんのめったのだ。そこに越後兵が躊躇いなく突っ込んで来た。


 直後、凄まじい衝撃が朝倉景鏡本陣を襲った。本陣は軍の中央・先陣の後、即ち街道の真ん中に置いていたのだ。怒濤の勢いの越後隊は行軍のままの縦列で先陣を蹴散らしさらに本陣を蹂躙して駆け去って行った。


(馬鹿な何故?・・・・・・)

 それが朝倉景鏡の最後の思いだった。この上杉軍の突撃で朝倉景鏡と山崎吉家は討死して敦賀方の朝倉隊は指揮を失った。


「今だ、掛れ!!」


 魚住はこの機を逃さず、総攻撃に掛った。大将を失った敦賀隊は散々に討ち果たされ瞬く間に逃げ去った。


「某と河合は、このまま敦賀を制圧する。景連様には大野郡をお願いする」

「承知した!」


 朝倉隊一乗谷方は、ここで二つに分かれた。魚住・河合隊は上杉軍の後を追いかけるように敦賀に侵攻して制圧した。

 一乗谷にとって返した朝倉景連隊は、一乗谷を牽制していた大野郡の兵を撃破、翌日には朝倉景健隊と合流して大野郡を制圧した。


 ここに南近江の山中隊攻撃から端を発した越前の内乱は終結した。

 朝倉景健を盟主に新たな朝倉家の再興が始まったが、うち続いた戦乱で兵は激減、田畑も荒れて越前朝倉家の威勢は半減した。




 上杉軍は敦賀を抜けて近江路を南下したところで、軍師・宇佐美の進言により朽木で一旦行軍を止めた。

ここで畿内の情報を知ると共に、各地の国人衆に将軍家追討軍の出兵を求めるためだ。

ここは輝虎に取っては馴染みの土地であり、将軍義輝も何度も滞在して居た由緒ある地だ。上杉軍は三好戦に備えて長路駆けてきた体を休めたのだ。



 各地に放った忍びや斥候によって、次々と畿内の状況が判明してくる。


「御屋形様、松永は三好から離脱して河内・飯盛山城を奪い、和泉・堺も松永方になった様で御座る」


「であるか。ならば三好方の支配地は何処だな?」

「淀川沿いの京から摂津までで御座りますな。勝竜寺城・芥川城・高槻城・茨城城・有岡城などがありまする」


「兵数は?」

「掻き集めれば、七・八千かと」


「我が方の援軍は?」

「松永が二千、ここ高島五百・若狭武田も五百、それに播磨別所、元将軍家の近衆らと柳生も五百の兵を出すと」


「ほう。若狭武田は甲斐武田の一族だな、面白いわ。援軍四千五百か、不足は無いな」


「はい、十分で御座りまする。これで三好を畿内から追い出せますな」


「よし。義輝公の無念をはらすのだ」



 実は別所氏と近衆勢以外は、山中家と相談しての出兵だった。松永隊が多いのは戦後の主導権を取るためだ。


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