第222話・織田VS武田 飯田城の戦い。
軍議が終わり明日の総攻撃が決まった。一人になって、何か備えに忘れていることが無いか、と考えを巡らしている時に不意に不安にとらわれた。
何かを見落としている・・・
それは何か・・・
分からぬ。
だが、不安は次第に大きくなる。このままにしてはおけぬ。
「たれかある! 」
「はっ。何か? 」
「佐久間殿と盛次殿を呼べ。今すぐここへ来て貰うように頼め」
「・・・畏まりました」
「柴田殿、お呼びで」
「うむ、どうにも何かを見落としているようで気になるのだ」
「柴田殿もですか。実は某も・・・」
「おお、佐久間殿もか。盛次殿はどうじゃ?」
「某は・・・・・・そうですな。飯田城は出丸を設ける大規模な改修を行なっていた。それは我らの動きを以前から察知していたからです。さすれば何らかの策を講じていることは充分考えられまするな。例えば・・・伏兵ですな」
「そう、それじゃ!」
「さすがは盛次殿だ。某が喉から出かかって出なかった言葉をよくぞ言うてくれたな」
「いえ、お二人のご懸念が無ければ・・・、某はそれに思い至ら無かった未熟を恥じておりまする」
「伏兵を潜ませて城攻めの背後から襲う、ありそうな事じゃ。だとしたらどれ程の数か・・・そもそも敵の総数は?」
「某が探りましたが、敵の数は分かりませなんだ。何より背後と東の二つの城下町が広すぎてそこに兵が居るかどうかは分かりませぬ・・・」
「当初三千と言われていた。そこに敗残兵と他の城からの援軍、少なくとも四千以上はおろう」
「左様ですな。ですが郭の規模からして、本郭・二の郭・出丸は三百から五百で守れよう。三の郭一千としても二千から二千五百で足りますな」
「ならば二千の兵が城外にいて攻城中の我らの背後に現われる。それを想定しておきましょう。某が敵将ならば狙うのは本陣で御座る」
「・・・本陣は四千だ。馬防柵を三方並べて備えればどうだ?」
「馬防柵で敵の足を止めて、数の有利で包み込む。そう備えておれば遅れは取らぬかと」
「同意です。その場合は城内からも打って出ましょう、某はそれに備えまする。そうなると盛次殿の遊軍が生きてきますな」
「とは言っても、敵は一隊とは限らぬ故に、某は状況を見極めまする」
うむ。本陣は冷静に敵の動きを見るとするか、二人に相談して良かった。これで気に掛かるものは無くなったわ。
突き抜けるように青い夏空に、法螺貝の音が吸い込まれて行くと、「トン・トン」と言う単調な攻め太鼓が伊那谷に響き渡った。
織田軍一万一千による飯田城攻めが始まったのだ。
「掛れ!!」
「おおおおおーーー」
飯田城の西側・南側に、梯子や丸太を持った大勢の兵が同時に取り付いた。城からは多数の矢や石塊が降ってくる。それを細竹や板で作った矢除けに囲まれた鉄砲隊が進出して狙い撃つ。
それが功を奏したか、城からの弓矢は徐々にその数を減らしていった。但し投げ落とされる石塊は減らない。拳ほどの石塊が直撃すれば只では済まぬが、取り付く兵は頭上に楯を挙げてそれを凌いでいる。
「今だ、行け!!!」
一刻ほど経った頃、三の丸前面への道を作った可児隊が駆け上がってゆく。
南の遠山隊は半数が山吹郭を占拠して本郭を牽制しており、残り本隊は東側の様子を伺っている。
中央の佐久間隊は出丸に続く掘切の門を炎上させ、攻城道具を持った兵が出丸と二の郭へ取り付いて激しい戦いをしている。
「まだ敵の姿は見えないか?」
「はっ、まだであります」
本陣に二丈(4メートル)ほどの櫓を作って見張らせている。そこからだと飯田城内の様子も少し見える。ここは飯田城とあまり変わらない高さがあるのだ。
「間も無く三の郭の門が破れまする!」
「掘切の門、燃え尽きました!」
うむ、もう一息だな。遊軍の盛次隊は本陣の南で出番を待っている。
「敵です! 北に敵およそ一千、秋山隊です!!」
「よし。引き付けてから手筈通り一千の二隊で挟み込め!」
「はっ!」
その時三の郭から連続した火縄の凄まじい銃撃音がしている。
(ん、止まぬな、可児隊の火縄は百丁の筈だが・・・)
「南から新たな敵! 騎馬隊です、遠山隊に向かいます!」
「騎馬隊か、数は?」
「約三百、遠山隊に当たりまする!」
「盛次隊、騎馬隊に向けて動きました!」
拙い、遠山隊五百では騎馬隊三百に蹂躙される。盛次隊が間に合えば良いが・・・
「迎撃隊、秋山隊に向かいます!」
「掘切から敵およそ五百が打って出ました!」
うむ、ほぼ予想通りの展開だ。将兵に動揺は無い、あとは数にものを言わせて押し込むのみだ。
「もう一隊、秋山隊に突撃する一千兵を用意せよ」
「畏まりました!」
二隊に挟撃されて崩れた秋山隊に留めを刺すのだ。秋山隊を殲滅して秋山虎繁の首を取る。そして一気に飯田城を落とす。
二日後の苗木城 織田信長
ここは良い。尾張より涼しく過し易い上に、ゆったりとした木曽の流れと立ち塞がる秀麗な恵那の山々には心が洗われる様な気が致す。
儂も晩年はこんな所でゆったりと過したいものだ。
「御屋形、飯田の柴田殿よりの伝令が来ました」
「うむ、すぐに通せ」
権六率いる軍が飯田城を総攻めすると聞いた続報だ。今頃は飯田城の改修をしている最中かのう、或いは落とせずに援軍を請うているかも知れぬな。何せ相手は武田家だ。今までの相手とは強さが違う。
「申し上げます。柴田殿率いる一万は先々日、飯田城に攻めかかりました」
「うむ、まず結果を申せ」
「はっ、残念ながら武田の猛攻により落城叶わず。約一千の兵を失い、重傷二百、軽傷五百。現在は反撃に備えて陣地の強化中でありまする」
「なに!! 一千の兵が死んだと。城攻めでどうしてそうなった?」
「はっ、敵将秋山率いる本隊一千が北から、南からは三百の騎馬隊、二の郭から五百の兵が打って出て野戦に及びました。また三の郭に突入した可児隊一千が武田の火縄隊およそ三百の連続撃ちで多数の死傷者が出ました」
「なに、武田が火縄を持っていたか。うむむ・・・」
武田の山猿が火縄を持っているとは思いもよらなかったわ。それも三百も・・、金か、鉱山で採掘した金で火縄を購ったか・・・
「我らが兵は倍以上あった。それで何故負けたな、思わぬ反撃で不意を突かれたか?」
「いいえ。柴田殿方は事前にそれを予想して、遊撃隊に挟撃の隊を複数用意しておりました。・・・ですが敵の力が勝っており、いかんともし難く・・・」
「・・・それで、将に死傷者は?」
「騎馬隊と当たった遠山殿が討死、可児殿も兵を逃がす折手傷を負い申したが軽傷です」
「遠山殿がか・・・」
遠山に嫁いだ叔母上が嘆かれような・・・まだ跡継ぎが無いのだ、織田家より出さねばならぬな。
それにしても敵の動きを予想し倍する兵でも負けたか、やはり武田は強い・・・
「殿、妻籠城より早馬です!」
「猿がどうした!
「はっ、木曽の騎馬隊五百に追い込まれて、命からがら城に逃げ帰ったとの事。至急の援軍を求めておりまする」
「ぬぬぬぬぬ、そっちもか。佐々に五百を率いて向かわせよ!」
「はっ!」
「尾張の林に火縄一千を用意せよと伝えよ。それに兵を掻き集めて寄越せと、それと浅井家に援軍要請を出せ、五千兵を願いたいと!」
「はっ!」
尾張兵は弱い、武器で補うしか無いのだ。それにしても武田の兵の強さは厄介だな。ともかく信玄本隊が来るまで何とかしなければならぬ。
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