第221話・織田家の下伊那攻略。


永禄七年七月 飯田城至近の織田軍陣地 柴田勝家


 我が隊が岩村を出てひと月、村々を掃討しながら下伊那の要衝・飯田城に到達した。

ここまで時間が掛ったのは、下伊那郡の村々を織田領として統治するために織田の法を徹底させていたのだ。今後は兵站を担う土地になって貰わなければいかぬ。


岩村から木の実峠を越えて上村川沿いを三州街道・平谷宿に入った所で軍を二つに分けた。三千の佐久間隊をさらに東進させ天竜川沿いに北に向かわせ、我らは平谷宿から北上して来た。佐久間隊とはここ飯田で合流する予定だ。


 当初国人衆の抵抗はほぼ無かった、どの砦も我隊が近づくとすぐに降伏するか逃げ去った。所詮三十・五十の籠もる小砦で大軍には抗する手は無いだろう。

 だが、飯田に近付くほど抵抗は強くなってきて、阿智の駒場城、茶臼城、そして飯田城の至近にある松尾城などは先発隊と厳しく戦ったようだ。すでに百程の負傷者が出ている。



この辺りから地形は一変して広く大きく開けている。伊那谷というように天竜川を底として両岸が高さを増してゆく地形だ。右岸のここは左側が順次高くなって最終的には数千丈の高山に繋がる、壮大な光景だ。


さて飯田城だ。


 飯田城は河岸段丘に儲けられた舌状の丘にある。幅が三町、長さが五町ほどの土地に、左から三の郭、二の郭、本郭に山吹郭がある。城北一帯は、大きな城下町があり持久戦に強い総構えの城と言える。今回我らの侵攻に備えて、三の郭の一部を掘削して出丸を儲けたようだ。



我らは飯田城の対岸とも言える南北に一段高い土地に布陣して四町先の飯田城を睨んでいる。間には一段下がった広い川底があり幅十間程の川が城の外堀となっている。飯田城を攻めるには城の北にある城下町を進むか、こちらから川を渡り高さ二十五丈(50メートル)の山を登らなければならぬ。

平山城とは言え山城以上の攻め難い難儀な城だ。


「盛次殿、飯田城をどう攻めるな?」


「左様ですな。背後の城下町に入るのは剣呑です。ここは愚直にこちらから攻め寄せるしか御座いますまい・・・」


 佐久間盛次殿は某の義兄で、武芸しか能の無い某のために補佐についてくれている酔狂な御方で、なかなかに頼りになり信頼できるお人よ。


もとより武田軍の主力が到着していない今が攻略の時だ。のんびりと兵糧攻めをしている場合では無い。

 そして城北側の五町にも及ぶ広い城下町は我らに取っては迷路だ。何処に敵が潜んでいるか分からぬし、戦後の統治を考えると焼き払う訳にもいかぬ。


やはりここは正面からの正攻法しかあるまい。数にものを言わせての力攻めになるだろう。


「ならば、佐久間隊が合流次第、攻めるとしよう。某はその準備をする、盛次殿は引き続いて飯田城の弱点を探ってくれ」

「承知」


 側近に命じて大量の木材や竹を集めさせて、矢除けや梯子・馬防柵などあらゆるものを大量に作らせる。それから苗木城の御屋形様に今までの事を報告した。

木曽路を進んだ隊が妻籠城を確保したために、太平街道から飯田峠越えで本隊からの援軍が来られるようになった。そこで本隊は、岩村城から苗木城周辺に移動したのだ。そこなら伊那と木曽両面作戦が可能なのだ。


こぢんまりとした岩山の苗木城を御屋形様は大層気に入ったようだ。涼しくて見晴らしが良いとご機嫌だそうだ。

 たしかに伊那は、尾張よりも随分と過し易いな。真夏の今でも昼間はさらりとした気候で朝晩は寒いくらいだ。



 佐久間隊が合流してきたのは三日後だ。彼らも兵の損失は少なく、逆に国人衆の兵が三百ほど増えていた。早速、本陣で飯田城攻略の軍議を開いた。


「佐久間殿、ご苦労であったな。村々の統制に問題があったか?」

「いいえ、何の苦労もありませぬ。村々も特に問題は御座らぬ」


「さて飯田城だが、御屋形様も信玄坊の主力がいない今が絶好の攻略機会、一気に攻め落とせと仰せだ。そこで各々が思う策を忌憚なく申せ」


「まずは、某が探った飯田城の縄張りです。城は西より三の郭・二の郭・本郭に山吹郭があり、城の北側一帯は迷路の様な城下町で踏み込むのは危険でござる。城方は我らの侵攻に対して、三の郭の一部を掘削して新たに出丸を儲けており申す。この出丸は武田家特有のもので、極めて強固かつ攻撃的な縄張りと見ております」


 盛次殿が地面に絵を書いて説明している。出丸と二の郭は複雑な虎口で繋がり、幾重にも折れ曲がった深い掘切には城外に通じる道があり、追撃隊の出陣路になっている。


「これは厄介ですな・・・」


 いつも強気の佐久間殿も頭を捻る。新設の折れ曲がった虎口が高地から見てもその全貌が分からぬために、城内の進路や罠を想像出来ないのだ。出丸と二の丸の間は折れ曲がった深い掘切で、その掘切にも門が設けられ侵入を阻んでいる。

おそらくここは出撃口だ。機をみてここから騎馬隊が怒濤の如く出撃して来る様子を想像できた。


「遠山殿、武田騎馬隊は飯田城におるか?」

「騎馬隊で名が売れた山形・朝日・跡部・小山田の将は常駐しておりませぬし、此度の援軍として入っているかは分かり申さぬ。ですが秋山殿配下にも百程の騎馬隊は御座る」


「・・・左様か、百の武田騎馬隊とはどのようなものか?」

「某は実際に見た事はありませぬが、騎馬隊はここぞと言うときに出て来るようで百の騎馬隊は軍を割り、二百の騎馬隊は四散させ、三百の騎馬隊は踏み潰すと言われており申す」


「・・・・・・」


 某の想像はあっておったな。三百の騎馬隊は踏み潰すか、恐ろしいな・・・


「秋山虎繁殿とはどういうお方じゃ」

「武田家の重臣、偉丈夫で容姿端麗な上に、戦巧者で堅実な守りと果敢な攻撃をされるお方で御座る」


「ふむ、敵にするのに不足は無いな・・・。それで盛次殿、飯田城に弱点はありましたか?」


「はっ。出丸以降の郭は強固ですが、三の郭は物資の保管や調練や治政の用途で縄張りは単調で守りは薄く、山吹郭はここにあった神社を移転したもので土塁のみの郭とも言えぬものです。防御を固めた城と言えるのは出丸・二の丸と本丸だけと見ました」


「ならば、攻めどころは三の丸と出丸掘切、そして山吹郭か。しかし三の丸の防御が薄いのは腑に落ちぬ。罠では無いのか?」

「かも知れませぬ・・・」


「佐久間殿はどう思うか?」

「はっ。罠で有ろうと無かろうとここは弱い所から攻略するしかありますまい。三の郭を落とせば敵の兵站は破綻します」


「だが我らにあまり時間が無いのだぞ。兵站を潰しても、敵の主力軍が来たならばどうするか?」


「敵の主力は、我らの本隊に任せるしか御座いますまい。本隊も戦のために参ったので御座る。木曽川で川遊びするために来たのでは無かろう」


「・・・では、三隊での同時攻撃とする。可児殿は千兵で三の郭前面に進出して欲しい。南から山吹郭と本郭を遠山殿が千兵で、本郭は牽制だけで良い。

中央で出丸と二の郭を佐久間隊三千で、盛次隊一千は遊軍とする、本陣は四千だ。鉄砲隊は前線で敵の弓兵を狙わせる、佐久間隊と可児隊に百丁ずつだ」


「この編成に、意見はあるか?」


「・・・良きご思案かと」

「御座いませぬ」


「信玄殿の主力が来るまえに何としても落としたい。よって多少の被害が出ようとも、昼夜を問わずがむしゃらに攻め続けるつもりである。よいな」

「「ははっ」」


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