第217話・甲斐・武田家のお買い上げ。



永禄七年五月 清水湊 山中勇三郎


 既に五月だ。神奈川湊の態勢もほぼ出来た。なにせ普請に慣れた兵二百ほどが毎日動くのだ。材料さえあれば建物などすぐに出来る。

 熊野屋・神奈川店の隣に北条家が建物を普請した。江雪斉殿など北条家重臣が滞留する建物で、そこに宗智が招かれて入っている。要は山中家大使の様な扱いを受けている。北条家としても色々と山中家の事や畿内の事を知りたいらしい。

 ということで宗智を神奈川湊に残してきた。まあ常に船が動いているので、帰りたいときに帰ったら良いと言ってある。


 どうやら江雪斉殿と宗智はかなり気が合ったらしい。宗智には何でも話して良いと言ってある。大使の知識として必要と思えることはその時に伝えてある。   その二人の話を雨宮主水という男が良く聞きに来るらしい。


 雨宮は川越辺りの国人らしいが、川越城の戦い前後に一族総出で北条家に仕えたという。この雨宮はおそらく後に風間衆と呼ばれる集団の頭であろう。北条家の乱派・素波を率いる男だ。俺は風貌を見てそう直感したわ。



「殿、ようこそお戻りで」


「うむ。慣れぬ土地で苦労かけるな、三雲」

「いえ、某が望んだ事で御座る」


「状況は掴めたか?」

「はい。殿の言われたように、町に流れる話だけを集めておりますが」


「それで良い。当事者では無いから詳しい話はいらぬ」

「では遠江から。国人衆で松平に鞍替えするものが出始めて、三河勢が優勢になりつつあるようです。ただ武具の揃った朝比奈勢も息盛んで押しつ戻りつといった攻防をしております。懸念があるとすれば三河勢の物量で御座いますか」


「・・・うむ。今の三河は厳しいな。貧しい上に戦乱続き、しかも一向宗の力が強い。物資の面では、元康殿はさぞ苦労しているだろうな」

「そのようです。某もいかに近江が恵まれていたかを痛感しておりまする」


「甲斐はどうだ?」

「はい、武田は甲相駿同盟と越後との戦が小休止しており、その目は西へと向いております。ところがそこには大国の織田がいて、この対応を模索中だと思われまする」


「うん。甲斐と信濃を手に入れた武田、尾張を統一して美濃の一部を手に入れた織田とは領国の石高が拮抗している。ぶつかれば双方とも難しい戦いになろう」


「左様で御座りますな。殿はどう見ておられるな?」


「兵の強さでは武田がはっきりと上だ。だが織田には港があり商いが盛んで銭がある。その上に松平・浅井という同盟国がある織田が有利だが、しばらくは水面下での争いとなるだろう」


「で、御座いますな。今ここの熊野屋に武田の商人が来ております。武田も織田の有利を知っているようで」


「武田は何を欲しているな?」

「火縄と火薬ですな。どうやら大将の思惑通りのようで」


「ふふふ」


 貧しい甲斐は、積極的に金山開発を行なって食い物を得た。それで穀物庫である信濃を得た今は、採鉱した金銀は武器を購う為に使う。

 そこに山中国がはいる。武器を売り金銀を回収して硬貨を作る。そこには莫大な利が二重にあるのだ。


すでに安価な足軽防具・武器組も数千単位で出ている。売れれば売れるほど均一で安価な品物が出来、技術も利益も上がる。諸国が気付いた時には、その技術の差は広がり自ら作るという選択肢が無くなっているかも。


 例えば、火縄銃の銃身の鋳造品も試作は完了している。試行錯誤の末に硬い鉄の精製が出来る様になったお蔭だ。まだ火縄銃は量産していないが(二連装短筒は別)、その為の工夫は色々としている。量産するようになれば今までの十倍の速度で出来るだろう。


「愛洲丸に火縄を積んでいる、太田丸は両替をすると長右衞門に伝えてくれ。他の大名家同様に武田家に対しても商いをするとな」

「承知」


 高価な火縄銃の保管や両替は船でしか行なわない。陸地の店に置いて置けば防犯上の問題があるからだ。店では数十人の兵で襲われたのならば防げぬからな。



「甲斐から来ました甲州屋で御座います。熊野屋様で火縄銃を入手出来ると聞いて、出張って参りました」


「甲州屋様、遠路お出で頂き、ありがとう御座いまする。はい、たしかにこの船で火縄を扱っておりまする。こちらに見本が御座います」


「ふむ、間違いの無い品です。これを三百丁ほど欲しい、取り扱いの指導は受けられますか?」


「勿論です。熊野屋の船には、砲術の宗家・津田様から学んだ鉄砲隊が乗っておりまする」



 甲斐から来た甲州屋は、無論武田家の意向を受けている御用商人だ。火縄三百丁と鉄砲玉と火薬を大量に購ってくれた。値は値下げして二万貫文(10億円)にした、それでも大金だ。


全てが金での支払いだ。武田家には金山がある、それが軍費を賄っているのだ。さらに金銀銅の両替も受けた。金銀の積み荷を多くの兵士が護衛して来ている。これも甲相駿三国同盟有って出来る事だ。

火縄銃の指南は三枝という武士ら五人にみっちりと行なった。勘所さえ掴めばそう難しいものでは無い。彼らが帰国して武田鉄砲隊を作るのだ。


さて、織田家はこの事実を探れるかどうかで緒戦の勝敗が決まると言っても過言では無い。武田に火縄銃が無いと思って掛かればひどい目に合うだろう。


 ちなみに北条家は火縄百丁・八千貫文のお買い上げだ。華隊が持っていた二連装短筒に興味を持っていたが「あれは女用に特別に作ったもので御座る」と言って断ったのだ。あれは当分売らない。

機動力抜群のあれを他国が持っているのは、ちとヤバイからな。



 さて、そろそろ我らも帰港だな。残った品物は全て清水店に運んで、出港準備が整った。

畿内に戻るのは、実はちょっと気が重い・・・・・・


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