第216話・氏虎、押し切られる。

 堀内船団は紀湊に帰り次第、大隅・志布志湊に向けて出港するだろう。


 志布志城の肝付兼続(きもつき かねつぐ)殿はお得意様であり、稀に見る好漢で氏虎とも相通じるものがあることは知っている。

 肝付家と争っている薩摩は、作物のあまり採れない土地柄で貧しく、他国を侵略して飢えを凌いでいるような国だ。そのせいか兵は強く凶暴だ。


これは甲斐と良く似ている。

だが甲斐は周囲を他国に囲まれている。しかも、よりによってその全てが豊かな国ときている。

甲斐国にとってはどの方向でも侵略したい放題とも言えるが、それは同時に隙を見せれば背後から襲われることになるということだ。よって常に全方位に気を使う必要があり、自然と外交手段も発達している。


 ところが島津は半島の先っぽだ。

三方を海に囲まれ背後に敵がいない。それ故に目の前の他国を怒濤の如く一目散に襲うのだ。この地勢的条件が薩摩人の気質を作っている。いわゆる”ぼっけもん”だ。

おまけに島津貴久の四人の子は極めて優秀で、結束も固い。今はまだ小国だが、ある程度の領国を得ると一気に九州を席捲するだろう。


 山中家としては九州には博多湊や豊前の領地もあるし、肝付家・伊東家はお得意様だ。すぐに滅亡するのは避けたいのだ。かといって軍事介入するのも憚れる。


となれば商いで支援するしか無い。それで伊東水軍には虎の子の熊野丸を供給する事にしたのだ。肝付家にも水軍はあるが経済規模が小さくて買えないとみた。それに対して伊東家は、なかなかに豊かな日向国を制圧していて、日向灘から四国まで力を及ぼす強力な水軍を持っている。


この同盟した両家に熊野屋が商いで支援すれば、しばらくは国土を防衛できるのではないだろうか。

 熊野屋はお得意様を大事にするのだ。


 それにしても肝付殿に対する好意をさらけ出せる氏虎が羨ましいわ・・・




大隅・志布志港 堀内氏虎


 志布志湊は兵を乗せた水軍の船が並び、張り詰めた戦の空気に包まれていた。

 庵木瓜(いおりもっこう)の旗・日向伊東水軍も来ておる。島津との戦いが近いのだ。


 (間に合ったか・・・)


「熊野屋、氏虎どの、待っておったぞ!!」


 ありゃあ、マジか。岸から聞こえる馬鹿でかい声は兼続どのじゃ。おん大将のくせにまっこと身が軽いのお・・・


「待たせたのう、兼続どの。関東まで出張っておって遅れたわ!」


「なんと関東とは、それに湊にいる水軍より大世帯で来るとは。さすがは山中水軍じゃ!」


「「ぐわっはっはっは」」


関東からの帰路に熊野に寄って、九鬼嘉隆に調練船・熊野丸二号船を売却する意向を話すと、


「ならば、調練兵に操船させながらついて行きましょう。大隅まで航走すれば、此度の調練兵の調練が仕上がりまする」と二号船・三号船で我らの船団に随伴してきたのだ。


 それで熊野丸が五隻の船団という、商いの割には大袈裟な船団になっているのだ。二隻に乗船している調練兵は、紀湊での荷積みから始まって急ぎ旅ながら航走中の砲術調練も行い、既にいっぱしの水夫となっておる。



「紹介しよう。こちらが伊東水軍を率いてこられた伊東虎祐どのじゃ」


 若いが覇気があるこの青年が、伊東家の御曹司だろう。嫡男を寄越すとは伊東氏も此度の戦いを重視しているのだ。

 しかし虎か、他人に思えぬのう・・・


「熊野屋の商いで参った山中水軍の堀内氏虎で御座る」

「ご高名は聞き及んで御座います。若輩者ですが宜しくお願い申しまする」


「相解った。早速じゃが虎祐どの、わが大将は伊東水軍にあの船を譲っても良い言われておるが、如何じゃ?」


「山中水軍の船を・・・大砲も込みで御座るか?」

「左様」


「おお、それは良い。あの船ならば薩摩水軍を蹴散らすことが出来よう、山中殿は太っ腹じゃ!!」


「・・・いかほどで御座るか?」


「うむ、新船ならば一万貫文じゃが・・・あの船は二年ほど運用しておって、砲もやや古いで五千でどうか?」


「五千(2.5億円)で御座るか。父に聞いてみないと・・・」


 うむ、それはそうだがな・・・


「ならば、儂が買おう!」


「えっ・・・」


「氏虎どの、あの船を肝付に譲ってくれぬか!」


「それは・・・」


「と言っても、一度では払いきれぬ。今半分、残りは分割でどうじゃ!」


「お・おう・・・」


「良いのじゃな、さすがは持つべきものは友だ!」


 ・・・まあ良かろう。殿はきっと肝付家では購えないと思われたのだ。それで伊東水軍だ、熊野丸を売っても良いと思われたのは、肝付方に負けてほしくないからだ。

 たぶん・・・


「お待ち下され。某にも譲って下され。あの船が加われば伊東水軍の力が倍増します。例え父が反対しようとも某が責任を持ってお払い致しまする。もっとも一度では無理かも知れませぬが・・・」


「う・うむ・・・」


 大将から指示されたのは、熊野丸一隻だけだ。だが売り物の熊野丸は二隻あるのだ。二隻とも売っても構わぬだろう・・・たぶん。


 ・・・にしても、二隻とも一回で支払って貰えない気配だ・・・


 ・・・・・・まあ、いっか。




肝付・伊東両水軍に操船と砲術を指導して三日め。夕食の時がその日あった事などを話す時間だ。


「操船の調練はどうだな?」


「やはり帆の扱いで苦労しています」

「あと三日の指導で、後は乗り慣れるというところですかな」


 両水軍に操船の指導をしているのは、九鬼嘉隆と有馬氏善だ。我らも通った道で、経験を積むほかに操船に熟練する手は無い。


ちなみに有馬氏善は儂の弟で、嘉隆の元で造船管理や操船指導の修業をしている。

それで今回は熊野丸三号船を指揮して随伴して来たのだ。儂と違って氏善は手先が器用で、戦いより内政や物作りに向いているようだ。熊野に努めているのは氏善が自らの希望したことだ。



「砲術はどうだな?」


「こっちは、もう教える事は無えな」

「そうだ。後は彼らが他の者に教えれば良い」


 砲術の指導をしているのは、後藤と鵜殿だ。一門五名、両水軍三組を指導していた。あとは各船十二組の砲術担当を選び鍛えれば良い。


「それで島津水軍の船に遅れをとらないな?」

「無論でさ。島津のは大砲の性能からして違いまさあ」


 実は南蛮船が帰港する島津水軍にも大砲を備えた船がある。それは蘭国から購った六門の大砲を安宅船に装備しているという。

その船は、一時・猛威を振るった坊津海賊の船だったが、永禄五年の倭寇同士の争いで頭の島津尚久が死に、島津水軍に吸収されたらしい。


 この大砲は我々が購った大砲より古い、と蘭国の者に聞いている。彼らより新しい大砲を倍の十二門搭載する熊野丸で戦えば勝てる・・・筈だ。



「氏虎どの、伊東家は伊東義祐殿が隠退して虎祐どのが家督を継いでいるようですが、実権はまだ義祐殿が握っていると・・・」


 操船指導で伊東水軍と行動を共にしている九鬼嘉隆が、晩酌を傾けながら言う。そういう事情を知ることも大事なことだ。


「ふむ、ややこしい事だな・・・」

「どうやら義祐殿は、幼き頃から身内の裏切りなどを重ねて容易に人を信じることが出来ぬようで」


「虎祐どのに難儀が降りかからねば良いがのう・・・」

「左様ですな・・・」



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