第215話・愉快な氏虎と憂鬱な大将。


武蔵 神奈川湊 堀内氏虎


 むふふ、むふふ、うう・・もう堪らん!


「ぐはっはっはっは」と思わず大声で笑ってしまった。


「殿、如何致した?」

「遂に、呆けられたか?」


「おう、先日の里見のことを思いだしてな。どうにも愉快で堪らんわ」


「そうじゃ、あれは愉快でしたな」

「近年稀に見る愉快さじゃった!」



 神奈川湊の大将の元に、白雲という僧が訪れた。栄山坊が案内してきた里見義堯からの使者だ。熊野屋に里見領で商いをしてくれるようにお願いされたのだ。

全ては大将の指図で栄山坊が動いた成果だ。


「委細承知した。すぐにも船団を向かわせよう。御坊はここで暫く休まれると良い。宗智どの案内を頼む」


「畏まりました。白雲殿、どうぞこちらへ」

といって、御坊を宗智どのに預けた。


「氏虎、照算と安房に行ってくれ。そこで白雲殿が言われるように山中船が宝船だと知った海賊衆が襲わぬとも限らぬで、小田原で行なったような砲撃を派手に行なってくれ。それが何より里見家のためになるのだからな」


「承知!!」


 儂は大喜びして安房に向かった。大和砲を派手にぶっ放して海賊を震え上がらせてやるわいと意気揚々だった。

 実際に里見もそれを望んでいた。もし海賊衆が熊野屋に手を出したらどうなるかは栄山坊が丁寧に話していたとみえる。



 照算が里見義堯に謁見して商談をした。

里見家に対しては、しばらくは店を持たず船での商いをする方針を伝えるとその場所を指定して来たらしい。そこは六里ほど南の鏡ヶ浦湾だ。里見の本拠地は半島の先にありそこは商いも盛んで商人も多いらしい。


 さて砲撃だ。


 的は浜に引き上げられた廃船とその高台にある小屋だ。どうやら里見は噂の勝浦・奥津城砲撃を検証してみようというつもりだ。


 望むところだ。見せてやるわい。

 見たところで、算長どのらが工夫を重ねている火砲工房の真似が出来る訳が無いからのう。

 熊野丸を先頭に湾外を回りこんで的の沖合いを目指した、縮帆して速度を落とした。海賊衆がみている前で砲撃を開始した。

 四丁(440メートル)程の距離だ。弓も火縄も届かない距離だが、大和砲に取っては水平砲撃で届く至近距離だ。何せ新型大和砲の射程は一里以上もあるのだ、的を目視出来ないし当たる筈も無い距離だ。


 二隻の熊野丸の左舷砲六門が船首から順番に火を噴いた。廃船に大穴が空きバラバラに崩れて木片と化して浜に幾つもの大穴が開いた。

 体を突き飛ばすような衝撃で大和砲十二門が放たれると、高台の廃屋は瞬く間に崩れて木っ端微塵になり、残る砲が小屋のあった周囲の木をなぎ倒した。


 あの時の海賊どもの魂の抜かれた様な顔を今でも思い出すわい。


「ぐわっはっはっは。」



「殿、まことに愉快でしたな」

「そうよ。あんな愉快な事は滅多に無えぞ」

「まさしく」


「「「 ぐわっはっはっは 」」」



「ところで殿、大将の様子が妙ですな」

「うむ、何か思い詰めておられるようだ・・・・・・」


 大将はこの十日余りも船に閉じ籠もっておられる。熊野丸の甲板では商いをしていて、乗組員の半数ほどは陸地に降りて店の建物や蔵などを造作している。

 それでも二百人からの普請に慣れた兵だ。あっという間に整地や塀を作り、木材の刻みも順調に進んでいる。華隊も半分ほど降りて働き、そのいなせな姿がひと目を引いている。


 ところが祭りが好きな大将は、一人船に引き籠もったままだ。

夜中には甲板で刀を振ったりするそうだ。その鬼気迫る勢いに誰も近づけぬらしい。儂でもお相手をするのは恐ろしいからな。

とにかく大将は、何事か悩んでおられる・・・だが先見の目を持つ大将の悩みに、某なんぞに出番は無い・・・


 店に隣接した土地に、北条家が普請をしている。そこに山中家に入って欲しいそうだ。これはあれだな、紀湊にある各国の者がいる大将曰く大使館みたいなものだな。北条家がそれを普請してくれるとは・・・やっぱ大砲が効いたようだの。

 むふふ、



 照算の船団は商い旅で北へ向かった。だが、四隻態勢ではどうにも船が足りぬようだ。道具や武具も売れるが、北に行くほど金銀の両替が多いと言う。どうやら北は豊富な金銀の産地らしい。

そこで里見との対話が成って廻船の安全を得た大将は、追加の非武装船三隻の派遣を決められた。それで南廻り廻船も七隻態勢になる。非武装船と武装船の二隻組で動けば効率が良いし、安全でもある。

その熊野丸が来れば交替に我らは帰港する。それまで江戸湾と勝浦拠点を往復して廻船の安全を確かめていた。里見水軍の船がいれば近付いたりもしたが怪しい感じは無かった。



「大将、熊野丸が来ましたで!」

「来たか!!」


 熊野屋の旗を高々と揚げた熊野丸一隻が神奈川湊に入って来た。本来は勝浦拠点に入る筈が一隻だけこちらに来たのは、大将に報告があるのだろう。


「よし、儂も大将の元に参る」

「いってら!」



「まず、京の情勢に変化は無い。もっともこれは嵐の前の静けさに近い不穏な状況だと思っても良い」


 大和丸の司令室に集った面々の前で、大将が紀湊からの書状を呼んでいる。集っているのは杉吉殿・扶養・愛州・太田の船長と華隊からお滝と楓、それに儂と栄山坊の八名だ。


「若狭・国吉城を攻撃した朝倉隊は、落とす事無く撤退した。粟屋はなかなかやるな。だが越前は一波乱あるだろう」


 朝倉は十倍の兵力で孤立した城一つ落とせなかったのか・・・


「毛利は月山富田城を孤立させるべく支城を攻略している。海上も水軍によって封鎖し、国人衆も尼子を見限る者が出て来ている。だが、元就殿も執念だな・・・」


 まさに、今回の攻略は長い、元就殿の執念としか言えぬな。空恐ろしいものがあるわ。


「博多・阿納尻・東予・備前にも問題は起こっていない。だが、九州南部では肝付殿が島津と苦戦中で、山中製の武具を欲していると伊東の商船が言っているそうだ」


「肝付殿が・・・大将、某に行かせて下され」


 志布志城下で肝付良続殿と語らった事は、良い思い出じゃ。その肝付殿が苦戦しているのならば、手助けしたい。


「それは構わぬが、戦に手出しは無用だぞ」

「分かっており申す。ですが個人的には肝付殿を死なしたくは無い」


「ふうむ・・・」


 大将は儂の顔をじっと見ている。強い眼の力を感じる。だがここは、顔を逸らしてはならぬ。


「・・・・・・」


 長え・・・ひょっとして大将怒ったのか?

 儂は大将を怒らしてまで行く気は無い。たしかに目前で戦を見て、肝付氏が危うくなったら手出しをせぬ自信は無い・・・山中家は第三者の戦に関わらぬ事が基本だ。うむ、駄目なら諦めるぞ。


「・・・ふむ、ならば熊野丸の二か三番船を連れて行け。それを伊東水軍が望むのなら格安で売っても良い」

「ま・まことですか?」


「まことだ。火縄銃も格安で売っても良いぞ。但し戦に手を出すなよ」


 装備(大砲)の古い熊野丸の二番船・三番船は、日置湊や熊野城で操船訓練に使用している。

一番船は既に羽前・安東氏に売却した。それが武装船を売却した唯一の例だった。武装船の売却は慎重で無ければならぬ。敵対勢力に渡れば自軍に大被害を及ぼすからだ。

それを大将は九州の伊東水軍にも売却しても良いと言われたのだ。


 言うまでも無く伊東家は肝付家と同盟を結んでいる大名だ。四国・九州に覇を唱える水軍力もある。その伊東が肝付の援護に出れば、島津も躊躇するのは確実だろう。


「ご配慮忝し。某、早速帰港致し、志布志湊に向かいまする」



「うむ・・・」


「・・・何かまだ御座りまするか?」


「ついでにな、淡路の海賊衆に酒を届けよ。いやなに、弁才船を出せば良い、山中家からの気持ちだと言ってな・・・」


「承知致した。ではこれより急ぎ帰港致しまする」




「氏虎、」

「はっ? 」


 立ち去り掛けたところに声が掛った。大将は何やら苦渋の表情だ。


「い・いや、良い。気を付けて参れよ」

「はっ・・・」


 大将の様子が変だ。こんな歯切れの悪い大将は初めてだ、

いったいどうされたというのだ・・・・・・・・・


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