第214話・北条家の諜報網。
数日後の相模 小田原城 北条氏康
「雨宮、山中をどう見たな?」
「はい、噂以上の恐るべき手練れです。その上に某の正体に気付いておるようで」
雨宮主水正は最近雇った乱派衆や忍びの者を束ねる頭だ。各地の情報に通じて腕も立つ故に、儂の護衛を兼ねて身の回りにおいて使っている。なかなか見識も広くて重宝する男じゃ。
先日の山中の船見学にも雨宮も同道していたのだ。それにしても山中が最近雇った雨宮の事を知っておるとは不可解じゃ。
まあ、雨宮主水正は頭ひとつ高い偉丈夫で目立つ男だからな。川越の戦いでの勝利は雨宮の情報のお蔭でもある。
「どんな噂を聞いている?」
「山中の名前が広まったのは南都興福寺を傘下にした四年ほど前で、以降は帝に命じられて銭を造り、大和・紀伊・北勢・備前・豊後などに一気に領地を拡げたようです。山中は特に商いの発展に心を注ぎ、道を拡げ関を無くし湊を作り大船を建造して驀進しておると・・・」
四年ほど前か・・・、上杉勢が大挙して押しかけて来て籠城した年だな。山中が畿内で頭角を現わしてきたのは、その時期なのか、思ったよりつい最近だな・・・
「それで領国の石高は、どれぐらいなのだ?」
「それが二百万石は超えているだろうと聞きますが、飛び地が多くしかとは解りませぬ」
「しかとは分からぬのに、二百万以上の石高があるのか、しかも畿内で・・・思った以上に恐るべき勢力だな」
北条は関東一円に勢力を張っているが、直轄地は伊豆・相模・武蔵と下野の一部で五十万石ほどだ。それに先日の戦いで安房と上総の二十万石ほどが加わったがまだ不安定な状況だ、今年の年貢が得られるかどうかは解らぬ。
「いいえ、山中が恐ろしいのは領国の大きさだけではありませぬ。発展させた商いで上がる利はそれを遥かに上回ると。例えば越後が強いのはそこです。北の海では蝦夷との廻船が盛んで、大きな湊が二つもある上杉領には莫大な銭が入ります」
「湊か・・・と言うことは、熊野屋の動きは今後の我らに大きな利をもたらすかも知れぬな」
「左様で御座ります。そして山中の船であれば里見も手を出せますまい。事実、山中水軍の船が、安房の佐貫城の海上で大砲を撃ち放ったという情報がありまする」
「我ら同様、里見を威嚇したか・・・」
「はい。熊野屋は里見とも商いをする模様です」
「うむ、良い武器が里見にも渡るか、商いに敵味方は関係無いと言う事だな・・・止められまいな」
「止められませぬ。ですが里見にどれ程の銭があるかです。数打ちの足軽組などを手に入れても、大砲などという大物の武器を購うことは叶いませぬかと」
熊野屋はあの船や大砲も商品だという。だが山中殿は当分の間・関東ではそれを売らぬと言っていた。
それで一安心だ。
ちなみにあの武装した大和丸一隻の値は、十万貫文(50億円)ほどだという。それを聞いた時には不覚にも目が眩んだわ。今の北条で購うには高価すぎる、里見には到底出せまい。
「ところで雨宮、そのような貴重な話を短期間で・・・どこで仕入れてきたな?」
「ほい、神奈川湊の江雪斉殿で。宗智殿と毎日会って話しをしているとかで、色々と山中家の話を聞き込んでおりもうす」
「なるほど」
思いつかなんだわ。江雪斉は山中家との折衝役で神奈川湊に行って貰った。熊野屋には湊の傍の広い土地を与えて、今は建物を建造中だ。宗智殿とは立場の似た僧どうしで気が会ったのだろう。
宗智殿、元は近江六角家の重臣だったと聞く。それ故に見識も深く都の話も詳しくて畿内の話を聞くのには持って来いのお方だろう。
「ところで殿、これは我らが足で稼いだ情報でやすが・・・」
「言ってみよ」
「駿河の熊野屋から多くの行商人が遠江や甲斐に入っているようで御座る」
「・・・忍びか?」
「左様。山中家には多くの忍び衆がいるようで」
「・・・商いの為にか」
「おそらくは」
「・・・・・・」
「・・・」
「山中忍びは、関東にも入っているか?」
「いいえ」
「入っていない?」
「全く」
「何故じゃ?」
「宗智殿曰く、関東の情勢など探らずとも自然に現われる、と山中様が言われたと」
「・・・」
「・・・」
「その山中殿は、まだ神奈川湊か?」
「はい、船に閉じ籠もったままで・・・」
「閉じ籠もったまま?」
「はい、病などではないようですが、引きこもったまま十日以上も船から出られぬようで、家臣らもやきもきして御座る」
「・・・?」
「・・・」
うむむ、分からぬ。聞けば聞くほど何故かという疑問が出てくる。
山中殿は実に難解じゃ・・・
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