第213話・安房・里見氏。
永禄七年四月 佐貫城 里見義堯
北条に押し込まれている。
上総の殆どを失い、大喜多城の正木時忠も降伏した。辛うじて安房西部に兵力を集中させて一帯を確保した。北条に奪われていた久留里城も奪取して我が軍の東の拠点とした。
儂は海岸沿いの佐貫城に移った。水軍と連携するのは内陸の城よりこのような城が良い。勝浦湊が山中に奪取されたとき、江戸湾口におった正木水軍の殆どは正木が降伏してもそのまま我らの下にいる。故に海上では我らの方が圧倒している。江戸湾を支配しているのは我らなのだ。
北条は大喜多城を落としたところで停滞している。精鋭を連れた義弘が水軍と連携して長く伸びた北条の補給を絶ち、水陸両方からの奇襲を繰り返しているからだ。
しかし、山中だ。
山中は商いに来ている。駿府から常陸まで進出している様だ。勝浦が攻められたのは、先年山中の商船を略奪しようとしたからだと聞く。
その力は圧倒的で体の震えが止まらなかったと逃げて来た正木衆が話していた。すぐに山中の船には手を出すなと厳命した。今、山中水軍を相手にすれば、水軍壊滅、里見には滅亡しか無い。
そして山中は最近、神奈川湊にも進出したようだ。その前に小田原を訪ねて氏康に大砲を撃って見せたとか・・・神奈川湊では熊野屋に格別の待遇をしていると言う。遥か南蛮まで出向いて交易を行なっているという山中の力を北条も知ったのだろう。
儂も沖合を行く山中の大船団を見て悟ったわ。あれは我らが相手できる水軍では無いとな。手を出せば勝浦の二の舞になるのは確実だ。
ともかく触らぬ神に祟り無しだ。
「殿、白雲和尚がお見えです」
「む、白雲和尚がわざわざお見えと?」
「はい、栄山様という御坊を連れておられます」
「・・・お通しせよ」
白雲和尚は里見家の菩提寺・杖珠院の住持だ。杖珠院は半島の岬・白浜の地にある。そこが里見家発祥の地なのだ。その南から遠路遙々来られたのは、その御坊の要請か、何者だろう・・・
「義堯どの、忙しいところを済まぬな」
「和尚、暫くぶりで御座る。お元気なようで何よりで御座る」
「うん、お蔭で呑気に暮らしておるわ。さて、このお方は紀州・根来寺七十万石を開放なされた栄山と申される御坊だ。そなたに会いたいと言われるので連れて参った」
「紀州・根来寺の坊様・・・山中殿の御使者で御座るか?」
「左様、栄山実颯と申す。なお拙僧は根来寺の僧では無い、偶々根来寺の座主・禅介と昔馴染みであったのだ。今では厄介事から解放された禅介坊は、大悟を得て本物の大僧正となっておる。振り返って拙僧は、今だ雑念の絶えぬ世の中で足掻いている未熟者で御座る。ふあっはっは」
「さようで・・・・・・」
「義堯どの、栄山殿は大和の国人衆で、その昔・鎧をまとって山中隊に挑んだ武者でもあるのじゃ。運良く戦う事無く済んだようじゃがの。故に強敵が現われた時の気持ちは重々知っておられる。そういう御坊に、そなたの悩みを打ち明けてみなされ」
「・・・左様ですな。我ら北条と交戦中、水陸で協調してようやく敵勢を食い止めており申す。そこに山中の大船団で御座る。対応に苦慮致しており申す・・・」
うむ、何故か儂が御坊に相談しているような雰囲気になっておる。だが、口に出しておのれの杞憂が始めて分かったような気が致す・・・・・・
「如何じゃ、栄山殿?」
「ふむ、山中国は商いに来ておる。船や店に害がなければ争い事は起こさぬだろう。だが、水軍が割拠する海では安心が出来ぬゆえに先制攻撃も無いとは言えぬし、積んでいるのは金銀や銭、それに高価な品だ。海賊どもが下心を出して襲うかも知れぬ・・・」
「金銀を積んでおりますか?」
「左様。山中殿は帝から依頼された鋳銭司だ。それで金貨銀貨を造り世の中に広めておる。各地で硬貨に両替した金銀は本国に運んで硬貨の材料としている」
「帝、鋳銭司でござるか・・・」
儂には考えの付かなかった世界だ。山中銭は知っておるし、持ってもおる。あれはたしかに便利で価値のある物だ。革命だと言っても良い。
そうか、あの銭を造っているのが山中国か、それであの強力な武装船を運用しているのか。
なるほど、さにあらん。
「栄山御坊、我らは山中の船に手出しするつもりは無い。もし邪な考えで襲う者があれば遠慮無く駆逐して下され。里見の水軍であろうともだ、それに関して里見家は一切手を出さぬし、文句も無い」
「ふむ、お気持ちは理解致した。だがそう上手く事が運ぶとは限らぬ。例えば襲った海賊が城に逃げ込めば、船の大砲が城ごと破壊するかも知れぬ。そうなれば里見家とて見逃すわけには行かぬであろう」
「うむむ・・・」
たしかに城を攻撃されれば、国人衆の手前黙っている訳には行かぬかも知れぬな・・・・・・
「栄山坊、何か良い手は御座らぬのか?」
「山中製の武器は、安価なのに均一で丈夫、その上数が揃い使い勝手も良い。九州から四国・奥羽に駿府で大きく売れていると聞く。間も無く北条軍にも普及するであろう。さらに独自に改良した道具や日用品も好評で御座る」
「御坊・・・何を仰りたいので?」
「里見としては敵の武器だけが良くなるのは不都合であろう。熊野屋は里見領内での商いも視野に入れている。特に山中弓は持ち運びに便利で、船戦や奇襲には持って来いで御座る」
「あ・・・」
呆気にとられた。なるほど、そういう事か。山中は商いをしたいのだ。それは里見としても否応は無い。今より安く良い武器が手に入るのは歓迎だ。実は幾多の戦で武器の供給が間に合っていないのだ。
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