第212話・氏康、大和丸を見物する。
山中の船団が挨拶のために小田原沖に来た。湊で面会し彼らに敵意を感じなかった儂は、大和丸という大船を見物したいと申し出た。近衆や重臣どもは声を上げて反対した。
たしかに他国の船に少数で乗り込めば危険だ。それは承知している。だがこのような機会は二度と無いかも知れぬ。後学の為にも是非見てみたいのだ。
「我らは一向に構いませぬよ。ならば氏虎、儂の船を呼んでくれるか」
「承知。船団長の船を呼べ!」
「おう!」
大きい方の船・大和丸が滑り込んできて、小さい方の船・熊野丸の隣りに停船して碇を降ろし、両船に通路が渡されて行き来出来る様になった。
大和丸は一段背が高く、熊野丸の船首船室の上甲板の高さに主甲板がある。二隻が並ぶとその大きさが良く分かった。
「まずは熊野丸ですが、約千五百石積の船に一層を砲甲板として船員八十名から百名で運用しており、明国の船を手本に山中国で改良した船で御座る」
「ふむ、一隻動かすのに、百名もいるか・・・」
「操船に十五名、砲手に六十名、その他に炊方・大工などで御座る。航路の安全が分かれば非武装船を運用しますが、それであれば二十名以下の水夫で運用出来ます」
「成る程・・・」
あまり大勢で乗り込むのもなんだ。乗り込んだのは儂と重臣ら四名、それに案内役の清水、江雪斉の七名だ。
儂に説明してくれているのは山中殿本人で、清水には山中水軍大将の堀内殿が、江雪斉には宗智という僧体の者が付いて呉れている。
「では大和丸に移りましょう。大和丸は熊野丸を基本に、山中国が独自に造った四千石積の船で総員は百六十名で御座る。熊野丸の各担当に加えて病人などを手当てする医務方などがあり、長期航海に備えております」
「うむ、長期航海か、どれ程の期間航海されるな?」
「南蛮交易に出れば、最短でひと月、長ければふた月といったところで御座る」
なるほど、そんな事は見学してみなければ分からぬ事だのう。それにしても大きい、感動的な大きさだ。
「ここが船を指揮する司令所です。機材などは最新の南蛮船の物を揃えております」
うむ、良く分からぬ複雑な機械が色々とある。それにしても見晴らしが良い。
「ここが貴賓室で御座る。清水殿と江雪斉殿はこちらにお泊まり頂く」
「うむ、広くは無いが快適そうな間だな・・・」
「左様、南蛮式で慣れれば快適で御座るよ。それがしも数ヶ月はこの船で商い旅をして御座るよ」
「ほう、では政務の方はどうされておるのか?」
「将軍家や公家らの言い分をのらりくらり躱す狸家老としっかり者の家臣らに丸投げで御座る。それにそれがしは、数年前から体調不良で寝たきり・面会叶わずと言う事になっており申す。あっ、これは口外無用ですぞ!」
「それは何とも羨ましい!」
「「ぐはっはっは」」
いや、まことに羨ましい。儂などあっちこっちの戦と訴訟や政務で神経をすり減らす毎日だ・・・・・・
「山中殿、大砲も見せて貰えぬか?」
「無論です。では参りましょう」
一層降りた所が広い甲板だ。ここで運行中は兵の調練なども交替で行なうと言う。更に一層降りた。広く暗い部屋だ、目が慣れぬでよく見えぬが大勢の者の気配がする。雨宮がそれを警戒して前に出た。
「砲門を開け!」
一斉にガタガタという音がして両側から明かりが飛び込んで来た。そこにあるのは黒く巨大な鉄・・・大砲が奥まで整然と並んでいる。その傍には揃いの武具に身を包み整列した百以上の兵がいる。
「関東の雄・北条氏康殿である。礼を取れ!」
「イエッサー!!!」
兵が声を上げると同時に腕を胸に当てた。統一された動きは爽快な気分だが、何を言っているのか分からぬ。
続く「直れ!」の掛け声で全員が腕を後ろ手に組む元の姿勢に戻った。
「北条殿、これが南蛮式の礼で御座る。南蛮交易では他国の有力者に謁見する時もあり、乗組員の作法として取り入れておりまする。この者らは最新式の大和砲二十四門の砲手で、陸に上がれば優秀な陸戦隊でもありまする。
「いや、それにしても壮観だな。触っても良いか?」
「勿論で御座る。何なら撃ってみましょうか」
「おう、それは見たい。頼めるか」
「では、湾に向けて撃ち放しますが宜しいか?」
「それで良い」
「砲手長、右舷一番から三番砲、砲撃用意せよ」
「はっ、右舷一・二・三番、砲撃用意!」
「おう!」
「玉籠よし!」「火薬充填よし!」「火縄よし!」と兵たちが素早く動いて、大砲の操作をしている。
「砲撃準備、完了!」
「仰角を最大にしろ、無理かも知れぬが落ちる所を見たい」
「はっ、仰角最大!」
「皆様、轟音が出ますで、手で耳を押さえて下されよ」
儂らは両手で耳を塞いだ。それを確認した山中殿は砲撃を命じた。
「一番から順次放て」
「砲撃せよ!!」
瞬間、「ドッゴン---」という凄まじい音と煙幕が包み、船体が揺れた。両足を踏ん張り姿勢を保つ。砲音は続けざまに船を揺るがして、暫く揺れが止まらなかった・・・・・・
「殿、どうでしたかあの船は?」
去って行く船団を見ながら陸地に残っていた松田が問うてくる。一緒に乗り込んだ重臣らは、船の装備と大砲の威力に魂が抜けた様になっている。
「ああ、とにかく凄まじい船だ。儂は見物したことを後悔する気分だ」
「後悔ですか。どう言う事です?」
「到底埋められぬ彼我の差を思い知らされたのだ」
「・・・それほどまでに?」
「うむ、北条など片田舎の国人に過ぎぬ。それを思い知らされたわ。今の状態で山中には決して手を出してはならぬぞ。手を出せば北条は滅ぶ」
「・・・・・・」
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