第185話・高島七頭の選択。
清水山城 高島広高
「と・殿、山中家から御使者がお見えです!」
山中家に送る使者を誰にするかと言う話を相談している場に、慌ただしく家臣が入って来て言った。
「なに、あちらから御使者が来られたか。お名前をお聞きしたか?」
「はっ。御使者は山中国・北勢差配の有市殿と申されました。それに護衛と商人が随伴しております」
北勢二十五万石の差配か、大物だな。それほどの大物が使者に来るとは我が高島郡を重く見ている証しか…ん、商人とな? まあそれは良い、こちらから使者を出す手間が省けたのだ。二百万石を越える国に出す使者を選ぶのは難儀だからな。
「お通しせよ。くれぐれも丁重にな」
「はっ」
有市殿を上座に案内すると怪訝な態度を示されたが、我らとしても臣従するお家の重臣を下座に座らすわけにはいかぬ。再度案内し無事上座に座っていただいた。伴の護衛は有市殿の左右に一人ずつ、廊下に残りの護衛と商人が座した。
「山中国北勢差配を勤めておりまする有市六郎で御座る」
「高島郡の頭領・佐々木越中守広高で御座りまする。これなるは郡内を束ねる我が一族の者らで御座りまする」
有市殿は若いながら重要な地を任されているだけあって、見るからに聡明なお方のようだ。精悍な体つきから武芸も相当な腕だろう。ともかく細身の体から滲み出る威圧のようなものは半端では無い。
「これは高島七頭、勢揃いで御座るか。良い所に来たな、これならば話が早いかろう。まず、此度山中国が南近江の乱れを鎮圧して治政を行なうことになったのはご存じであろう」
「はい、無論聞き及んでおりまする」
「治政に当たっては、役所や街道の普請・整備が急務である。われらが訪問したのはその為で御座る。高島郡から木材を仕入れたいのだ。勿論、急な事であるので価格に色目をつける。如何であろうか?」
「…木材を出せという仰せで御座いますか。無論、我ら領民を総動員して、それにお応え致しまするが、価格に色目とは…」
なにか様子が違うぞ……
「何か誤解があるようだ、我々は商いの話に来たのだ。高島郡から木材を売って欲しい、対価など細かな事は、そこに居る大和屋の孝次郎と話して決めて頂きたい」
「木材を出す事に問題はあるか?」と儂は皆に小声で確認を取った。
「いや、」「無い」「承知」「良かろう」「うむ」「同意」
木材を出す事は全員が同意した。「何か妙な・・」「我らの扱いが思っていたのと違う」「臣従の話をしたらどうか」「儂もそう思う」
皆も不安な空気を感じ取って戸惑いがあった。
「木材の話は承知致しました。ところで御使者は、我らに降伏せよと申されないので御座いますか?」
「某は山中の殿の命を受けて、高島郡との商いの話で来たのだ。それ以外の他意は無い。ひょっとしたら某が降伏を勧める使者だと勘違いされておられたか?」
「はい、我ら高島七頭は先ほどまで雁首揃えて、降伏するか否かを談合しておりました。そこに御使者が来られたもので、てっきり降伏の使者だと思っておりました」
「ならば、あらためて言上致しまする。我ら高島七頭、山中家に臣従致しまする。無論領地返上などのことは存じておりまする故に、どうか宜しくお引き回し下されます様に」
「…うむ、折角だがそれは認められぬ」
「えっ…」
「……」
「…」「…」「…」
場が静まりかえった。
どう言う事だ?
領地献上して無条件臣従するつもりだったのだ。
それが認められないとは???
「認められぬとは、どう言う事でござるか?」
「聞いての通りだ。山中家は高島七頭の臣従を求めてはいない」
「はい確かに山中家から臣従を求められてはおりませぬが……」
「そもそも山中は、乱れた六角領の鎮圧を行なっただけだ。湖西の高島郡にまで手を出すつもりは無いのだ」
「そ・それでは、高島郡は浅井の手に落ちてしまいますぞ。それでは山中家は困るのでは御座いませぬか?」
「いや、山中国の商いは高島であろうと浅井であろうとも変わりなくする。現に此度の木材の仕入れも浅井家や堅田衆にも打診している。例え敵であろうと商いの道を閉じることは無い」
「……し・しかし、我らとしては死活問題で御座る。それに長年戦ってきた浅井の下に降ることは耐えられませぬ。何とか山中家が高島郡を援助して下さらぬか」
「伏してお願い申す!」
「なにとぞ、なにとぞ!」
「お願い申す!」「申す!!」
「う……む。そこまで言われるのならば打つ手がない訳ではない」
「そ・それはどのような?」
「どうか、教えて下され!」
「お頼みします!」
「勿論、富国強兵です。高島郡は南近江から来た者を加えて二千から三千の兵力ですな。彼らの武具を整え鍛え上げるのです」
「有市殿の言われることは分かりまする。ですが西美濃を加えた浅井は二万もの兵がおりまする。十倍の兵力ではとても抗うことは出来ませぬ…」
「ところがやり方によってはそうでも御座らぬ」
「な・どのような?」
「武器で御座る。弓と火縄で国境を固めれば、十倍の兵でも侵攻する事に躊躇します。火縄は浅井領で作られているのに、五十丁ほどしか運用出来ておりませぬ。これを五百丁揃えれば浅井軍は抑えられ申す」
「火縄五百丁…とてもとてもそのような銭は我らには…」
「……」
「…」
火縄は最も高価な武器である。我らにもなんとか五丁はあるが、それでも無理を重ねてやっと購ったのだ。五百丁の代価などどれ程のものか想像もつかぬわ…
「ところがそうでは無い。例えば此度の材木だ。孝次郎、火縄百丁を揃えるのに材木を何本出せば良いか?」
「はい。一尺径以上二間杉檜の良材ならば色目を付けて二貫文から五貫文、これを毎日百本出せば、人工賃を出してひと月に火縄百丁は購えまする。六ヶ月これを維持出来るならば、火縄五百丁に大和弓五百張りを手に出来まする」
「なんと……」
「………」
「…」
火縄五百丁と弓五百張りを六ヶ月間で手に入れられるか、とんでもない戦力だ。体が震えてきたわ、これが山中の躍進の力か、商いで国を強くして来た山中家の考えか!
「五番領城の山崎です、発言をお許し下され。西美濃を取った浅井は転進がてらに高島を襲うかも知れませぬ。浅井の侵攻はすぐの問題で御座る、たとえ六ヶ月でも先の話では間に合いませぬ」
おう、慎重な山崎の発言だ。なるほど浅井は戻ったついでに湖西を切り取るかも知れぬ。たしかに先の話では無い、先の侵攻で死傷者が多い高島郡はもう風前の灯火なのだ。
「うむ、山崎殿が申す事も、もっともだ。ならば木材を入れて呉れるとの確約があれば、火縄二百五十丁を先払い致そう。それを国境で毎日調練すれば、浅井軍もおいそれとは襲って来れぬ」
「おう、それならば!」
「何とかなり申す!」
「是非、それでお願い申す!」
「承った」
「有市様にご相談が御座います。木材の切り出しは一時的なこと。ですが精兵と火縄を維持するのには、大銭が必要で御座る。これの対応で我らに出来る何か新しきことは御座るまいか?」
「うむ、さすがは山崎殿だな。それについては某に一案が御座る。山中水軍と廻船問屋・熊野屋が北の海で大規模な廻船業を行なっており、まもなく若狭から高島へと大量の物資が運ばれて参ります。この物資運搬でも大きな利があります。高島七頭にこれを請け負って貰えれば安定した銭が得られますが、如何か?」
「是非!」
「それを承りたい!!」
おう、それならば安定した銭が得られて、しかも物資の流れが増えると領内が大いに賑わうのが予想出来る。
うん、高島郡はそれに乗ったぞ!!!
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